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第85回「再計画」

 プラムと僕は、今、コンドンの街で棺と馬車を購入した。スワーナを守って戦死した二人の騎士、エリオット・オーデルとニコラス・ガンダを運ぶためのものだ。今はシュルツと生き残った魔道士、アヤナ・ルーが僕の帰りを待っているはずだった。
 この行動は僕のお節介だった。シュルツはすでにこの地で殺人を犯した犯罪者である。顔を見られていないとも限らないし、そもそもあの風貌は警戒の対象になりえるだろう。その点、僕たちなら街に戻っても言い訳が利く。それに、スワーナを見ていてほしかったというのもある。あとは、恩を売っておくことでアクスヴィルとの関係に良い兆しを与えられるかもと考えたのだ。

「天命院」

 馬車の歩みは、現場までの時間を作る。僕はプラムに話しかけた。

「知ってるかな」
「姉様から聞いたことがある。魔王直属の秘密部隊として、人間との混血で優れた能力を持つ者を騎士に取り立てたものがあると。それが天命院という名前だとは教えてもらった。だが、実際にその構成員を見たのは初めてだ」
「純血主義の魔族の中枢だからこそ、そういう形で登用しているわけだな」
「経済だと思う」

 スゥスゥ・アドヴィンキュラ。彼女は相当「使える」敵であることは、僕にもすぐにわかった。あれだけの力を持つ者が、人類領域に冒険者として潜入できるとなると、要人暗殺や諜報の任務などにさぞ役に立つだろう。これは魔族を、少なくとも公的には利用しない人間の国家との大きな違いだった。
 これから魔族の大攻勢が始まるとするならば、ここぞという場面で人類側指揮官の謎の死が増えるかもしれない。各国家は人材の払底を抑えるために冒険者を登用することがあるから、潜入は容易だ。
 非常に重要な事実として、チャンドリカとしても他人事ではいられない。僕らがすぐさま他の国や組織と対立するわけではないにしても、いずれ目をつけられることは明らかだ。スパイはいつどのようにして入ってくるかわからない。防諜担当を置く必要がありそうだった。サリヴァに注文を出しておくことにしよう。

「ジョージ」
「うん」

 まだコンドンの街の中だ。プラムは健気にも、僕のジョージ・スミスという偽名を使ってくれていた。むしろ僕の方が意識の外に追いやってしまっていたくらいだ。用心に越したことはない。もっとも、結構危うい話もしているから、今さらという感じもするが。

「スワーナはどうする」
「どうするって」

 彼女は危険な存在だ、とプラムが続けた。

「もしチャンドリカで引き取るとしても、魔王軍との軋轢のもとになるんじゃないか」
「いや、僕はそうは考えない。スゥスゥはもう彼女について用済みだと言っていた。おそらく魔王軍の中で次善の策が取られているんだ。違うな。もしかしたら、そちらこそが本命なのかもしれない。あのスワーナ・ボロメオは偽者であるとか、コピーであるとか、影武者であるとか、とにかく本当に重要な存在ではないのかもしれない」
「そうだろうか。私はボロメオ家の名声を知っている。あれほど崇敬を集める人間はいないとさえ思えるほどだ。その末裔を失ったとして、激発しない魔物がいるとは考えづらい」

 そこが僕にも引っかかるところではあった。
 本来のプランでは、コンドンの支配者であるノエミ・トトに話をつけて、スワーナをチャンドリカに正式に迎えるつもりだった。万一、交渉が破談に終わったとしても、彼女のノウハウだけをどうにかして手に入れるつもりだった。祖父のギャリックがまとめた文書があるはずだから、それを手に入れるという方法もあったのだ。
 しかし、今このままスワーナを連れていったとしたら、不法に魔族の領域から彼らのアイドルを奪うことになりかねない。
 いずれにしても、シュルツたちとのやり取りが済んだら、スワーナを連れてコンドンに戻ってくる必要がありそうだった。すでにノエミや護衛たちの死体は見つかっているだろう。いかに閑静な住宅地とはいえ、数時間も血の海が放っておかれるとは思えない。護衛は路上にも倒れていたのだから。
 ここで「そうだ」と気がつくことがあった。

