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 体がビクッと痙攣《けいれん》して目が覚めた。ウトウトしていて起きたような塩梅《あんばい》だ。

「……ん? 寝ていた、か?」

 周囲を見渡し、寝ぼけた頭で状況を理解しようとする。寝起きの頭がスッキリしていく。体に異常はないみたいだ。1メートル四方の少し薄暗い部屋……壁が木だな……箱か?

 起き上がって四つ足で立つと、耳が天井に付く位の高さ……箱だな。板木の隙間から差し込む光で、最低限の明るさが保たれているようだ。黒球は……っと後ろにいた。少し大きくなったか?

「バレーボールが、バスケットボールに……。」  

 狭い箱の半分を占める大きさに、何とも言えない気持ちになってしまう。黒球を押してみると、隙間から少しずつ外に出られるみたいだ。……便利だな、お前。
 とりあえずここから出ない事には始まらない。なぜ俺が箱の中にいるのかも分からないしな。

「押したら開く……わけないか。」

 箱には出入口のようなものは無い。試してみたが、開かないようだ。……壊すか。
 黒球に穴を開けさせ、外に出……ようと箱の外を見て気づく。窓の無い1畳ほどの石壁の部屋だ。前方にのみ等間隔に並ぶ金属の格子がある。格子の向こうに10メートル四方の空間があり、机と椅子が見える。人影はなさそうだ。少しカビ臭い。

「もしかしなくても、檻《おり》か。」

 さて、どうしたものか。木箱に入れられ、さらに檻に入れられる状況……間違いなく歓迎されてはいないだろう。幸いにも格子の幅など俺には関係ない。素通りだ。……小さい体で良かった、と思ったら負けなんだろうなぁ。はぁ。

「よっと、ふむふむ。」

 机に飛び乗ってみる。机の上には、読めない文字の書かれた皮紙がある。この世界の文字を知る機会《・・》がないもんなぁ。|誰かに《・・・》教えてもらうのも厳しいか。

 光源がいくつか壁にある。火では無さそうだ。正八面体のガラス質の光源か……蛍光灯があるわけもなく。特に調べるほど物がないし、移動するか……。

 「出口は……扉が無い?」

 おかしい。扉が無かったら、どこから出入りするんだ。壁際を歩きながら調べてみる。黒球はふわふわと付いてくるだけだ。
 しばらく調べていると、|臭いのしない《・・・・・・》カビがあった。前足で触れようとすると、少し沈み込み何かに触れた。硬い……カビではないな。叩いてみると、コンコンと音がする。

「良くできた幻か……本当にあるように見えるなぁ。」

 騙されている方にしてみれば、たまったもんじゃないが。大きな扉は押しても開かない。この部屋に鍵なんて無かった。音を立てて誰か来たら……って今更か。箱から出るときに音が響いているはずだ。来ないということは誰もいないのだろう。

「扉に穴を……いや、この壁に俺が通れるくらいの穴を静かに開けろ。」

 扉を開けた時に死角になる位置に穴を開けさせる。黒球が壁に張り付き、少しずつ抉《えぐ》っていく。食ってるのか……まぁ、いいか。
 穴を抜けると左右に通路が伸びている。通路に隠れるような場所は無い。誰かに見つかったら抜け出したことがバレるだろう。通路の側面には排水路だろうか、通れそうな穴が開いている。近づいてみると風が吹いている。どこかに繋《つな》がっているという事か。特に嫌な臭いはしない。

「下水だったら入らないだろうな……。」

 などと独《ひと》り言《ご》ちる。黒球に自身を覆うように告げ、纏《まと》う。土で汚れたくないしな。黒球が穴に合わせて楕円球になると、気送管で輸送される筒のように穴を滑っていく。ちなみに光源など無い。そしてゆっくり進むわけもなく。

「うおっ、ぐえっ、おぉお!」

 2、3度左右に圧迫され、最後には何故か急上昇《・・・》した。大きな声を出しても黒球に阻《はば》まれ、外には漏れない。前方に光が、と思った時には空を舞っていた。あぁ、またか……。この浮遊感。2度目ともなれば、ほんの少しではあるが考える余裕も生まれる。

