エピローグ
街の外で制止を求められた。歩き疲れたから早く休みたいのに。
「止まれ! 緑色の外套に黒い弓……。すまんが規則だ。出身と名前、滞在期間を。」
門番のおじさんが私の身なりを見て察したようだけど、お仕事だもんね。私は引きずっていた狼を街道の脇に放り投げ、お母さんから渡された金属板を掲げながら言った。
「エンビクロ村の先の開拓村から来た。名前はハル。3日、滞在する。」
金属板を見た時、門番さんがギョッとしたけれど、何か問題でもあったのかな?
首を傾げ、目で問うと、おじさんは通行を許可してくれた。通行料は《《免除》》らしい。
お母さんに銀貨3枚って言われたのに、変なの。
この街には、分野毎にギルドがあるらしい。道行く人に場所を聞きながら、目的のギルドを目指す。
……|事前に聞いた情報《おかあさんのいう》通りだった。求めている情報の集まる所は、やっぱり商人さんの所かな。商業ギルドは《《本と羽筆》》が描かれた看板を掲げているらしい。私でも見つけられるはず、だった。
迷った。私を見て、通行人が道を開けてくれたまでは良かった。道なりに進み、街の中央にそびえ立つ塔を見上げた拍子に、突風に吹き飛ばされなけ《《れば》》。
目紛《めまぐる》しく変わる視界には、私同様に吹き飛ばされた人や露店の品などが映る。
でも、皆《《落ち着いている》》ように見えた。喜んでいる子どもまでいる……。
放物線の頂点を超え、落下が始まると、浮遊感に私は竦《すく》んでしまった。キツネさんと出会った時みたいに。
無意識に掴んだ黒い短弓の留め具は《《温かかった》》。ほんの少しだけど、浮遊感が緩和したと思う。
目を開け落下地点を見ると、私たちへ向け両手を広げている長身の女性がいた。
女性の両手に緑色の魔力が凝縮していく。
きれい、と思う間もなく空中の私たちを包むように風が吹き荒れた。
褐色肌に白髪、長い耳、そして《《とにかく色々な物を吹き飛ばす》》……。
お母さんから聞いた要注意人物の特徴通りの人に受け止められ、萎縮していると女性が口を開いた。
「胆力は中々のモノだな。」
「え? あの……。」
「あぁ、開拓村から来たのなら、私の事は聞いていないか?」
「えっと、聞いて、ます……壊して笑う《《馬の耳にも劣る下種》》がいるって。」
「場所を変えて詳しく聞こう。弓は預かるぞ? 拒否は許さん。」
――――――――――
「……です。」
「すいません、もう一度お願いします。」
「……ネさんの事、知りたい、です。」
「どうしたの?」
「何か迷子みたいなのよ。知りたい事があるみたいなんだけど。」
《《本部》》という建物へと連れられ、心の拠《よ》り所《どころ》となっていた短弓を取り上げられた。見知らぬ大人に話しかけられると、特に声が小さくなってしまう。
「お母さん。」
俯いて考えてしまう。|母親の助言《おかあさんのいう》通りに行動してい《《たら》》。
ただ、キツネさんを探したいだけなのに。作ってもらった布製の身分証入れを両手で掴む。
「どこにいるの? キツネさん。」
顏を上げ、窓越しに空を見ながら呟く私に答えるかのように、《《別室の》》黒い短弓は脈動を始めた。
「会いたいよぉ。」
頬を伝う涙は止まることを知らない。街に着いてから嫌な事ばかり。
下唇を出す仕草を注意され、気を付けていたが不安と歯がゆさに下唇が出ていた。
嗚咽を我慢できなくなった時、窓の下から青白い燐光が立ち上り始めた。
階下から聞こえる喧噪が、不意に聞こえなくなる。
ほんの数秒で、取り上げられていた黒い短弓が現れると、私の目の前で漂った。
「え? あ、私の弓……。」
私は、黒い短弓に手を伸ばす。
日を背にした短弓は、甲高い音を発しながら私を迎えた。
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商業ギルド本部地下。特殊加工された壁に囲まれた部屋にて、弓を調べようとしていたヴァルトルーデとカミラは、脈動し始めた弓に確信めいたモノを感じた。
エレナの肩から生えた異物が、宿主の魔力の枯渇後、周囲から魔力を奪い続けた先例があったから。
エレナを引きずって。
ヴァルトルーデが黒い弓の周囲を覆う風魔法を使い、カミラは数個の鉱石を投げつけ沈静化を図った。
同等であれば対処できる、という予想に反して、黒い弓は彼女たちの前から消える。
二人は被害が出る前に対処すべく、地上へ走る。
焦り、不安、そして予想され得る被害に、二人は無言だった。
緊急事態を告げるヴァルトルーデの横で、カミラは道を挟んだ向こう、商業ギルド支部の2階の破壊跡に目を奪われた。
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温かい。
私の手に戻ってきた黒い短弓を胸に抱く。黒い短弓は山の方向へ、じわじわと私を引いた。
手が侵食され、黒く変色し始めているけれど……放したくない。
「そっちに、キツネさんがいるの?」
茶髪の獣人の少女は忽然と消え、遥か北の辺境で見つかることになる。