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 俺たちは商業ギルドに戻ってきた。
 入ってすぐにカミラさんが俺とエレナに話しかける。

「エレナ……2時間に一度は連絡をしなさい。」
「はい。」
「門外では常に退路を確保するのよ?」
「……はい。」
「キツネさんは……エレナを見ていてくれる?」
「ん? あぁ、面倒を見ればいいんだな。わかった。」
「……荷物とってきます。」

 なぜかエレナの顔色がすぐれない。エレナは受付の奥の部屋へ歩いて行き、カミラさんは受付で作業を始めた。この時、矢印が少しずつ動き出した。森の中にでも入ったのだろうか。
 矢印を見ながら思案していると、エレナが受付の奥から布製リュックを背負って戻ってきた。両手にグローブを着用し、耳にはイヤリングを付けていた。
 ……おしゃれしてどうするんだ。

「エレナ、その耳のは必要なのか?」
「この石でカミラさんに連絡するの。魔心石っていう石なんだよ。」
「……便利だな。」
「とりあえず門の外へ急ごう。相手は動き続けているみたいだ。」
「やっぱり位置が分かるんだね。行こう。」

 俺たちは門へ向け走り出した。

—————————

 商業ギルド内では、保管品の納入先への連絡や被害額の算出、各ギルドへの通知などすべき事が多く、職員は慌ただしく作業をしていた。図書棟からリーネが受付に歩いてきてカミラさんに話しかける。

「はい、これ資料だよー。」
「ありがと。そこに置いておいて。」
「はいよー。それで……エレナは良かったの? 戦闘訓練もまだでしょー?」
「……少し不安があるけれど、エレナには良い実践訓練になるはずよ。……アレ入れておいてくれたんでしょ?」
「もちろんだよー。キツネさん? も未知数だからねー?」
「……少し心配になってきたわ。ちょっと席をはずすわね。」
「……おかーさんしてるねー。」
「茶化さないでよ。」

 リーネはカミラさんの作業を引き継いで報告書にまとめていく。カミラさんは耳に手を当て、誰かと話し始めた。

――――――――――

 俺たちが門の前まで来ると、門の両側に立っているはずの兵士が数名|固《かた》まって話していた。何かあったのだろうか、緊迫な雰囲気が漂っている。
 俺とエレナは顔を見合わせたが分かるわけも無かった。
 エレナが兵士に話しかける。

「すいませーん。商業ギルドです。門外に出ますね。」
「あ?……あぁ、ギルド員なら……ってお前、大丈夫なのか?」
「え? 調査だけなので大丈夫かなと。何かあったんですか?」
「まぁ、ギルド員なら良いか。さっき出て行った奴が、門を出てすぐに顔を押さえて痛がり始めたんだ。治療に戻るように言ったんだが、あんな出血してでも行くなんておかしいだろ?」

 兵士が少し離れた地点を指差しているので見てみると、血痕が街から森に向けて点々と残されていた。
 確かに応急処置をする暇も無いなんて妙だな。矢印は右前方か……。門を通過し街から少し離れたところでエレナに話しかける。

「相手は手負いみたいだな。矢印はあっちだ。」
「あっち? 道の無い方だね……。」
「ん? どうした? 何か不安か?」
「……私、訓練はしてるけど実戦は初めてだから……。」
「ふむ……気負わなくても良いんじゃないか? 今のエレナにそこまで求められてないんだろ?」
「それは……そうだけど。」
「俺たちが鳥を操った奴の顔を覚えて、ギルドに戻れば捕まえやすくなる、程度に考えれば良いだろ。」
「うん……。」

