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(ここは、どこだ)・・・・

ふと、目が覚めると、上空高く大きな雲がいくつも
漂っていた。目が覚める前にどこに居たかなどは、
まったく覚えていない。おそらく疲れ果てて、
眠ってしまっていたのだろう。ここは広い草原だ。
意識がある限りの過去では、いつからかただこの草原を
さ迷い歩いていた。近くに町でもないかと、
地図もなく見つかる可能性は低かった。
だが、生きていくために探し続けていた。
しかし、ついに見つけることはかなわなかった。
俺のここでの所持品は、おそらく麻布でできた上下の服。
決して見栄えは良くなく、明らかに『ぼろっちい』
まるで乞食が好んで着用しそうな、布切れだ。
幸いこの草原の気候は暖かで、寒さで凍え死ぬなどということは
なさそうだ。他には、3日分あるかないかの水と食料、
早く町を探さないと、飢えて死ぬのは確実だ。
おれにもよくわからないのは、『フライパン』を所持している
ということだ。記憶にはないが、もしかするとおれは
コックでもやっていたのだろうか?
おあつらえ向きに、『卵』も1個だけ持っている。
しかし、ニワトリのような鳥の卵ではないのは明らかで、
蜘蛛やモンスターの卵のような色や外見だ。
間違っても、調理して食べようなどという感覚は
俺には起こらなかった。

俺はもともと、日本の関西地方に住んでいた。当然、地球のだ。
慣れてしまえばそうでもないのだが、
都会に移り住んだ息子に会いに来る田舎から出てきた
祖父母などは、空気が悪い、水が悪いと、
よく愚痴を言っていた。大阪の上水道は薬品が入っているとはいえ
けっこう品質のいい水らしいし、まあ、空気は排気ガスの
すぐそばに住んでいるわけなので良いわけはないだろうが。
ここは、祖父母の暮らす田舎の寒村並みに、
水も空気も綺麗だ。
気温も程よく非常に過ごしやすい環境のため、
つい眠くなる。水は何とかなるのだろうと思い、
そこいらにある川の水を飲もうとしたのだが、
『採集スキルがありません』というガイダンスが出て、
やはりここが普通の生活空間とは明らかに違う場所だと
肌身に浸みてわかってしまう。食べ物も、そこいらにある
草木になる果実をとろうとするのだが『採集スキルがありません』
と音声が流れ、食べることはできそうにない。
きゅーきゅーと空腹のため鳴る、おなかの音さえなければ
ずっと寝ていられるのだが、生きていくためには
そうは行かない。

そういった、貧困に進退窮まった状態で、俺はそいつに
出会ってしまった。さいわい戦闘スキルはあるらしく、
攻撃して倒すことは可能だと、ガイダンスの音が
俺に教えてくれる。そいつは俺の元いた世界では、
ゲームでもマンガでも、『超』がつくほど有名な『雑魚』だ。
さすがに俺でもこんな物体に負けることはないだろう。
そう、過信していた。正直食べられるかは不明だが、
水分は多そうな感じがする。
想像ではあるが、メロンやスイカのような味がするのではないかと
喉の渇きと空腹を満たすためそいつを狩って、
その足しにしようと思った。
そして、おれはほんの軽い気持ちで、そいつに襲い掛かった。
それは、人生で初めて経験する絶望への始まりだった。

『天野 和馬』の攻撃、そうガイダンスが告げると、
俺のかなり力のこもった一撃は、そいつ、
青い色をした『スライム』にヒットし、倒すはずだった。
しかし、現実には『フライパン』はスライムの表面を
すべるように、なめらかに、なぞり地面に『ゴンッ』と
鈍い音を立ててぶつかった。それでもダメージは与えたらしく、
スライムの左上に表示されている、『青色の体力ゲージ』は
1割ほど削られ、スライムは痛みからか怒り狂いながら、
こちらに全力で反撃してきた。
それは俺の攻撃がいかに無力で無為なのか、自分自身の
経験として味わうことになった。
スライムはまっすぐにこちらに向かってきた。
どうやら体当たりをする気のようだが動きは鈍い。
おそらくその気になれば、余裕で避けられただろう。
だが俺は、スライムに殺されるなど想定の埒外であり、
無視して殴り続けるという、愚かな決断を下してしまった。