「えーっと……ぐぇ!」

 が、何を言おうか考える時間など無く墜落《ついらく》した。黒球が衝撃の大半を吸収しているが、首があらぬ方向に曲がったため変な声が出てしまった。黒球は俺の頭上で元の球状に戻っていく。

「あたた、バウンドしなかっただけマシか……はぁ。」

 ようやく周囲を確認する。岩場……だな、岩しかない。ハーフパイプのような地形の底にいる。左右は見上げる高さの壁だ。前方を見上げると雲に届きそうな岩山がある。遠目に何かの群れが飛び回っている様子が見て取れる。近づいたら襲われそうだな。後ろを見ると、遠くに街明かりが見えた。結構離れてるな……。
 それにしても、この地形……何かを引きずった……にしては大きすぎるか?

「まぁ、いっか……とりあえず街まで行けー。」

 さっさと休みたいがために、考えることを放棄して黒球に指示する。黒球に覆いかぶさり、フワフワと移動する。あーぁ、せっかくの毛並みがボサボサだ……。顔を動かしていると、岩陰に仄《ほの》かに光る石ころを見つけた。他にもあるかもしれないな……黒球に目ぼしい物を回収させておこう。時折、変な臭《にお》いが……まぁ、いっか、岩場の臭《にお》いなんて嗅《か》ぎ分けられないしな。

 街まで移動している間に、何もなければ良いんだけど。今日は月が見えないなぁ、などと考えながら。俺は目をつぶって休んでしまう。……ふぅ、気疲れしてしまったなぁ。

 目をつぶっているため、黒球が発する高音と頭上に現れた矢印、そして空から急降下してくる敵に気付けなかった。高音に驚いた俺は、黒球を見るために下を向いてしまったのだ。
 黒球が敵の攻撃に反応する。半球のドーム状に透明な膜を展開し、敵の初撃を受け止め……きれなかった。黒球の膜と黒球本体に挟まれ身動きが取れない。

「ぐぅぅ……お、重い。」

 体が上から押さえつけられ必死に足に力を入れ立ち上がろうとするが、身を捩《よじ》るだけで精一杯だ。ヤバイ、腹が、潰れる……。地面にヒビが入り、所々|陥没《かんぼつ》し始める。

 もうダメだ、と諦めかけた時。

 突如、重みがなくなった。息を整え周りを見るも、まるで夢であったかのように敵の姿は無かった。

「……あれ? 何だったんだ……。」

 半径5メートルほどの窪地《くぼち》で俺は起き上がる。体の調子を確かめながら、周囲を見る。腹はつながっているようだ。上空も確認するが、近くには何も飛んでいない。黒球が元の球体に戻っている。なんだったのだろうか。
 窪地から這い上がり、顔だけを出して確認する。……よし、何もいない。こんな場所で再度攻撃されたら敵《かな》わない。とりあえず移動してしまおう。体の節々が痛いが、贅沢も言っている場合ではないだろう。

 黒球の上に乗り、周囲を警戒しながら考える。移動は黒球におまかせだ。森の獣だったら、仕留められたはずの俺を見逃すだろうか。確証は無いが、違う気がする。うむむ……攻撃された時、ちゃんと見ておけば良かった。黒球は攻撃を防いだのだから見ているはずだ。でも、こいつ話せないからなぁ……。地面にでも描《か》かせてみるか。

「さっき攻撃してきた奴を地面に描いてみ?……はぁ。」

 移動速度に変化なし。描けない……なんてことがあるのか? いくつか質問してみると、

「姿が見えていたなら、火をだせ。」ボッ
「お前より大きければ、火をだせ。」ボッ
「大きいのかよ……上から食らったのか?」ボッ
「……ふむぅ。」ボッ
「…………。」ボッ

 鳥か魔獣だろうか……おいおい、何も言ってないのに火を出したぞ。はぁ……だるくなってきたな。しばらく休んでおこう。目は半開きで、耳だけを動かし音を拾う。近くの木の側を通り移動する。また上から襲われても困るしな。

 ん? 水の流れる音が聞こえる。川だろうか。川は大抵、|空が見える《・・・・・》。つい先ほど痛い思いをしたばかりだ。進むにつれ、少しずつ大きくなる音に嫌な予感がする。

「っと、思ってたらやっぱりかよ……。」

 眼下に見える森。崖の縁《ふち》に立ち、音の元凶を見やる。
 高さ20メートルはあろうかという滝。滝壺へ勢いよく流れている。どこか降りられる所は無さそうだ。ふむ……崖の近くを真下に降りるか、勢いをつけて滑空するか。他には……。

 グルル……

 何かが後ろにいる……。全く気付かなかった。敵の位置が分からんな……。1匹なら、どうにかなるか……?

