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おれ達は、始まりの町に一軒しかない、
いつもの安酒場にいた。当然飲み食いの代金など、
野宿生活者のおれと露原に払えるわけもなく、
代金はあいつ持ちだ。最近仲間になった、
カーバンクルの『クレイン』を同伴して、
『ポイズンビール』を飲んでいるのだが、
『クレイン』もビールの魅力に取り付かれたのか、
ビールをおいしそうに飲んでいる。
無論、薬草も食べれば元気いっぱい、
最大ヒットポイントを増やせるので、
虚弱体質のクレインには推奨したいくらいだ。
まあ、本物のビールに含まれるアルコールから発生する
アセトアルデヒドは毒物そのものだし、
クレインが中毒になるのも仕方ないか。

しばらく時間を潰していると、依頼主であり
金主でもある、『英島 とよ』がやってきた。
かの英島女史はさっそく、『極龍』こと、
ウルティメットドラゴンを乱獲する気満々だ。
おれ達に支払うべき金も半端ではない、
失敗すれば破産状態になるだろう。
お金が大好きな、英島女史にとってそれは死を意味する。
話を聞いてみると、この英島女史、
中級魔法が使えるようになったので、
『全体最強氷結魔法』を使用するウルティメットドラゴンは
当然、火炎系魔法が弱点だと思い、試しに一発、
魔法を撃ってみたらしい。真性の馬鹿なのだろう。
するとなんと、ウルティメットドラゴンは、
『氷属性が弱点なのに、氷魔法を使う。」
と言う発見をしたらしい。

『クレイン』がパーティー全体に全魔法反射を
常時発動させておけば、ウルティメットドラゴンの放つ、
全体化最強氷結系魔法がこちらのパーティーの人数分、
増強されて、ウルティメットドラゴン自身に跳ね返る。
パーティーが10人なら10倍のダメージだ。
最強のドラゴンが自分自身の最強の魔法で
自滅してくださるわけだ。実に喜ばしい。
英島もそのあたりはわかっているらしく、
アイテムや金銭の分け前が減るのを覚悟で、
大幅に戦力を強化してきた。
もちろん、ウルティメットドラゴンと戦うなど
無謀もいいところ、命知らずの馬鹿かとも思うが、
そんな輩では、単なる足手まといだろう。
戦闘とレベル上げの効率を上げるため、
英島女史は新しく女2人を紹介してきた。

ひとりは、回復魔法使いのヒーラーである、
『咲耶 蘭(さくや らん)』だ。
こいつは誰かが死んだとき蘇生魔法を使う役目で、
基本、後方で待機だ。
レベルを聞くと、英島女史の2倍のレベル50だ。
こんな初期のゾーンにいるのがおかしな存在だ。
ウルティメットドラゴンがレアアイテムを落とすと聞き、
高レベルのエリアから戻ってきたらしい。
始まりの町を見ると非常に懐かしいと言っていた。
『クレイン』を見ると「かわいいね、これ。」とか言って、
撫で回している。ポイズンビールと回復薬草を
飲み食いしすぎたため、おれよりも最大HPや基礎回復値が
高い、『クレインA』だ。こいつが物理攻撃を喰らって、
全魔法反射が切れたら、全滅必至だ。
咲耶の役割は、人間の蘇生を行うことではなく、
クレインの蘇生を行うのが、唯一の仕事である。

もう一人は、盗賊の『印旛 サヤカ』だ。
ウルティメットドラゴンからは、超レアアイテムが
盗めると言う、都市伝説とも言える伝説があり、
そのため所持品はすべて剥ぎ取ってから、
討伐しようとのことだ。
もちろん初めの数百匹はレベル上げを専門に戦うが、
ステータスやレベルが上がって余裕が出てきたら、
盗みまくろうと言うわけだ。
この世界、装備品に何か制限がかかっていると言うことはなく、
自由に装備可能だ。例えば『力20以上』とか、
『レベル50以上』などという条件はない。
そのため、高レベルの装備をそろえられれば、それだけで
非常に強くなる。
噂に聞く、『龍燐の鎧(りゅうりんのよろい)』や
『龍槍(りゅうそう)』が入手できれば、
露原も相当強くなりそうだ。

