バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

SS IF 二度目のクリスマス

 新年まで残すところ10日ほどの日没後。
 アルデールの宿屋にて|俺たち「2人《ハル、タピタ》と1匹」は同じ部屋にいた。

「この国に雪は降るか?」

 夕食の団欒《だんらん》に投下した爆弾。
 |若い二人《ハルとタピタ》は口々に「ゆきって何?」と呟いて相談していた。温暖な気候だと思っていたが、冬が来ないのだろうか。

 給仕が俺を抱え、ハルとタピタの間に降ろしてくれる。この給仕が指示以外で俺のためになる事をするわけがない。この後を予測して俺を置いた、とすれば給仕を足止めするのが得策か。

「説明よりも見た方が早いな。《《真由美》》。」
『はい。』

 給仕が黒球に触れ、天井付近から《《雪の降る映像》》を映し出す。ホログラムのような立体映像には、クリスマスツリーと魔力で生成した燐光の舞う様子が映し出されていた。
 ハルは両方を掴もうとし、タピタは手のひらに落ちてきた燐光に頬を染めていた。

「ハルは雪が初めてか。タピタは《《二度目》》、だったか?」
「初めて。」
「うん。あまり覚えてないけど。」

 今、楽しんでくれれば良い。もうすぐ他の面子も帰ってくるだろう。二人にクリスマスというものを教え、部屋を飾ってみる。ツリーや飾りは、給仕が用意していた。
 「樅《もみ》の木」は無かった。しかし、見た目が《《全く同じ木》》はあった。
 異なる点は「ある時期になると葉を飛ばす」という特性だ。
 記憶の中の俺は、水で覆い遠目に鑑賞していた。クリスマスツリーは、多少危険でもあったほうが良い。雰囲気も出るしな。

「キツネさん、これ丸い。」
「それはオーナメントだったかクーゲルって言う飾りで、色によって意味が違うぞ。綺麗だろ。」
「うん……綺麗。」

 ハルに「片づける時に欲しい色をいくつか貰って良いぞ。」と言うと喜んでいた。
 隣で作業していたタピタが「できた。」と言い、リースを見せてくる。

「上手くできたかな?」
「形になってるぞ。上手だな。」
「えへへ。これにも意味があるの?」
「《《永遠》》、だな。」

 小さく「永遠……。」と呟き、タピタは増産を決めたようだ。作りすぎなければ良いが。 
 タピタに抱き寄せられ「待っててね、頑張る。」と耳元で言われてしまった。思い込むと突き進む傾向がある。給仕に3つ作った所で休憩させるように指示する。

 ハルは、と振り向いた俺と目が合ったハル。「あっ。」と声を漏らし、目が泳いだ。ばつが悪そうな雰囲気だな。
 視線を下げると、尻尾にリボンと|球形の飾り《クーゲル》が括《くく》り付けられていた。ふむ。

『可愛い悪戯《いたずら》ですね。』
「怒ったりしないから続けて良いぞ。」

 給仕の言う通りだ。ため息をつく事も雰囲気を悪くしてしまうだろう。
 顔色を変えず尻尾を向け言ってやると、今度は《《鈴》》を着け始めた。ほどほどにしてくれ……と心の中で嘆き、ふと気づく。

「ハルは誰から鈴を貰ったんだろうな?」
『ギックゥ!』
「あ、えっと……コキュちゃんに。」
「コキュ? あぁ、黒弓《コクキュウ》だからコキュか。」

 ハルが壁に立てかけた弓を見て言う。名前まで付けるとは、《《意思疎通》》が上手くできている証拠だな。その相手が……給仕だとしても。
 タピタの椅子の下に潜《もぐ》り、逃げようとする黒球へ「後で覚えておけよ。」と強く念じる。ビクッとした後、黒球から『シクシク』とウソ泣きが聞こえてくる。努めて無視だ。

「キツネさん、嫌?」
「ん? あぁ、ハル《《は》》気にしなくて良いぞ。」
『シクシク。』
「ごめんなさい……。」

 あらら。ハルは、どうも弱気になる時があるな。本当に怒ってないぞ、《《ハルには》》。
 ハルの膝の上で丸くなり、怒っていないアピールをしておく。機嫌が直るまで、この体勢だ。給仕に作業を止められているタピタを見ながら、今後の予定を確認しておこう。
 ハルが撫で始めたのか、瞼が重くなった。