「エロイーズはいるか」

 監視役で連絡役の彼女であれば、僕たちの状況についてを知悉していると考えたのだ。

「エロイーズ」

 だが、僕の期待に反して、彼女は現れなかった。間が悪く魔王のもとへ報告に向かっているのかもしれない。舌打ちが出そうになるのを抑えるしかなかった。

「これを届けたら、スワーナと一緒にここに戻ってこよう。ノエミ殺害の後始末をしなきゃいけないし、僕らに火の粉が降り掛かっても困る。あの服飾店で、スワーナの家の場所を尋ねているからな。状況証拠だけなら、僕たちも残念ながら容疑者だ」
「実際に家屋にも侵入しているからな。疑いは晴らしておいた方がいいだろう。そちらの方が間違いなく経済だ」
「コンドンで時間を取られるかもな……。テイラーにも向かう予定だったが、ここでの情勢が一段落したら、一度チャンドリカに帰ろう。そのころにはアイリアルのルンヴァル家の面々も、向こうに着いていると思う。でも、私兵を連れてきてくれるんなら、もうちょっと時間が掛かるか」
「どちらにしても、仕切り直しをする必要があるだろう。神、ここは状況を見定める必要があるぞ。時勢が大きく動こうとしている。うかつな行動は危険だ」
「ああ」

 かくて、僕のプランは修正を余儀なくされた。アイリアル、コンドン、テイラーと各タスクをこなしていくつもりだったが、まさかコンドンでこんな事態に陥るとは。魔王アルビオンの罠に飛び込んでしまった気分だ。
 そうは言っても、テイラーの元議員、エタン・ロンシャンはすぐにどうこうするような状態にないだろう。急いては事を仕損ずる。ぐっと我慢して、機を待つんだ。それはカランデンテ諸王国、ブラーゾ藩王国のデ・レオ商会についても同じだった。サリヴァが商人の情報を持っているはずなのだ。彼女から話を聞く時間はたっぷりとありそうだった。

 今のうちに整理しておこう。チャンドリカにほしいと思っている人材は、「迷宮師」「商人」「工員」「防諜」「料理人」だ。もちろん、これから他にもほしいタイプは増えてくるだろうが、優先度が高いのは以上になる。
 この中で、「迷宮師」はスワーナ、あるいは彼女が持っている書類でまかなえると考える。「工員」についてもテイラーのロンシャンを勧誘し、彼の支持者を連れてくることで解消できる見込みだ。まあ、これは希望的観測だけど。
 さらには「商人」もサリヴァが情報を持っていて、残る「防諜」については追加で注文を出す。「料理人」についてはすでに調査を依頼している。

 加えて、アイリアルでのルンヴァル一族の登用が上手くいったから、新しく人材を配置できる。家長たるシェルドンは武人だ。「兵員養成」に割り当てると上手くいくんじゃないかと思う。エンリケは「軍事情報収集」に一日の長がありそうだ。サリヴァと二人が揃えば、国際情勢と優秀な人材の情報に事欠くことはなくなると期待できる。ディーは「宣伝活動」が最適だろう。まだ活版印刷機を導入していないが、このための予算の確保も考えねばならない。
 そう、予算だ。どんな勢力も金がなければ回らない。まさしく経済である。その入手や運用のために商人がほしかったのだが、所帯が大きくなるスピードの方が早そうだ。どこかで大きく稼ぐ必要が出てくるかもしれない。この乱世だ。もしかすると、チャンドリカの豊富な戦力を使った傭兵という形がいいかもしれない。とにかく稼がないと、ロンドロッグの市民軍とラルダーラ傭兵団への報酬も必要なのだから。

 ああ、気づいた。サリヴァとエンリケで情報は問題ないと思ったが、この世にはもっと調べるべきことがある。諜報だ。敵対するかもしれない勢力の内情調査。そうでない勢力への影からの影響。諜報戦を制しない限り、飛躍的な拡大は望めない。防諜担当とは別に、他国に侵入する存在がほしい。
 それから、ええと、まだ何かほしいぞ。
 ちょっと欲望ばかりが膨らみすぎた気がするので、ここで思考を中断した。日常生活と同じで、欲しいと思ったらどこまでも欲しくなってしまうものだ。

「神、気づいたことがある」
「なんだい」
「あの死んだ騎士たちはカーラ教徒だろう。この棺はノヴァ教のものだから……」
「そこまでは面倒を見切れないさ。ここがアクスヴィルや他の国教制定国ならまだしも、魔王領だからね。人間用の棺があるだけ御の字だ。ねぐらに帰ってから移し替えてもらおう」

 ただ、遺体を丁重に扱うのは悪くない案だと考えた。

「代わりに、死体の腐敗を避けられるような手立てを打ってやろうじゃないか。恩は売れるだけ売る。小さな恩だし、彼らとはまた敵対するかもしれないけど、味方に引き込めるならそれに越したことはない」
「良い打算だな」
「そういうことだ。善行だよ。これで少しはマシな地獄へ行けると思う」

 そろそろ人家も少なくなってきた。コンドンの郊外まで出てきたようだ。
 死、か。チャンドリカにも墓守が必要かな。
 そんなことを考えながらも、ゴトゴトと、馬車は進んでいく。

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