リーダーで黒魔道士の英島女史の目的は、金銭だろうが
これもかなり期待できそうだ。
魔法を反射する人数は多いほうがいい、
その都合上、パーティーの人数は限界の9人で構成している。
近接格闘と回避に秀でた『格闘家』の
『大仏 ミノリ(おさらぎ みのり)』、
時魔道士の『墺野 エイカ(おくの えいか)』、
弓術士の『胡 佳奈(こ かな)』だ。
この3人は女性だ。
おれ以外に男は一人だけ、役には立たないだろうが、
いちおう、タンク(盾役)を期待されている、
『金剛 篤(こんご あつし)』だ。

パーティ構成は男2女7。
009召喚士『天野 和馬」008重戦士『金剛 篤』
007黒魔道士『英島 豊』006弓術士『胡 佳奈』
005時魔道士『墺野 詠華』004白魔道士『咲耶 蘭』
003格闘家『大仏 実』002盗賊『印旛 彩香』
001竜騎士?な槍戦士『露原 樹』の9人だ。

これに加えて、ピンク色のムスメスライム「スラリン」
リスっぽいカーバンクル群体「クレイン」ABCDE
主役は、クレインだ。特にクレインA。

直接攻撃は、黒魔道士の英島が暗闇魔法で、
何とかするらしく、いざとなれば
008金剛に囮になってもらう、そういう契約だ。
物理的な直接攻撃以外、例えば『ドラゴンブレス』や
地鳴らし、咆哮も威力が高いため魔法扱いになり、
クレインはすべて反射できる。
だから、殴られなければいいだけだ。

おれが召喚士であり、テイムできることを知った、
白魔道士の咲耶は、そっとおれにあるものを渡した。
野生の回復スライムと蘇生スライムと言う、
非常に珍しく、強力なモンスターだ。
野生らしいのだが、咲耶に非常になついており、
野生とは思えないくらい、おとなしい。
おれはテイムすると、回復スライムに『ホイミン』、
蘇生スライムに『ザオミン』と名前をつけた。
合計9人と召喚生物の大所帯で
ウルティメットドラゴンを狩に行くことになった。

クレインの澄んでいた森の奥に洞窟があったのを
覚えているだろうか?あそこの洞窟の奥のほうに、
山の中腹まで登れる縦穴があり、
素手で格闘家がその竪穴を登りロープを垂らしてきた。
ロープで登って山の山頂を見上げる位置に来ると、
それは見えた。

想定はしていたが、想像はしていなかった。
具体的なイメージを持たずにやってきたおれ達は、
ただ呆然とそれを見上げていた。
でかい、ものすごくでかい。
ジャンボジェットは生物っぽくないので平気だが、
腹をすかせて、よだれを垂らす巨大な猛獣には、
ただ、ただ、本能的に、生理的な恐怖を感じた。
ウルティメットドラゴンは、その『顎(アギト)』を
大きく開くとおれたちの頭上を越え、ここから
直線で100キロメートルは離れているであろう、
連なる山脈を『齧った林檎』のように吹き飛ばした。

「どこが雑魚なんだ。ボスだろ。」
英島はこんな光景を目のあたりにしてもなお、
アイテムと金貨を大量に得るため戦おうと言うのだ。
ある意味、勇者だしものすごいクソ度胸か、
感覚のずれた存在だ。
すぐさまおれは、英島を頭おかしい認定した。

「おいおい、こいつと遣り合うのか?」
露原はそう言うと頭をぽりぽりと掻いていた。
そういう部分は竜騎士らしく、ドラゴンには驚かない。
何せこいつはこれを乗り物としてみているようで、
自転車程度にしか思ってないのだろう。

おれは内心、(あんたはレベル10の槍戦士、
スライム相手に無双できても、スケルトンとは互角だろ。)
そう呟きながら、ペットカーバンクルの「クレインちゃん」に
すべての運命を託した。

戦闘に入ってすぐに黒魔道士の英島は『暗闇魔法』で
ウルティメットドラゴンの視界を奪った。
目の見えなくなったウルティメットドラゴンは
その場で大きな尻尾を振り回し、凄まじい音を立てて
地面を踏み鳴らしていた。足を踏ん張っていないと
倒れてしまいそうなレベルだ。
こちら側から攻撃してもたいしたダー時を与えられないのは
明白なので、全員でウルティメットドラゴンが暴れまわるのを
見物している状態だ。