その遅くて鈍い攻撃の威力は、俺の腹部に正面からぶつかって
ダメージを与えた。俺の目の前に表示されている
『黄色の体力ゲージ』は半分近くまで減ってしまった。
それだけではない、まるで至近距離からロベカルのフリーキックを
喰らったような強烈な痛みが走り、立っていられなかった。
悶絶し、苦しそうに転がりまわる俺を見て、スライムは
とどめを刺そうとして来た。口から吐き出したものを見たら、
それは、『赤い血』だった。生死の境だと感じた俺は
全身全霊でスライムの攻撃を必死に避けると、
背中を見せて一目散に逃げ出そうとした。
『死ぬ』と文字通り『死ぬほど痛い』だろうし、
この世界の構造がどうなっているのかは不明ではあるが、
もしかすると、俺はあの世に行くことになるのだろう。
場合によっては、「世界から消滅し『無』になる」
現実世界と同じで、いまの自分自身にとって『死ぬ』と言う事は、
『完全な未知』であり。いかなる書物も賢者の知恵も、
その真実を教えてはくれない。まだ宗教熱心で信仰でもあれば、
別であっただろうが、俺はそれこそ、『命がけで』逃げ回った。
ものすごく怖い。あと一撃で死ぬ。
すでに痛みと恐怖で硬直し、疲弊した身体で逃げることは
難しい。絶望している俺の前で、『俺を殺すべく行動した』
そのスライムは、その目的を遂げることなく、上空から降ってきた、
一本の『銅の槍』に水の入った袋がはじけるように、
その身を貫かれ、絶命した。

天国にいけますように、とでも祈っていたのか、
恐怖のあまり小便を漏らした俺は、ぎゅっと目を閉じていた。
しばらくして何事も起こらないので、その目をふと開けてみると、
表情を隠そうともせず、『哀れみと侮蔑』に満ち溢れた、
そのご尊顔を拝見することになった。
そこには、一人の少女がいた。まるで天使のようだった。
その表情と寸分たがわない、心の底からの本音であろう、
「なっさけねえな、初期エリアのスライム一匹相手に、
瀕死になるとかありえねえだろ。」と彼女は、おっしゃった。
言葉遣いからは、ただの態度の悪い子供に見える。
外見は『金髪』の美しい少女だ。
身長はかなり低く、おそらく130センチ台だろう。
とても強そうには見えない。

しかし、『命の恩人である』と補正のかかった俺の目には、
銅の槍と銅の鎧を装備した、立派な女『槍戦士』に見えた。
彼女は、腰の袋に手をやり、しばらくごそごそとしていたが、
目的のものを見つけたらしく、『薬草』らしきものを取り出すと、
それを俺に手渡してきた。
「ほら、飲めよ。」、
「体力ゲージが10ポイントくらい回復するぞ。」
彼女は何か対価を要求するでもなく、恩を売るつもりもないようで、
ごく自然な行為であった。
「あ・あ・あ・ぁ、りがとうございます~~~~。」
俺は緊張の糸が切れたのか、助かったという安心感と、
まったく無関係な他人を何の見返りも求めず、
助けてくれる人もいるんだという事実に、
ただ、ただ、感動して号泣しながら、ひたすらお礼を
言い続けていた。
「な、なんだお前は!」
俺のあまりの態度に驚いたのか、彼女は赤面しながらこう言った。
「どうせ、3ゴールドくらいで売ってるやつだぞ。」
それに、そこいらを採集スキルで探索すれば簡単に拾えるものだ。
もごもごと、恥ずかしそうに口ごもりながら黙ってしまった。
そして、遠慮する必要などないとばかりに大仰に手を振った。

彼女から渡された薬草をもぐもぐとほおばり、飲み下した。
ニガヨモギやドクダミのような薬っぽい苦い味かと思ったら、
以外にオレンジ味に近かった。
それが、彼女の外見とあいまって、小児科医で出される、
甘いシロップを思い出し、つい笑ってしまった。
笑われた理由がわからなかったのか、
「何だよ、何がおかしいんだ?死に掛けておかしくなったのか?」
けっこう本気で精神を心配しているようだ。
俺の心で思ったことを口に出して言うと彼女なら怒るだろうから、
それは言わずに、「身体の痛みと倦怠感が消えました。」
と言うと、改めて、「助けていただいてありがとうございます。」
と俺なりの最大限の感謝を表わした。
ボロ布をまとった俺だが、いつかこの恩は返そう、そう思った。
念のため目の前の体力ゲージを見ると全快していた。
だが何かがおかしい、???、そうかわかった。
最大ヒットポイントが9から10に増えている。
そのことを彼女に伝えると、彼女は知識を持っていたようで、
「レベルアップしなくても、瀕死から回復するとスキルが上がって、
最大ヒットポイントが上がることがある。」そう俺の推察どおりの、
答えを返してきた。