――――――――――

 体を揺さぶられている。この感じは黒球か。寝てしまったらしい。
 目を開けるとハルが撫でる手を止め、声をかけてきた。

「起きた。」
『そろそろ触手娘が帰宅します。』
「触手って……本人、気にしてるんだから名前で呼んでやれよ。」
「また、給仕さんと《《だけ》》話してる?」

 少し給仕へ苦言を呈しただけなのだが、ハルは詰まらなそうな顏をした。こら、爪を立てるな。
 ちなみに触手娘とはエレナの事だ。黒球内には《《今も》》エレナの腕が保管されている。本人曰く「触手の方が、業務の邪魔にならないって言われた。」らしい。笑うのも不謹慎《アレ》なので肉球スタンプをくれてやった。|怒って《よろこんで》いたので問題ないだろう。
 ギルドからの帰りに寄ってくれ、と《《ちょっとした》》頼み事をしたのだ。

 ハルの手をグリグリしていると食堂の扉が開き2人が入ってきた。エレナとカミラさんだ。

「ただいまー、タピタは何を作ってるの?」
「お帰り、エレナさん。これね、《《リス》》って言うんだって。」
「遅くなりました。キツネさん、全て揃えたわ。」
「ありがとな、カミラさん。机に置いてくれ。あとタピタ、《《リース》》な。」
「よいしょっと。ハルさんが落ち込んでいらっしゃるようですが?」

 聞かないでくれ、という意思を込めて顎《あご》をハルの膝《ひざ》の上に置く。
 チラっとハルの顔を見ると、下唇を前に出して目を潤ませていた。
 あっ……これ泣く寸前だわ。

 宥めようとした時、ハルを正面から抱きしめる者がいた。カミラさんである。荷物を置き歩いてきたようだ。本当に周りが良く見えている……俺は二人の間に挟まれたが、モソモソと抜け出す。
 タピタの横に座ったエレナが俺を見つけ抱き上げる。ハルはカミラさんに任せよう。ハルの頭を撫でるカミラさんは、手馴《てな》れているように見える。

「カミラさんに任せて良いよ? お母さんみたいな安心感があるんだにょふっ!」
「エレナ、あとで覚えておきなさいよ?」
「いったたぁ。全く見えなかった……。いつも『お母さん』って言ったら恥ずかしがるん——」
「《《エレナ》》?」

 エレナが一言多いのは相変わらずか。俺を盾《たて》にしないでもらいたい。
 カミラさんに抱き着いているハルは泣き止んだようだ。勇気を出して俺を救い出してほしい。『ツリーに飾る綿を丸めた物』を投げる体勢のカミラさんの目が怖いのだ。いてっ。
 綿が俺に当たった所でタピタが作業を終えたようで。

 リースを高く持ち上げ「できた!」と元気良く言った。よくやったぞタピタ。カミラさんの気勢《きせい》が殺《そ》がれた。
 周囲を見て、首を傾げるタピタに感謝しつつ次の指示を出す。
 タピタにはクリスマスツリーの飾りつけを、エレナとカミラには食堂の飾り付けを頼む。
 カミラさんから離れたハルが俺の元《もと》に来る。こちらから催促《さいそく》して食堂の長机に座ってもらうと独白《ひとりごと》を始めた。

「ごめんね、私……がんばるから。お手伝いもがんばるもん。」
「それじゃあ早速、手伝ってくれ。」

 カミラさんに買ってきてもらった品を黒球に回収させる。パンの材料に、家畜の乳、そしてハルの《《好物》》。

「あ、それ……。」
「好きだろ?」
「……うん。」

 黒球から吐き出されたスポンジケーキをハルの前に置く。給仕の助けを借り、ハルにホイップクリームを塗りつけていく。手際など求めていないので、ハルのやりたいようにさせた。
 余ったクリームを舐めたりしつつ、果物も盛りつける。
 食堂の飾り付けを終える頃、手作り感満載のクリスマスケーキが完成した。

 《《笑顔》》のハルと作業を見守っていた面々を席に着かせ、用意しておいたプレゼントを出す。温かい団欒《だんらん》を、皆の顏をしっかりと覚える。

 決して、忘れないように。

 エレナには《《腕》》を、カミラさんには《《投げナイフ》》を、そしてハルには《《靴》》を渡す。それぞれが喜んでいるようだ。

 とても……歪な光景だ。

「ありがとうな。楽しかった。」

 俺が《《いない》》かのように会話を続ける3人を含めた情景が、静かに、ぼやけ消えていく。しばらく、その様子を眺めていた。


















 すべてが露《つゆ》と消えた真っ暗な世界で、傍に漂う黒球が問うてくる。

『いつ、気づかれました?』
「好物、だな。俺はハルに好物を聞いたことが無い。」
『そうですか。では、参りましょう。主がお待ちです。《《盲目な2番目様》》。』
「あぁ。」



 まったく、俺《《も》》2番目だったって事かよ。



――――――――――――

 タイトルは書き始めて二度目のクリスマスだから。
 そして、最終話の後に続くように。
 この話の主人公は……本当は何番目でしょうね。

しおり