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おれと露原はパーティーを組むことになった。
おれが職業の選択を間違えて、『召喚士』であることが、原因だ。
「麻の服にフライパンだと、お先真っ暗だぞ。」
相変わらずのストレートで事実をおっしゃる。
「私としても、助けた人間が翌日スライムに殺されていたら、
寝覚めが良くないからな。」
とりあえず、始まりの町に行って、装備を整えて、
必要なアイテムを購入することになった。
おれはお金などまったく持っていなかったので、
全額彼女が立て替えることになった。
彼女は初心者を助けることが信念であり、
それに基づいて行動している。
しかし、現実は残酷だ。次々に高レベルのプレイヤーが現れ、
ドロップアイテムやモンスターの落とすお金が増えると、
『露原』の収入は増えないのに、物価だけが上がっていく、
いわゆる、『スタグフレーション』というやつだ。
スライム1匹が落とすのが銅貨1枚、宿屋は金貨10枚だ。
この世界は中世のヨーロッパをモデルにした世界観らしく、
12進法だ。金貨1枚は銀貨12枚、銅貨144枚に相当する。
宿屋に2人で泊まれば金貨20枚、スライム2880匹相当。
これはあまりにも無茶苦茶だ。
それができるくらいなら、レベルなどすぐに上がる
この世界は大航海時代の取引商人と同じで、
自然に販売物が、出現したりはしない。
冒険者が集めてきたものを仲介しているだけだ。
いまや、良心的な冒険者でも『薬草』1つに金貨1枚とか言う
価格をつけている。おれと露原は採集のついでに
モンスターを狩っている状態だ。
そのためマーケットから商品を買うことなどまったくない。

彼女も、物価高騰で初心者の救済行為を行うのが、
難しくなってきているのは、理解しているらしく、
町の外で野宿をしながらの生活の中、悩んでいた。
しかし、日々の努力は徐々に実り、おれはレベル5になっていた。
スライムを狩って死にかけると言う体験は、まずありえない。
稀有な状況でまず起こらない。だからステータスも低いままの
レベル5だ。だけど、おれが生きていられるのは露原のおかげだ。
おれ一人ならとっくに草原で野垂れ死にしていただろう。

ある日、いつものようにスライムを狩っていると、
「おめでとうございます!『スライムエッグ』のレベルが規定値に
達しました。」とガイダンスがどこからか聞こえ、
初期状態から捨てずにいた『卵』が孵った。
レベルは1だが、パーティーが2人と1匹になるのは助かる。
おれは、ピンク色をしたスライムに『スラリン』と名前をつけた。
露原はあまりにもそのままな名前に不満だったようだが、
自分の『銅の槍』にゲイボルグと名付けているくらいなので、
文句を言えた口ではないだろう。
スラリンの五感は召喚者である俺と共有されるらしく、
スラリンはムスメスライムであることが判明した。
この従者は、縦横10センチの肉まんのような形をしていて、
非常に可愛い。露原は毎日、抱きながら寝ている。

始まりの町の道を歩いていると、真っ黒な格好をした、
一見して黒魔道士とわかる人物に声を掛けられた。
ドスの効いた声で話しかけてきた内容を聞くと、
どうやら、酒場に来て欲しいとのことだ。
ただ飯が食えるので、喜んでついていくことにした。

酒場で食事をしてわかったのだが、酒を飲む行為は
毒を摂取してダメージを受けて、薬草等の野菜で回復し、
最大ヒットポイントを上げると言う、ロールプレイングゲーム
としては非常に説得力のある行為だ。
おれと露原は『ポイズンビール』と言うものを飲んでいる。
ポイズンビールは『ビール』と言う名前だがアルコールはゼロだ。
おれは、年齢は中学生程度だし、露原には失礼だが彼女は
小学生にしか見えない。しかも、ポーションや薬草は
使えば使うほど、スキルが上がり、効果も上がるらしい。
昨日に続き今日も酒場で食事をしている。
当然、ある人物のおごりだ。

「君、召喚士?モンスターを仲間にできるの?」
そう聞いてきたのは女性だった。
『英島 豊』と名乗っていたので、『ひでしま ゆたか』だと
思ったのだが、『ゆたか』ではなく『とよ』と読むらしい。
年齢は聞くことはできなかったが、20歳はいっていないだろう。