「なぜ。」、一つ間を置いて俺は、彼女に問いかけた。
「なぜ俺を助けてくれたんですか?」俺も同じ状況なら、
助けはするだろう。だが、この女槍戦士の様子は、
単にそれだけとは思えなかった。
彼女が、「かわいそう。」とか「困っている人がいる。」という
単純な善意から助けたのなら、『哀れみや侮蔑的』な表情を、
俺には向けなかっただろう。もっと優しく接したはずだ。
「あぁ、そうか。」そうつぶやくと、
槍戦士はなぜ俺がそんなことを聞いたのか、
考え込んでいるようだった。

「なぜ、そんなことを聞くんだ?」彼女は心の底から
理解できないとばかりに、いぶかしんだ表情を向けてきた。
「困ってる人がいるから、困っている人を助ける。当然の
ことじゃないか。」おそらく本音だろう、
人を疑うこと知らない無垢な、純粋な正義。
それ故になぜ彼女が、俺にあんなことを言ったのか、
率直に聞いてみた。

「以前、この世界で友人がいてな、草原でスライム相手に
戦って死んだ。」そう言葉を詰まらせると彼女は続けた、
「レベルやステータスを上げて先に進むことも考えた、
だがそれで何になる?自分自身で工夫して努力して、
強くなり高みに登れる者に、真に助けなど必要ない。」
「そんなことは、」そう俺が言うのをさえぎって彼女は言った。
「いや、そうなんだ。少なくとも私ではどうにもならない。」
草原に出かけた初心冒険者が2度と戻らないことがしばしばあり、
そういう人たちを助けるため、彼女はここを動かず、
お金をためて装備を整え、初心者を導いているのだ。

俺が落ち着いたのを見て彼女は、人を馬鹿にするような態度で、
「それにしてもよわすぎるぞ、おまえ。何を考えているんだ。」
彼女はおれがあまりに弱いので、初期の職業を間違えた、
幼稚園児のようなやつだと思ったらしい。
「回復役のヒーラーや召喚士などは単独戦闘など無謀だ。」
そう、彼女は吐き捨てた。
「常識だろう?」少し怒っているようだ。

彼女は俺にまず基礎的なことを教えるために、うんざりして
こう言葉を紡いだ。
「こういう場合、『攻撃力が一番重要だ』火力だ、火力。
それに魔法使い系より戦士系だ。
魔法使いはマジックポイントの回復に時間がかかる、
狩りの効率が悪い。ここいらの雑魚は魔法使ってこないから、
戦士系なら硬いから死ぬことなどまずない。」

「それに相手はスライムだ。見るからに打撃耐性があるだろ、
斬るか、刺すのが一番だ。それを打撃のフライパンって・・・・」

彼女、女槍戦士は軽く、絶句しているようだった。

「お、おれ、召喚士です。」

「もしかして、多勢に無勢で、モンスターをボコる気だったのか?」

「はい。」
召喚士はペットを同時に5体まで出せます。
それにゲージにしまって物理系や魔法系など、
ソロでも状況に合わせた戦いができると考えまして、、、、
集団で戦えば強いかなと・・・・
「浅はかな考えで、すみません。」
と付け加える。
「まあ、確かに言ってることは間違いではない。
ゲーム終盤のエンドコンテンツで最強職はテイマー、
つまり、この世界では召喚士だな。」
そうですよねと、俺に同意してくれた彼女に笑顔を向けると、
冷淡にこう放った。
「だがそれは、ペットのスキルやレベル上げに廃人じみた、
努力があってこそだ、将来を考えるならそれなりの
覚悟をしておくんだな。」何かを忘れている気がすると
言い出した彼女は、考え込んでしばらくするとこう言った。
「自己紹介がまだだったな。名乗ってなかった。
俺は『竜騎士』の『露原 樹(つゆはら いつき)』よろしくな。」
そう言うと、俺の手を握り、助け起こそうとしてくれた。

だけど俺は、薬草の効果で肉体的なダメージは回復していたが、
精神的な理由で、腰が抜けてしまって立てなかった。
顔から火が出るほど恥ずかしかったが、それをストレートに
彼女に言うほどの度胸はない。
俺が立たないでいると、そいつは俺の横に腰を下ろすと、
「スタミナを回復しないとな。」とポツリと呟くと、
俺が立ち上がるまで、傍に座り続けていた。

そいつ、露原イツキは俺が人生ではじめて、
『親友』と呼べる存在だと思った。

しおり