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 なんだ、この状況は……。ある程度近づいたところで立ち止まる。手前に肌の青そうな女性が倒れている。その奥に、地面に刺さった角材に縛り付けられた子どもがいる。子どもの後ろに大きな縦穴が見える。

 うつ伏せに倒れている人物は、その見た目から女性だという事が分かる。身長160センチくらいだろうか。ボンテージで体のラインが丸分かりだ。尻尾の付け根には穴が開いているので特注品なのだろう。30センチほどの尻尾自体は付属品なのだろうか。気絶している様で全く動かない。
 女性が持っていたであろう鞭《むち》は女性の手の近くに落ちている。顔を見ると眉間《みけん》や頬《ほお》に鱗がある。変わった格好をする趣味があるのだろう。俺には分からない分野だな……。

 子どもは身長1メートル程だ。着ているのは襤褸《ぼろ》。気絶しているのか涎《よだれ》をたらし、力《ちから》なくぐったりしている。白目になっているから……まぁ、放置だな。赤みがかった茶髪なのだろう。昼間に見たら映えそうだ。風呂に入っていないのか汚れているが。

 ツンツン……ピクッ

 倒れている女性の尻尾をつついてみる。おぉ、少し浮いた。良かった、死んでないな。ん? |健全な《・・・》確かめ方だっただろう? 女性は反応を見せたが、起きる素振《そぶ》りを見せない。息はあるから放っておけば起きるだろう。

 女性の横を通り過ぎ、子どもの側に行く。呼びかけながら頬をペシペシと叩くと、起きたようだ。

「ん、ん……え?」

 目を開けた子どもが俺を認めると、血色の悪かった顔をさらに青白くさせ怯《おび》え始めた。……まぁ、認めたくは無いが……この世界で俺は、魔獣なんだよな。子どもから少しだけ離れて、向かい合う。

 しばらく見つめていると、俺の|害意が無い《・・・・・》様子を見て、子どもの震えは治まったようだ。

「おーぃ、お前、話せるか?」
「ひっ、誰っ……え?」
「話せるな……大人はどこへ行ったんだ?」
「えっと、どこ行っちゃったんだろ……。」
「ふむ、何で縛り付けられてんだ?」
「わかんないよぉ。」

 うーむ、要領を得ないな……。泣きそうな子どもを宥めつつ、縄を解いてしまおう。俺が黒球に指示を出そうとした時、突如地響きが俺たちを襲った。立っていられない上に喋ったら舌を噛みそうだ。数秒で地響きは治まった。余震があるかもしれない。今のうちに離れよう。

 俺はジリジリと女性の横へ下がる。縦穴が収縮すると、俺の体毛が逆立った。

 ヤバイ、何か知らんがヤバイ。身構えていると黒球が俺を掴み、さらに後ろへ下がる。俺の足元で起きた土煙が縦穴に吸い込まれていく。子どもが再度気絶し、女性も苦しみだす。俺は何ともない。
 10秒ほどで縦穴の吸引は止まった。余震も治まったようだ。

 「……大丈夫か?」

 周囲を確認する。子ども……そう言えば名前を聞いてなかった。すまん、急だったから助けられなかった。女性の方は……おや?

「小さくなってない……か?」

 気のせいだろうか、縮《ちぢ》んだ気がする。服がだぶついている……尻尾の長さは変わらないんだな。まぁ、外傷は無さそうだし、放置で良いか。縦穴へあまり近づきたくないが、子どもは助けておく。黒球に指示すると、なぜか角材ごと子どもを勢いよく引き抜いた。

 倒れている元女性の前に置かれた角材。子どもの分だけ重心が……。

「ん、あれ……なんで倒れて……。」
「お、起きたか、避けた方が良いぞ?」
「え? しゃべ――」

 ガン

 あーあ、言わんこっちゃない、と思うが言わない。元女性は残念なやつだろう、放置だな。角材の下敷きになった子どもを角材から解放し、縦穴から離す。角材と元女性にぶつかり、たんこぶが出来てしまっている。

「たんこぶって治せるのか?」

 っと聞くと、子どもの顔にジョウロのように水をかけ始めた。……子どもから花でも咲くのだろうか。子どもの顔を覗《のぞ》くと、たんこぶの腫れは引いたようだ。特殊な水なのだろうか。なんかシュワシュワしているんだが、大丈夫か?

「……あちちっ。」

 熱かったのかね、すまんね。子どもは飛び起きて、額を抑えている。後頭部も熱そうなんだが……。

「とりあえず、ここを離れるぞ。運べ。」
「あちーにゅあー。」

 問答無用で子どもを黒球に持たせ、近くの民家に入る。少し前まで人が生活していたのだろう。ほこりが積もっていない。誰もいないのだから使わせてもらおう。子どもを降ろそうと見やると、

「ふにゃー。」
「……くつろいでやがる。」
「だぁってぇーふにゃー。」

 黒球に持ち上げられている子どもは、猫のようにだらっとしている。適当に放り投げておく。不平を言っているが無視して、木の実を食わせておいた。
 そんなことをしていると、外から騒ぐ元女性の声が聞こえてきた。

