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 カクヨム28話以降――メヒティルトと《《良好な》》関係を築く未来。
 一部、本編未登場のネタバレを含みます。(気づく人は、いないと思われる程度)

――――――――――

 照りつける太陽、揺らぐ陽炎、自前の水着で遊ぶバカどもを眺める。波打つ音と騒がしい奴らの声を聞きながら、入道雲を見上げる。……あ、鳥飛んでるわ。
 
 7月の季節を現代人の心に訴えかけているもの、とは何だろう。

 この蒸し暑い気候と、やる気の無い相棒と、居候《いそうろう》の分際で俺の尻尾を枕にしている|奴ら《ちびたち》を見ながら考える。

 雨季が終わったから乾季か……
 そろそろ七夕とか花火とか……は無いよな、こっちには。

「なぁ、キミよ?」
「何?」
「花火って知ってるか?」
「ん、知ってる。教えてくれたもん、この『あいす』も。」
「そうだったか。作ってみるか。」
「良いの? 嬉しいけど……。」
「少しくらいは良いだろう。なぁ……こいつも許容してくれるみたいだ。」
「フフ……今日は気分良いの?」
「……かもな。少し離れていろ。」

 キミとバカどもが離れていくのを少し寂しく思う。しかし、危険に晒すわけにはいかない。さっさと作ろう。久々の工作だ。頼むぞ、《《左腕》》。

 まずは材料だ。
 本来ならば、火薬や金属の粉を作る必要がある。だが、ここは地球ではない。そのため、精製できるような文明レベルは期待できない……。
 では何を『材料』とするか。岩や砂、水は目の前に、木は後ろにあるが……。

 無から有を生み出す、この世界には無い方法――贄《にえ》は俺だ。

「3割くらいで良い、属性毎に100個程度の球を作ってくれ。」

 キィ――ン

 久々に聞いた俺だけに聞こえる高音と倦怠《けんたい》感……よし、作業開始だ。

 花火の作り方なんて知る由もないが、和紙を巻いたボールの中に火薬を丸めたものが入っていた気がする。
 当然の事だが、和紙も無ければ火薬も無い。だが俺は生み出せる。

「外殻形成、属性は均等に配置してくれ。敷き詰めて内殻形成だな。」

 目の前に直径2メートルほどの硬質で透明な球を作り出す。ちなみに中は魔力で満たされている。こうしておけば操作しやすいからだ。

 花火の大きさは|20号《1メートル》、|10号《50センチ》そして|3号《10センチ》で良いか。大きさなんて適当だが。
 最後に大きい玉を打ち上げるようにしよう。初めて見る花火。あいつらの笑顔が目に浮かぶよう、だ。
 ふと、手を止めて考えてしまう。いつも良くしてくれるあいつらに――

 ――喜んでもらえるだろうか、という一抹《いちまつ》の不安が肥大した。

 ブチュ、ビチビチ! と嫌な音。
 左腕を突き破る《《相方》》を砂に埋もれさせ、耐える。耐えるしか出来ない。

「ぐっ、くっそ、落ち着け!」

 ググッ……ピクピク……微かに振動する左腕を気にしつつも、周りを確認する。

 ふぅ……気を抜くとダメだな。作業に集中しよう。あぁ、材料の一部を持ってかれたか……。足りない分は都度《つど》作っていこう。
 導火線は不要だから楽なもんだ。左腕から伸びた《《足》》を操作する。今では慣れたもんだ。

 20号と10号を作り終えた時点で日が傾いてきた。あと3時間くらいで日没だろう。休まなければ間に合いそうだ。小言は甘んじて受けよう。
 3号は玉数を揃えておけば良いだろう。途中、いつもの薬も飲みながら作業に勤《いそ》しむ。味も何も感じないが、欠かすわけにはいかない……らしい。


|「柳」「牡丹」「菊」《いくつかの大きな花火》の打ち上げ用意をし、3号玉を作り終えた時には、夕日が水平線に届こうか、というところだった。
 空には一番星が輝いている。直《じき》に宵闇《よいやみ》にやってくる。花火が映えそうだ。
 良い仕事をした後の余韻を味わっていると、着替えたキミが俺を呼びに来た。

「……終わった?」
「ん? あぁ、悪いな。」
「ううん、行こ?」
「あぁ、頼む。」

 俺を迎えに来たキミに連れて行ってもらう。本当に《《良く気がつく子》》だ。他の奴らは、俺を枕代《まくらが》わりにしたりするのに。

 移動中、長方形の紙を懐《ふところ》から取り出して、渡してくる。
 まったく、『味も機械もコショウ次第』って誰だよ書いたの……。

「みんなで用意したの。」
「ほぉ……短冊か、良く知ってたな?」
「七夕は教えてもらった。……覚えてない?」
「んー、覚えてないな。」
「そう……お願い事、する?」

 俺は静かに首を振る。
 星空を背景に、風に揺れる短冊を眺める。おそらく魔力《ねがい》を込めたのだろう。淡い光がとても綺麗だ。

「冷えてきたけど、戻る?」
「皆を集めてくれ、見せたいものがある。」
「わかった……風さん、伝えて?」

 程なくして、皆が集まった。全員着替えてやがる……まったく。ガキどもの後ろで申し訳なさそうにしている《《青年》》の気遣いには頭が下がる。

「今日はありがとう。俺からの贈り物だ。その辺に座って、空を見ていてくれ。」


 皆から少し離れ、用意した玉を順に浮かせていく。そして気つけ用に丸薬も出しておく。さぁ、始めよう。

 『華《はな》よ、咲け。』

 夜空に咲き乱れる大輪の花。思った以上の完成度だ。
 色とりどりの3号玉や海上花火《10号》が打ち上がる度に、大きな歓声が上がっていた。
 ゴリゴリと魔力が削れていくが、終わるまでもってくれよ……。震える足で必死に立ち続ける。最後に、大迫力の華《20号》を打ち上げよう。

 そうだ……この華に俺の願いをのせよう。













 最愛のキミよ、歩くのも覚束ない俺を、どうか……どうか、見ないでくれ。
 ちっぽけな自尊心が邪魔をして、キミの前では泣きたくないんだ。




 予期していたのだろう。俺を抱き起こしたキミの撫《な》でる手は、いつもにも増して震えていた。

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