SS 42 トルデリーゼ・フォン・デア
その獣《ふわふわ》は、月の無い夜を思わせた。
体毛は艶《つや》のある綺麗な黒なのに、ほんのりと光っているのだ。移動する時には小さな光が零《こぼ》れ落ちる。星空みたい。
そして何より、こちらの発言を理解している節《ふし》がある。これには素直に驚いた。
……兵長《《殿》》は、あの子の価値を分かっているのかな。あっ、こっち向いた!
――――――――
痛い。
叩かなくても良いと思う。頭を擦りながら、ニブルデンバの中央広場を歩いている。資料を集めてくるように言われたし。
浮かない顔をしていたのだろう。露店のおじさんが手を振っている。
「おーい、まーた怒られたのかい?」
「またじゃない! 怒られたけど……。」
後半は呟く程度だったのに、聞かれていたみたい。笑われた。
おじさんの露店から果物を一つ拝借して目的地に向かう。後ろで何か言ってるけど自業自得だと思うよ。
ニブルデンバの街、最大の建造物『デア・ウバーガン』
どこかに行く、みたいな意味だったと思う。受け売りだけど。外壁よりも高い建物だから凄く目立つ。こんな真っすぐな塔を昔の人は……暇だったのかな。
今日は4階に用事だけど、3階にも寄っていこう。
―――――――――
3階は酒場兼情報屋の寄り合い所。この街の情報が集まる場所。
銀貨数枚を入れた袋を無言で置き、友人の前でダラダラする。
「……で、ここで私の《《邪魔》》をしてくれやがるのね? 《《副長》》さん?」
「良いじゃん、暇でしょ?」
「もう、邪魔しないの。ほら、手どけて!」
「はいはい。折角、情報を持ってき―――」
「おやつは2つまでよ。で、何?」
「話が早い……。えっとね、今、詰所にすっごい綺麗なフワフワがいるの!」
おやつも食べたし、お仕事しよう。世間話程度に話を振ったけれど、収穫は無かった。そもそも見たことすら無い、と。
3階から4階へ移動する。4階はギルド支部。兵長《《殿》》の依頼《おつかい》と情報提供。奥に資料室もある。
またしても受付で邪魔をする。ちゃんと貰ったおやつを置くからか、叩き出された事は無い。兵長からの言伝《ことづて》も添《そ》えて。
「おかしいわね、ギルドの情報通が知らない獣、新種だったら……。」
「何ブツブツ言ってるのかな? バカなの? おバカさん。」
「むむ、考えてるの! 資料借りるよ、あと支部長にコレ。」
手早く資料を集め、帰路《きろ》に就《つ》く。
いかに私が疎《うと》ましい存在だとしても、今の部屋だけは―――
「着替えて行けば良いよね~。」
副兵長以上に与えられた部屋の前で立ち止まる。静か。皆、仕事してるもんね。私は早上がりだ、恨みやがれ~っと。今日は……《《良く見える》》。
部屋に入ろう。鍵の掛《か》かったままの扉に。
―――私だったものの……。