「われは竜王ウルティメットドラゴン、何ゆえ我に
勝負を挑む?」意外なことに会話をする知能はあるようで
おれ達に話しかけてきた。
「ぷっ!竜王、竜王って何?あんた雑魚じゃん!」
おさらぎ みのりは思わず噴きだしながらこう続けた、
「ねえあんた、ポップするってわかる?ボスモンスターは
ポップしないけど、あんたの変わりはいくらでも
沸いて出て来るんだよ。」ウルティメットドラゴンは
自尊心を傷つけられたのだろう、猛り怒り狂っていた。

相手の力量もはかれるらしく、とても極龍に挑むような
パーティではない。どう見ても「ちんけな低レベルパーティー」
である。

おれはおさらぎの発言に同意することはできなかった。
(そりゃそうだろ、どんな勇者や賢者でもこんなのに
けんか売らないよ。)おれらのヒットポイント『30』とか
だぜ、このドラゴン、最大レベルならヒットポイント
100万超えるって聞くし、やばすぎるだろ。

「なあ、天野、テイムした場合、経験値とか入るのか?」
何気なく露原が聞いてきた。「入るよ、ドロップも金貨も
倒したときと同じ。」
「それならさ、こいつをテイムしない?モンスターって
会話するやつっていないでしょ。次、ポップするやつが
会話できるかわからないし。」
「なるほど、レアっぽいね。」

「われがお前たちのような弱者に従うことはない!」
ウルティメットドラゴンはそう吼えるとゆっくりと動きを止め
魔法の詠唱を始めた。聞いていた通り最大級全体氷結魔法だ。
周囲100メートルに巨大な球体の魔法陣が浮かび上がり、
具現化していった。
おれは、クレインの数を調整して、ドラゴンが即死しない程度の
ダメージを与えることにした。

少し難しいが、2匹くらいだろうと思い、
おれはクレインを呼び出した。
「召喚・クレインA、クレインB」
ウルティメットドラゴンの最大級全体氷結魔法が
放たれたのはその直後だった。

ウルティメットドラゴンの放った魔法は、
周囲10キロメートルを氷漬けにしたが、
おれらのパーティーに反射され9割以上の
ヒットポイントを持っていかれて自身が氷の彫像と
成り果てていた。おれは即座にテイムスキルを発動し
ウルティメットドラゴンをペット化した。

その瞬間、おれは身体に力がみなぎるのを感じた。
おれが得た経験値は『30万EXP』、総戦闘値が
『230』から『15000』まで上がった。
スキルレベルもほぼすべてが上がり、レベルが45になった。

スラリン、クレイン、ホイミン、ザオミンも
戦闘値が『2万』程度になっていた。
テイムしたウルティメットドラゴンの戦闘値は
『1億』程度だろう。

しかし、露原は経験値は『2万』程度だったらしく、
入手経験値は均等分配ではなく、ある程度与えたダメージに
比例するようだ。おれと俺のペットは異常に強くなった。

おれは凍りついたウルティメットドラゴンにホイミンで
回復魔法をかけ、火炎魔法で氷を溶かした。
ウルティメットドラゴンは先ほどの威厳ある態度ではなく、
平身低頭と言う感じだ。

「命を助けていただきありがとうございます。ご主人様。」
極龍は頭部を深々と下げ、畏まっていた。
「これ乗っていい?」露原が聞いてきた。
「おい、ドラゴンこいつをお前に乗せてやってくれ。」
極龍はおとなしくしていた。なので露原を首の付け根辺り
に乗せてみた。かねての約束どおり『騎乗用ドラゴン』として
貸し出すことにした。その姿はジャンボジェットにまたがる子供で
少し滑稽だった。
「お前の名前は『ドラキチ』な。」露原はネーミングセンスゼロ
の名前をその極龍に付け、おれが正式にそれを承認した。

「ありがとうな、マジありがとう!」
マジ泣きした露原は感じ入っていたようだ。
よほど槍騎士といわれていたのが嫌だったらしい。
ツンツンキャラの露原が心からデレたのは
これが最初で最後だろう。

その後、100匹ほどウルティメットドラゴンを倒し、
ドラキチ以外に4匹ほどテイムし、ウルティメットドラゴンが
合計5匹、ペットになった。
ある意味、おれもウルティメットドラゴンに対する、
恐怖や警戒心がほとんどなくなっていた。

ウルティメットドラゴンを狩るのは、他にライバルも居らず
完全に独占できた。毎日10時間、180日、
おれ達は休みなく狩り殺し続けた。

スラリン、ホイミン、ザオミン、クレインたちは
総戦闘値が『60億から80億』になり、
虚弱体質のクレインたちでさえ、最大ヒットポイントは
5000万を超えていた。
ほとんど基地外ペットだ。