 浮かない顔のエレナを連れ、街道を森の近くまで歩き、エレナに顔を向け話しかける。

「そろそろ森だから、街道を逸れて森に入るぞ?」
「……うん、って私は何をしたら良いの?」
「ついてくれば良いぞ? 多分。」
「…………。」

 とりあえず黒球に言ってみるか。もしできないならば森を忍び足で進まなければいけない。できるだけ遠距離から敵を視認できれば良いが……。

「俺とエレナを周りから見えないようにして、音も漏らすな。」
「どこに向かってしゃべっ…………。」

 黒球が仄かに緑色の光を放つと、俺とエレナを包む半球上の膜が覆った。エレナが声を出していたが、後半は口パクになっていた。音は消えているようだ。試しにエレナに向かって話してみる。

「…………。」(エレナのアホー)
「……?」(ん?)
「……、……。」(バーカ、バーカ)

 言い終わった俺がニヤニヤしていると、エレナは徐《おもむろ》に俺に近づき、俺の頬を両手で引っ張った。あらら聞こえてたか、とされるがままになっている。エレナが口パクしているので何かを言っているようだが、俺には聞こえない。
 ……ん? 聞こえないぞ? おかしい。聞こえていないのに、俺が話した内容が分かったというのか……。

「…………。」(音を元に戻せ。)
「……らかいー。もちもちだね。癒されるよー。」
「ええあ、ひょっろああひえ。」(エレナ、ちょっと放して。)

 俺の頬を堪能していたエレナの手を放して、音について聞いてみた。どうやら聞こえてはいないが、俺の雰囲気などから何となく馬鹿にされているのが分かったらしい。すごいなエレナ……。

「あんなニヤニヤしてたら誰でも分かるよ。」
「うぬー。」
「ふふ、むくれないの。」
「うにー。」
「……やわらかい。」

 頬を膨らませていじけている俺。頬を引っ張って遊ぶエレナが笑顔になったし、良しとするか。

 森に入る前に黒球に言い、俺とエレナの音を消しておく。エレナはリュックを背負い直している。さっきまでの不安などが少しは無くなったのだろう。
 俺が前を歩き、エレナが後ろを歩く。2メートルほど離れた距離で揺れる草の音が聞こえる。街道とは違い、草をかき分け進む。しかしその際の音はしない。音の心配は要らないな。
 どうやら薄い膜の内側の音のみが消されるようだ。移動速度を上げるわけにはいかないが。矢印の方向を確認しつつ後ろを見ると、警戒心ゼロなエレナがキョロキョロしながら普通に歩いていた。姿勢を低くしたりしないのだろうか。
 鳥を操る者がいる以上、全周を警戒しなければならない。鳥がどこかにいたら見つかるからな。木の枝も見上げ確認する必要があるはずだ。
 立ち止まりエレナを見つめていると、エレナがしゃがみ俺に顔を寄せてくる。土がついたままの足でエレナの両頬にスタンプをつけてやり、また前を向き歩き始める。エレナは小さく飛び上がったあと、後ずさりし顔を拭いてからついてくる。はぁ。

 しばらく歩くと矢印の先で倒木に付着した血痕を見つけた。矢印は変わらず森の奥を指している。周囲を確認しながら近づく。エレナは眉をひそめ近くの木で立ち止まっている。血が苦手なのだろうか。
 血痕は乾ききっていない。近いな。さっさと捕縛したいが……。エレナに顔を向け仕草で先に行く事を促すと、血痕を迂回し付いてきた。やはり苦手なようだ。
 5分ほど歩くと、矢印の先で動いている目標を視認できた。エレナも見えたのだろう。姿勢を低くして俺の後ろで真剣な顔をした。

「見つけてしまえば、こっちのものだな。アレの手足を撃って動けなくしろ。」

 黒球が明るい茶色に光り、俺の周りの地面からゴルフボール程度の大きさの土球が浮かび上がる。俺の目線ほどまで浮きあがると無音で目標に向かって次々に飛んで行った。着弾の連続音と悲鳴が聞こえてくるので問題なく当たったようだ。エレナを見やると物言いたげな顔で俺と森の奥を見ていた。
 エレナを無視して静かになった着弾地点へ向かう。遠目でも分かるが、男は色々とちぎれ飛び、血だまりでかろうじて生きているような状態だった。エレナの足も止まってしまったようなので、振り返り言う。

