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策謀の夜―⑥―

P.M.7:12 スプリング・プレイス・ホテル 
12階 コンドミニアム棟
 
 淡い橙色の明かりが居間を照らす。

 何もない大きな皿と、珈琲と香草茶をそれぞれ残す陶器が硝子机に鎮座。

 硝子机を挟んで座するサキを、ロックは見ていた。

 彼女の目は俯いて、口を動かしている。

 サキにここ数日の出来事を話した後、ブルースとエリザベスは部屋を離れた。

 サキの個人空間にいるのは、ロックとエリザベスの執事のプレストンの三人である。

 第三の人物の彼をお目付けにして、不埒な行動をロックに取らせない対策らしい。

 憤慨と言わんばかりにエリザベスを睨んだが、忠実なる老執事はおろか、サキの目の前もあって、皮肉を出せなかった。

 それから、三人の間では、何も起きずに時が流れている。

 サキは、今までの流れを整理する為に、ソファで座ったまま思考していた。

プレストンはサキに休養を勧めたが、当の本人は、

「二日も寝ていたのだから、眠気が来るまで起きています」

疲れや気持ちを“()()()()()()()()”出さないサキの性格を、先日の出来事で思い知らされたロックは、気が気でなかった。
 
プレストンは、台所の隣にある硝子机で、情報通信端末を見ていた。
 
机の上にある、サキに出したのと同じツナ入りサンドイッチが一口分、老執事の皿に残っている。

 ロックも同じものを先ほど二つ平らげた。

 少し前、サキは笑顔を作りながら、プレストンと会話をしていた。

サンドイッチの酩酊――つまり、日常会話の範囲から離れないものである。

ロックは、加わる意図もなく、必要性も無かったので、口は食事の後味を楽しむだけに留めた。

 プレストンは、サキに向けた笑顔とは違う視線を、通信端末に向けている。

 今後の予定の確認でもしているのだろうか。

 サキについては、このままコンドミニアムに滞在させていても意味が無い。

ワールド・シェパード、バンクーバー市にB.C.州は、()()()()()の為と称して、早い内に監視下へ置きたいはずだ。

 サロメの所属するホステルは、()()

 “ベターデイズ”の繋がりで、バンクーバー市は愚か、TPTP傘下の企業も捜査の対象となっていた。

だが、それが()()()()()()()()ことは愚か、“ホステル”の全容解明に繋がる訳ではない。

U()N()T()O()L()D()()()()()()と“ホステル”は、何らかの形で繋がっている。

 サロメは、バンクーバー市の企業や団体などの繋がりを通して、サキに近づくだろう。

 少なくとも、サロメとの繋がりについては、ワールド・シェパードは愚か、“ブライトン・ロック社”も()()()()()()()()()()

そう思考しているロックの目の前で、軽やかに液晶画面の上で五指を走らせる老執事は、予定を記録し確認すると言うよりは、むしろ()()()()()()()に錯覚させた。

 ロックも掌台の自分の携帯通信端末に、目を運ぶ。 

返信が来ていないことを確認。
 
端末の待機画面が鏡として自分の顔を映し、ロックは目を逸らした。

『あの時とは違うぞ、ロック?』

 部屋を出る前に、耳打ちされたブルースの言葉。

それが彼の心の内で、反響を繰り返している。

――そんなつもりはねぇよ。

 心の中で反論をするものの、間もなくロックは自己嫌悪に陥った。

 硝子机の冷めた珈琲に、ロックは手を伸ばすと、

「私、ある災害……いや、事故なのかな? それに関わっていたんだ」

 サキが唐突に口を開いた。

 ロックは眉を顰めて、珈琲の寸前で手を止める。

「町の人が避難して、色々な人が助けに動いて……事故の原因を探して」

 サキの口から出た「()()」と言う言葉が、重く響く。

「新エネルギー開発……その関係でも集まって」

「“白光事件”……か?」

 ロックは珈琲入りの陶器を手にした後、サキは首を縦に振った。

 白光事件。2010年、日本の本州西部の中国地方で、原因不明の光が発生。

 公式発表によると、死亡者はいない。

だが、その“発光現象”は、日本の首都の東京はおろか、韓国のソウル、オホーツク海湾岸からも観測されるほどの大規模なものだった。

事態を重く見た日本政府は、自治体の要請を受けて自衛隊を派遣。

山口県の岩国に駐留していた在日米軍も救援に加わった。
 
新技術開発の実験の事故と言われた為、爆心地の調査を行う機関が、特別法の元、設立。

爆心地に近い住民は、近隣自治体へ避難させられた。

その原因の究明は、事件から時間が立った今でも継続している。同時に、住民の帰宅問題、安全性を巡る“()()”という名の“()()()”まで出て、左右問わず、現在も話題のネタが尽きなかった。