テイムした、ウルティメットドラゴン『ドラキチ』他5匹は
総戦闘値99億9999万9999、最大ヒットポイントは1億だ。
攻撃防御も最大で、まさしく空飛ぶ鋼鉄の戦艦だ。

他の8人のメンバーもレベルカンスト、スキルカンストだ。
総戦闘値で1億以上。

おれは全ての数値がカンストしてしまったので、暇つぶしに
総戦闘値30億のウサギ、
総戦闘値40億の小型ねずみ、
総戦闘値50億のすずめ、
総戦闘値40億の働きアリ、
総戦闘値30億のゴキブリ、
総戦闘値70億のインフルエンザウイルス集団
などを鍛え上げていた。

ペットはケイジにさえ入れれば、所持数に制限はないようで、
趣味で色々なモンスターや動物を捕まえてきて、
ウルティメットドラゴンでレベル上げをしていた。
ペットの数は300種類1000匹を超えている。
残念ながら強化したペットはトレード不可能なようで、
その部分は非常に残念だ。

盗賊の印旛は、龍神の杖、ドラゴンローブ、龍燐の鎧、
龍の槍などを盗みまくり、倉庫には各9999個入っている。
ゴールドは実に 金貨26億枚以上。
黒魔道士の英島は大喜びだ。

自然習得するスキル、いわゆるひらめくタイプのスキルは
全員がコンプリートしていた。
マーケットで色々購入して、アイテムも装備も非常に充実した
ものになっていた。

俺のステータスは召喚しているペットの数に関係があるようで、
5匹召喚している状態だと、レベルアップ前のウルティメットドラゴン
とほぼ同じ強さ。召喚数が減れば2倍、召喚数が増えれば
半分になる。
4匹で2倍、3匹で4倍、2匹で8倍、1匹だと16倍、0匹だと
32倍だ。逆に召喚ペットを15匹出していると、1024分の1
になる。戦闘値が10万程度になってしまう。
だから召喚しまくると言うことは非常にリスクがある。

おれは早くから余裕で戦っていたが、他のメンバーは必死だったらしく
プレイヤースキルと言う面で一番劣っているのはおれだろう。
半年以上強敵と戦ったことで、連携は阿吽の呼吸、盟友と
呼べる仲間となった。まずラスボスにも負けない。最強だ。

だが、おれたちはゲームの世界ではエンディングを迎えられなかった。
ふと目を覚ますと、何かの研究所のようだった。


「諸君、おはよう、目が覚めたかね?」

髭を生やした技術者のような老人が話しかけてきた。
おれは、今までのことが夢や幻なのかと思ったが、
その老人、『フェデリコ・フェルナンド博士』が
黒魔道士の英島に単体初級火炎魔法を発動させるように
促すと、英島は魔法を使うことができた。
夢などではないようだ。ケージを調べるとペットはちゃんと居るし、
盗賊の印旛は金貨やアイテムも変化がないといっている。

「どういうことですか?」おれは率直に聞いてみた。

「きみたちは、アメリカの軍産複合体企業の一角、レイシオン社の
実験体デザイナーズチャイルドであり、将来の可能性を模索していた。」
フェデリコ博士はそう言うと、「すぐに理解するのは難しいだろう。」
と続けた。「ここにはデジタル化された全人類の
データが保管されている。」
人類はこの宇宙で生物として物体として形を維持できなくなり、
量子コンピューター『アイオーン』にデータを移され、
肉体は、地球は、いや宇宙は消滅した。」

フェデリコ博士は言った。
「おれたちが人類最後の希望」だと。

10ギガのパソコンにリアルな大容量ゲームを入れても
まともに動かない。だが初期のファミコムの様なデータなら
たいてい動く。コンピューターの進化と共に
人間は低スペックになり、データのやり取りでは勝てない。
9人なら『アイオーン』を超える。
そう、その機工士フェデリコ博士は言いやがった。
ゲームは得意だ。「人類を救ってやる。」
9人で誓いを立てた。

真の目的、時間遡行による宇宙の救済こそが
『アイオーン』の願い。
その真実も知らずに、フェデリコ博士の意図に
乗ってしまった我々『RPG009』。
しばし盲目な羊となろう。

プロローグ 終わり

しおり