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SS 在りし日の面影 ハル

「おお、冒険者か。こんな廃墟へ、ようこそ。」

 俺の選んだ場所に人が来るとはな……。この辺りは遺跡など無かったはずだが。
 来訪者を見分する。
 エルフの民芸品《コート》を頭から被り、顏を伺うことはできない。

 身長は160センチ程度、肩までの茶髪で右耳下に一房結っている。フード部分の盛り上がりは頭部の耳だろう。ぶつぶつと独り言……懐かしいが、直らんな。



「《《初めまして》》、かな。」
「……違う。」

 そうだ、《《違う》》。お前との事を、しっかりと《《思い出した》》。
 ほんと、大きくなったな。

「私は物忘れが酷くてな。御覧の通り、まともに動けないんだ。」
「……知ってる。」

 声の震えは、気づいていても指摘などしない。しっかりとした足取りで俺の前に歩いてくる。まったく。
 伸ばされた指先が俺の耳に触れる。短い時間ではあったが、開拓村への道中の会話が脳裏に浮かぶ。仄《ほの》かな花の匂い……これも懐かしい。

「ほぉ、撫でるのが上手いな。」
「……うん。」

 嗚咽《おえつ》を我慢する少女の代わりに時間を稼ごう。もう少しだけ、手の感触を楽しみたい。

「君のような優しい少女に会ったことがある……どれくらい経ったのか数えていないが。」
「ぐじゅ……うん。」

 そんな袖《そで》で拭いたら汚いだろう?
 間近で見る顏は時間の経過を知るには十分だった。

「あの少女は、健やかに生きているだろうか。」
「……うん。」

「あぁ、また……逢いたいなぁ。」
「……。」(うっく、ひっく)

「どうしたんだ……その涙は、誰のための涙だ?」

 少女は、答えない。少女の背負う弓に目を向ける。
 こいつを守ってくれて、ありがとよ。

「私の半身は、役に立ったようで何よりだ。」
「……うん、すごく、すごく役に立ってる。」
「そうか、良い弓だ。」

 俺の頭から離れた手は肉刺《まめ》だらけだった。相当な練習をしたのだろう。
 相棒に目を向けると、1枚の黒い葉が少女の手に舞い落りた。

 そして俺の片耳は……力無く垂れた。

 脈動する葉を怪訝《けげん》な顏で見る少女。ほんの少し罪悪感を覚えるが、すまし顔で言う。

「食え、治るぞ。」
「えっ……でも、これ。」
「俺にしてやれる事は、これくらい―——」

 少女は俺を抱きしめ、消え入りそうな声で何かを言っている《《ようだ》》。
 ……すまないな、《《もう》》、聞こえないんだ。

「―――ありがとな。」

 俺を離さない少女に、感謝を。初めて会った人間が君で、本当に良かった。
 ……いかんな。しんみりとした別れは、したくない。
 俺の意を察したのか、黒肢《あいぼう》が伸びてくる。物音に気づいた少女は首を左右に振り、口を動かしている。

「俺に関する記憶を奪え。」

 俺の言葉に目を見開いた少女の顏を見る。胸を抉《えぐ》られるような、時間だった。

―――――――――

 崩れ落ちた少女の涙を拭《ぬぐ》ってやる。黒葉を口に含ませ、村に送ってやる。
 少女を見送り呟《つぶや》く。


「次に逢える時を楽しみに……眠ることにしよう……ふぁ。」

 脈動する大樹に前足を置き、ふと考える。
 思えば……お前と初めて会った時も、こういう雰囲気だったよな?
 《《黒球》》よ―――

 木洩れ日を浴びる相棒は、俺の言葉を先取りするように俺を包む。
 ……分かってるよ、俺が言うのを《《待って》》いたんだよな。

 楽しかった。
 この世界は、元の世界に劣らない。
 出会いも、別れも、飛んだり跳ねたりも。海や地中、そして迷路にも潜ったっけ。
 記憶の追体験もそこそこに。楽しみは……《《向こう》》へ持って行こう。

 すまないな、《《これ》》は渡さない。





 古ぼけた指輪を見上げ、言葉を紡ぐ。


「―――俺を、消してくれ。」


……




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