「私にも原因があるって言う人もいるけど、そうではないと言う人も味方になってくれた」

 サキの話し方に、間が入り始める。

「それだけじゃダメだって……ワールド・シェパードから支援を受けながら、勉強して強くなるために」

「カナダ留学に来た……そういうことか?」

 ロックが、サキの口からでは空白の後を継ぐ。

 先の会議で触れた、サキの疑問の残る訓練結果。

あの結果が、カイルの糾弾するよう、()()()()()()()()が干渉したからか、試験を出す為の試験段階の不具合によるものなのかは、ロックには分からない。

 少なくとも、ロックはサキが試験で力を無暗に使ったとは思えなかった。

「でも、その力はあくまで日本で使いたい。助けてくれた人たちに、大丈夫だって伝える為に」

俯くサキの姿に、ロックは懐かしいものを見た気がした。

「でも、その為にキャニスさんが……あの時、サロメが――」

「サキ。安い慰めかもしれないが、そう考える必要はない」

 ロックは冷めた珈琲を、口元へ運び、

「キャニスを殺したのは、お前じゃない。サロメだ」

 言葉を紡いでから、陶器に残る黒い液体全てを喉に流し込んだ。

「そして、お前に罪悪感を抱かせようとする奴らによって、キャニスは()()()()()。能力を持つ奴やその周囲が、お前をダシにしようとしている。それを見て見ぬ振りする奴らも。敵も味方も変わらない。だから、力を付けろ。そして、リリス含めて、そいつらもぶん殴ればいい」

 ロックは、口を通った苦味と共にサキに言って、目を逸らす。

 正直な話を言えば、それ以上の言葉が見つからなかった。

 自分の力を求める姿勢が、結果として多くの人の死と悲劇を振りまいている。

ただ、力を求めるものは、目の前の大きな不条理に奪われた何かを取り戻す。又は、その喪失感を埋める為に、それ以上の何かを求めるかを選んだ。

 だが、それを遠巻きに見る者たちがいる。

運命に翻弄された人を、歪な分類分けで自己投影し、彼らに纏わる不遇を何かにつけて糾弾し、擁護した気でいる。

自分の正当性を他者に求める行為に、()()()()()は存在しない。

何処までも、自己満足でしかなかった。
 
ロックもそういう者たちを見てきた。

独り善がりの()()の悲劇を。

――()()()()()()()()()()()()()()()

 サキの力を求める姿勢は()()()()()を守る為のもの。
 
 だが、守られて、残された()()()()()は、どう思うのか。

 守る意思が、()()()()()()()()()()()ことになるのなら。

ロックは思考のどん詰まりに差し掛かり、目のやりどころを見つけようとするが、よりにもよって、サキと目が合ってしまう。

サキを遠巻きに見ることしか出来ない者たちと、()()()()()()()()()()ロック自身に嫌悪感を覚えた。
 
彼女は真摯な視線と共に、

「ありがとう、ロック。でも、ごめんなさい……やっぱり、私は……あなたに甘えている」

 彼女の口調と内容に、彼は何処か違和感を覚える。

――何を言って……。

いや、それは直感に変わった。

「あなたに……命を委ねようと考えているの。変なことだけど……そうした方が良いかもしれない気がするの」

 彼女の言葉に、ロックは息を呑んだ。

 異議を唱えようとしたが、

「ロック、答えて。ブルースに言われた、“()()()”って、どういうこと? それと違うって、何?」

 サキの言葉に、ロックは確信する。

 ブルースから先ほど、耳打ちされた言葉だった。

 二の句を告げることのできない喘ぎを、悟られない様にサキと向き合う。

「ロック、それだけじゃない。貴方には、()()()()()()()の? 私を助けた時……それと、グランヴィル・アイランドでも。ブルースさんに、キャニスさんも……言っていたけど」

 サキが言葉を紡ぐたびに、ロックの心臓が跳ね上がった。

 思わず天を仰ぎたくなる気持ちが濁流として表情に出そうだが、隠すことに務める。

 だが、サキの眼は、それが隠しきれていないロックの顔を逃さない。

「そして……教えて。()()()()()()()()()()()()()()()を」

――サキは、知っている……!?

 彼女の真摯な視線は、ロックを貫かんとするものだった。

サキは、回答に詰まるロックの態度を答えと捉えたのか、

「……ありがとう。ごめんなさい」

 サキのロックに向けた、礼と謝罪。

彼女に抱いた、“()()()()”の正体にロックは気付いた。

彼女の眼に輝く、鈍い光。

ロックを助ける為に、()()()()()()()()()()()()()()にあったもの。

 それと同じだった。

『貴方は常に手が届かない。今もこれからも。そして、未来永劫ね!!』

 象牙眼の魔女の呪詛。

 自分を救った少女とサキが重なる。

 硝子机の向こうのサキの姿が、ロックから淡い部屋の光と共に霞んでいくように見えた。


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