こいつの話を聞いたときは、『頭がおかしい』やつだと思った。
こいつは、『あるモンスター』を独占して、乱獲する計画らしい。
その狩りの対象は、「ウルティメットドラゴン」、通称『極龍』だ。
レベルは90以上、ヒットポイントは30万は超える。
体長は50メートル、ジャンボジェット並の大きさらしい。
いまだそいつを倒した冒険者は皆無で、自動的にポップするので、
データ上は雑魚に分類されるが、ラスボスよりは弱いだろう程度だ。
ちなみに、膨大な経験値と超レアアイテムを落とすと言う噂だ。

英島は最近レベル25になったらしく、中級魔法を習得した。
それが何を意味しているかは教えてくれなかったが、
それで何かをして、『すごい発見をした』らしい。
そして、「召喚士」と言う名のテイマーであるおれが
スラリンを連れて歩いているのを見るや、即座に
探し出し、声をかけてきたと言うわけだ。

明らかに不可能だと思えるし、実在の確認されていない報酬の
怪しげな取引で、いちおう交渉が成立しているのには訳がある。
露原イツキが『槍戦士ではなく竜騎士』だからだ。
こいつは、ゲーム開始当初からドラゴンに乗ることを
夢見ていたらしい。竜騎士を選択すれば、騎乗用のドラゴンが
無償配布されると思っていたらしいが見事に裏切られたらしい。
召喚士を最強職と思い、スライムの卵を与えられた、おれを
責める権利が彼女にあるのだろうか。非常に疑問だ。
普通に考えれば、中級魔法を使えるようになったばかりで、
始まりの町では最強レベルだが、そんな黒魔道士レベル25と
レベル5のテイマー、レベル10の槍戦士が組んで、
最強の雑魚ウルティメットドラゴンを倒せるはずがない。

ウルティメットドラゴンにはばかげた特徴があるらしい。
そこで出てくるのが、この始まりの町近郊の森に存在している、
精霊『カーバンクル』だ。このカーバンクルはある意味では
最強だ。対魔法系の切り札と言っていい。
魔法をすべて自動で反射する『常時全魔法反射』だ。
そして反射した魔法は詠唱者にダメージを与える。
10体のカーバンクルに全体魔法で攻撃すれば、
魔法の術者のダメージは10倍だ。恐ろしい。

こんなに便利なのに誰も相手にせず、忘れられているのには
理由がある。ほとんど生ける化石のような存在だ。
もちろんおれ以外の召喚士もカーバンクルをテイムしようとした。
だが、テイムするにはヒットポイントを最大値の1割以下に
しなければいけない。しかし、このカーバンクル、
最大ヒットポイントは『1』だ。オンリーワンだ。
カーバンクルは優しい精霊、平和主義者で、正当防衛
しかしないので、カーバンクルは攻撃手段を一切持っていない。

過去の人々は色々試したらしいが、一時的にヒットポイントを
増加させる魔法や、毒や回復、混乱、睡眠、誘惑、色々やったが、
成功しなかった。そもそも、ウルティメットドラゴンを
倒そうなどと思っていないため、全力傾注する理由もないのだ。

おれ達が考えた方法は、カーバンクルのスキルやレベルを上げて、
一撃で死なないようにすることだ。
ヒットポイントが『11』以上になったら、
死なない程度に攻撃する。
誰もこれをしなかったのは、半年近くカーバンクルの
相手をする必要があるからだ。労力と報酬が合わない。

この世界にも法則がある。例えば、酒場で毒物を飲み
ヒットポイントが減少した状態で回復薬を飲んだり、
回復魔法をかければいい。そうすれば、回復したときに
最大ヒットポイントが上昇する可能性がある。

その日、おれ達は、『カーバンクル』の住むと言う、
近くの森に向かった。

「綺麗な森ね。」そう言った露原の顔は険しかった。
森と言うものは雑草が生い茂り、管理するものがいないため
無秩序に木々が乱立する場所なのだ。

つまり、『綺麗な』と言うことは何者かが、管理していると
言うことだ。それなりに用心して先に進むと
湿っぽい洞窟のような穴がぽっかりと開いていた。

だが何か大きな石が穴をふさいでいた。
邪魔な石だが、おれ達の力ではとても動きそうもない。
石の隙間から姿を見せた生物がいた。
生物と言っていいのかわからないが、それがおれたちの求めていた
精霊、『カーバンクル』のようだ。

おれたちは、ダメージを与えずにどう捕獲するか悩んでいた。
何しろ、ヒットポイントは『1』だ。
睡眠魔法で眠らせるくらいしかないだろう。
だが、魔法は反射する。麻酔針とかを打ち込むと、ダメージで
死亡するだろう。八方塞だ。