「あー、もう! どこ行ったー出てこーい!」

 随分と御冠のようだ。今出て行ったら面倒だな、と思った時、再度吸引が始まったようだ。定期的に吸い込むみたいだな。戸口に近づいて様子を伺ってみると、

……ガンッ……バタッ

「うん、やっぱ残念なやつだ。」

 安心して子どもの方に目を向けると、スヤスヤとうずくまって眠っていた。のんきなもんだ。子どもの前に少しばかりの食糧を置き、外に出る。

 
 そこで俺が見たものは、縦穴から上半身だけが見えている元女性だった。……どうやら吸い込まれているらしい。見殺しには出来ないよなぁ……はぁ。

 肩まで引きづりこまれている元女性は苦悶《くもん》の表情だ……助けるように黒球に言うと、器用に変形させた腕で元女性の首《・》を絞《し》め、真上に引き上げた。……他に掴《つか》むところ無かったのか。ほら、顔が青白くなった……。
 元女性のひざが見えてきたあたりで、縦穴が収縮し始め、元女性を銜《くわ》えこもうとする。尻尾を掴まれた元女性は青白い顔を紫色に変色させていく。

「うぐっ……はっ、ぐぁ!」
「おい、暴れたら……あっ。」

 気絶していた元女性が起きてしまった。しかも首を絞《し》めている黒球の腕から逃れてしまった。あっという間に縦穴に引きづりこまれる元女性。縦穴は収縮し、穴が消えた。
 慌てて穴のあった場所に近寄るが、穴など無かったかのように縦穴は無くなっている。黒球に元女性の場所を聞いても無反応だった。……地中深くに潜《もぐ》ったのか?

「無事、とは言えないか……。」

 とりあえず情報が足りない。判断は子どもから話を聞いてからにしよう。元女性の残していった大剣を黒球が片付ける。ファンタジーにありがちな|大剣の口が《・・・・・》|ガバッと開いたり《・・・・・・・・》はしない。ただの大きな両刃の剣だ。切るというよりも重さを活かし叩くのだろう。持ち上げようと力《ちから》を込めたが、全く上がらなかった。俺が非力なのか、それともあの女性が怪力なのか。

 子どもの寝ている家に戻ると、起きて食事をしようと口を開けたところだった。月明りで子どもの周りだけが照らされている。

「あーんあ?」
「あー、食ってていいぞ。」
「モシャモシャ……これ、おいしい!」

 そうかい、と相槌《あいづち》を打ちつつ経緯を教えておく。ふーん、としか言わないので聞いてみると、どうやら元女性とは初対面らしい。縦穴の前で放置されてから、何度か気絶していると、空から降りて来たらしい。高笑いをしていたそうだ。……助けなくて良いか。面倒そうな雰囲気がヒシヒシと。

「まぁ、それ食ったら、ここを離れるぞ?」
「えっと、どこ行くの?」
「とりあえず、お前独りじゃ何もできないだろ。人の多そうな街でもあれば何とかなる。」
「怖いよぉ。」

 黒球を淡く光らせると、興味を示し触ろうとする。黒球が天井付近まで上昇し、子どもが届かない絶妙な距離を保っている。……いい性格してるな。子どもは、しばらくして諦めたのか食べるのを再開した。

「そういや、お前、名前は?」
「んえ? あうう!」(んえ? アルフ)
「食ったままじゃ、分からんよ。」
「……アルフ!」
「アルフか、よし、行くぞ。」
「ま、待ってー。」

 俺が問答無用で部屋を出て行こうとすると、慌てて付いてきた。歩きながら色々聞くとしよう。黒球には|使えそうな物《・・・・・》をしまっておけ、と指示している。アルフには悪いが、ボロ布を足に巻いて靴替わりにしてやる。もっと探せばあるのかもしれないが、あまり長居をしない方が良い気がする。

「歩くと痛いかもしれんが、しばらくそれで我慢してくれ。」
「全然痛くないよ。」
「隣町までの距離なんぞ分からんが、道なりに行くしかないな……。」
「ここを出るの初めてだよ。ふふん。」
「……まぁ、がんばれ。」

 なんか嬉しそうだが、アルフは今までどんな扱いを……。色々な意味で平和な日本しか知らない俺には分からない。器や角材など色々なものが黒球に吸収されていく始終を、アルフは瞬《まばた》きも忘れて見入っている。長い行程になるかもしれないし、少しでも楽しんでくれ。


 歩き始めて10分ほど。村が未だに見えている程度の距離を歩いた。

「ぜぇ、はぁ、ふぅ。」
「……休んどけ。」

 アルフは絶望的なまでに体力が無かった。今まで遊んだりしてこなかったのかもしれない。黒球に持ち上げさせて移動すれば、と試してみたら俺の魔力がゴリゴリ減っていった。慌ててアルフを降ろすが、少し遅かったようだ。全力疾走した後のような疲労感に襲われる。

「……だいじょーぶ? 辛そうだけど。」
「……大丈夫だ。」

 子どもの前で情けないが、黒球の上で休む。アルフが背中を撫でてくれているので礼を言っておく。垂れている尻尾が気になっているようだ。尻尾で遊んでやっていると程なくして、分かれ道に差し掛かった。
 左に進めば森がある。数時間も経てば明るくなるだろうが……アルフを連れて入るのもなぁ。
 右には山に向かう真っすぐな道が伸びている。安全と言えば安全か。車輪のあとがあるのは右の道だけ……。

「アルフ、休憩したら、どっちに進もうか。」
「え? えーっと……変な跡が右にあるし、こっちかな。」
「ほぉ……。」

 良く見ている。歩き疲れているだろうに、轍《わだち》をしっかりと考慮したか。冷静な判断が出来るようだ。いくつか木の実を分けてやる。
 休憩中に森の方から俺たちの様子を伺っている野生動物がいた。不足分の魔力の糧になってもらう。アルフは興味深々な様子だが、余った肉を軽く調理して口《くち》に突っ込んでやった。それでも食って寝てろ。

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