「エレナ、早くしないとアレ死ぬぞ?」
「え……うん。」

 ビクビクと震えながらもエレナは血だまりに近づき男に問うた。男は恨みのこもった眼でエレナを睨み、歯を食いしばっている。

「あ……あなたが、ギルド倉庫から品を盗んだんですか?」
「……だったらなんだ。」
「返してください!」
「…………。」
「聞いてるんですか!」

 男も意地になってしまったのだろう。話しそうには見えない。エレナも何度か問いかけていたが、どうすれば良いか分からないようだ。オロオロしている。このままでは男が死んでしまうな。

「男の傷口だけ治せ。」

 男の傷口は緑色の光に覆われ、ほんの数秒で傷口がふさがった。やばい、少しフラフラする。俺はその場に座り込みつつ様子を見る。俺とエレナを覆っていた薄い膜は消えたようだ。男は傷口がふさがったのを見て驚いているようだ。エレナは俺がしたのだと気付いたようで俺の方に近づいてきた。

「どうしたら良いんだろ。全然話してくれないよ。」
「まぁ、なんでも話してくれるなら兵士なんて不要になるだろ。」
「うー。」
「少し休んだら、アレを引きずって街まで戻ろう。」
「うん。」

 男は逃げようともがいている。黒球にしびれさせるように言うと閃光とともにバチッと音が鳴り、男は気絶した。エレナの小さな悲鳴がかわいかった。匂いがアレなので少しだけ離れ休むことにする。

 しばらく休むとふらつきも治り動けるようになった。未《いま》だに気絶している男を浮かせアルゴータへ戻る。さすがに男を浮かせたまま街に戻ると問題になるらしく途中から男を引きずっていった。引きずられてすぐに男は目を覚ましたが、どうでもいいので割愛する。

 アルゴータに戻ると兵士に驚かれた。先ほど出門した男が瀕死で引きずられて帰ってきたのだ。
 そしてその男を尋問し商業ギルド倉庫の盗難に関与している事が分かる頃、俺たちは兵士の詰所で事情聴取を終え、少し休憩させてもらっていた。木の机といくつかのイスがある4畳程の広さの部屋で、兵士たちの話声や街の喧騒を聞き流していると、突如「無音」になった。


「エレナ? 迎えに来たわよー?」

 カミラさんがエレナを迎えに来た。外から呼ぶ声で分かった。

 たったそれだけのはずだ。


 ……だが、この静けさは何だ。街の喧騒などが聞こえなくなった。俺は体毛が逆立ち、何かが全力で逃げろと警鐘を鳴らしまくっている。エレナを見ると目を見開き出入口を凝視している。表情が硬い。脂汗が流れ小刻みに震えている。

 圧倒的な存在感がドアの向こうに近づいてくる。俺たちは指一本動かせずドアを凝視するだけだ。エレナが生唾《なまつば》を飲み込む音が聞こえる。ドアが音も無く開き、カミラさんが少し俯《うつむ》き加減で入ってくる。俺たちの近くで立ち止まるとエレナの様子を見て、ため息をつく。それと同時に重苦しい圧力から解放された。

「エレナ。」
「ぁ、ひゃい!」
「……無茶しなかったでしょうね?」
「え? はい、森を歩いてたらキツネさんがドーンってやってバチーンってなったんです!」
「……はぁ……あなたって子は、あわよくば関係者の容姿が分かれば程度だったのに、まさか捕まえてくるとはね。」
「あはは……私も良く分からなくて、キツネさんがほとんどやってくれました。」
「とりあえず、怪我が無いようで安心したわ。キツネさんは後でお話があります。……いいですね?」

 カミラさんに顔を近づけられ、俺は黙って顔を縦に振ることしかできなかった。

しおり