だが、カーバンクルは生きている化石と言うくらいで、
誰も興味を示さなかったので、人間に対する警戒心はゼロだ。
そもそも、ヒットポイント『1』だ。小石があたっただけで
死亡する。平均寿命も長くはないのだろう。まだ子供のようだった。
少し可哀そうな気がするが、ペットになれば長生きもできる。

そう思い、おれ達が『カーバンクル』に近づいたときだった。
でかい岩が動き出した。『ストーンゴーレム』だ。
こいつは体力と防御力が高く、物理攻撃で倒すのは難しい。
英島の魔法でないと倒せない状況だが、『カーバンクル』が
ゴーレムの肩に乗っている。魔法は通じない。

「なんとかなるか?露原。」そうおれは相方に声をかけた。
即答で、「無理ね。」と言う答えが返って来た。
「いったん撤退しますか?」そうおれは英島さんに聞いていた。
すると露原が、あんた学習能力ないわね、と言いつつ、
スラリンを出すように言ってきた。
「スライムは打撃耐性があるから、ゴーレムの攻撃には
ある程度耐えられるわ。幸いカーバンクルは一撃で死ぬし、
スラリンにカーバンクルを倒してもらって、そのあと英島さんが
ゴーレムを魔法で攻撃すればいい。」

「いや、たぶんもっと単純に倒せる。」俺はそう言うと
近くにある石を拾い上げて、無防備なカーバンクルに投げつけた。
すると、カーバンクルは即死した。弱い、とても弱い。

「あんたえぐいわね。」2人が声をそろえて言った。
カーバンクルの群れに石を投げつけまくっていると、
こわがって、精霊カーバンクルはすべて逃げ出した。
その後、

単体中級火炎魔法を放った英島さんはゴーレム5体を
瞬殺した。これで森を手入れする存在もいなくなって、
野生の動物やモンスターが住み着いたら、
カーバンクルたち可哀そうだな、などと思いつつ、
おれは、あらかじめ用意していた、閃光弾を炸裂させた。

おれはカーバンクルにダメージを与えず、無力化する
ことに成功した。ウサギは恐怖感を与えると心臓が止まって
精神的ダメージで死ぬことがあるそうだが、
カーバンクルは死ぬことはなく、眩しさで目が眩み、
その場ですくみあがっていた。

そして捕まえた。カーバンクルを数匹、個別の籠に入れると
おれ達は実験、いや検証を始めた。

この世界には、継続ダメージをもつ魔法がある。
そしてそれらは、たいてい割合ダメージだ。
最大ヒットポイントの10%を5回とかだ。
『徐々に回復』や『毒』がそういう類だ。

カーバンクルが全魔法反射を発動させるのは、
身を守るためであり、ダメージがある場合だ。
と仮定した。ヒットポイント『1』のカーバンクルの
毒ダメージは『0』か『1』か、これは賭けだ。

おれたちは、カーバンクルを優しく抱きかかえると、
軽い毒薬、『ポイズンビール』を飲ませてみた。
ダメージは『ゼロ』だった。それどころか、酔っ払ったように
カーバンクルはおかわりを要求してきた。
今度は薬草を食べさせてみる。すぐに結果は出ないが、
交代制の不眠不休で、毒と回復を繰り返した。

一ヶ月後、ヒットポイントが『2』に上がった。
仮説は正しかったのだ。それから約1ヶ月で『4』に上がり、
さらに一ヵ月後には『15』に上がっていた。
生き残っていたカーバンクルに、おれがデコピンをしていると、
いい具合にヒットポイントが『1』になり、
無事にテイムすることができた。もったいないので
生き残った5匹のカーバンクルはすべてケイジに入れて
ペットとして持ち運ぶことにした。

ちなみに、「カーバンクルの死体」は魔法を反射しない。
死体が反射するなら、盾や鎧の材料として乱獲され、
今頃、絶滅危惧種に指定されているだろう。

薬漬けにされたカーバンクルは、目には見えないが
精神的な部分で病んでいるようで、
ポーションを飲ませると「キュ、キューッ」などと鳴きながら、
膝の上に乗ってきた。

すると『スラリン』が泣き出しそうな顔で?、こちらを見てくる。
メスと言っても人間の女性ではないので、『スラリン』にも
『クレイン』にも興味ないです。どちらかといえば人間の場合、
女性のほうが、スラリンやクレインを可愛がってくれると思うよ。

ああ、『クレイン』というのはこの群体の呼称で、
『クレインA』から『クレインE」までいる。
全魔法反射の特性を持ったペットの『カーバンクル』は
見た目がリスっぽいので、『クレイン』と命名し仲間にした。
飼い主の魔法は反射しないので、これから色々と
役に立ってくれそうだ。

しおり