 ゥゥゥ……

 別方向からも唸《うな》り声が。どうする、どうする……。戦わなくて良いならば、それに越したことは無いが。正直、激しい運動は無理だ。あぁ、もう。散漫しているな。魔力欠乏の影響だろう。
 黒球が俺の背中を守るように位置取る。敵が近づいたのだろう。覚悟を決めるか。

「魔力を奪え、ぐっ。」

 どうせ倒すのならば、糧《かて》になってもらおう。黒球の表面が数えきれないほど隆起する。なけなしの魔力を持っていかれた俺は、立っていられず座り込む。きっつい……。
 俺の隙を伺っていたのだろう獣が、勢いよく飛び出してきた。

 避けようにも体が動かない。こんな状態で黒球が攻撃してくれるのか。

 そんな考えが過《よぎ》った。しかし黒球はアッサリと飛びかかってきた獣を突き刺した。隆起させた部分から細長い棘《とげ》を出したようだ。……そうだった、こいつ周りからは見えていないんだった。
 突き刺した獣から色々と吸い出していく。やはり魔力を奪えるらしい、体が少し楽になった。飛びかかった仲間を見たからだろうか、他の敵は飛びかかってこない。来ないなら少し近づいてやろう。

 数分で他の獣からも魔力を奪い、俺は走り回れる程度に回復した。よし、困ったら奪おう……なんか盗賊みたいだな。

「あの街……村まで一気に移動できる」

 か、と言い終わるよりも早く黒球が俺を虚空へ射出した。今までで一番高い所を飛んでいるなぁ、と夜空を見ながら思う。
 黒球が追い付いて俺を包む。凧《たこ》のように広がりながら滑空し、村を目指す。一応周囲を警戒しておく。雲が流れ、月が見え始めている。

「お、月が出始めたか。」

 月明かりを浴びて、飛行機雲のように燐光《りんこう》を撒《ま》きながら夜空を滑空する。黒球にじわじわと吸われているが、魔力の回復の方が上回っているようだ。
 黒球をペシペシと叩く位しかすることが無い。村に入る時に|一悶着《ひともんちゃく》あるだろうが、どうにかなるだろう。雲が流れ、月明りが村を照らしている。

 遠巻きに見る村は、寝静まっているのか明かりさえ灯《とも》していない。この世界は魔獣や盗賊による被害など日常茶飯事だ。もちろん夜も。見張りを立てないなど、ありうるのか。

「おいおい……?」

 近づくにつれ、村の全景が見えてくる。家の数が10件ほどの小さな村だ。村の外側を囲う柵は所々が破壊されている。森に面した柵の中央には瓦礫《がれき》の山がある。その付近の地面には真っ黒な|シミ《・・》が出来ていた。所々に大きなシミを見かけるが、遺体などは見つからなかった。

「外柵だけを破壊された……?」

 村の家々には被害がなさそうに見える。この事が俺を困惑させた。魔獣や盗賊だとしたら村人や家屋に被害が出るだろう。ちょっと調べてみるか。

「あの村で生きてる奴はいるか?」

 白い矢印が1つだけ現れ、村の中央を指している。目を凝《こ》らしてみるが、何かがある、としか分からない。
 滑空していた黒球が地面から1メートルほどで水平飛行になる。もうじき村だ。怪しさ満点だが、何とかなるだろう。残念ながら風上なので匂いは分からない。

 瓦礫《がれき》を飛び越え、静かな村に入る。ちょっと臭い。風向きが変わったようだ。キョロキョロしながら歩く。見事に何もない寂《さび》れた村だな……。矢印の指す、村の中央へ向かう。地面には何かを引きづった跡が残っている。


 しばらくして村の中央まで来た俺が見たものは、角材に縛りつけられた子どもと直《す》ぐ側で倒れている尻尾の生えた女性、そしてポッカリと開いた直径10メートル程の穴だった。

しおり