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第46回「ただ己のための監獄」

 どういう理由かは知らないが、僕の接近はルテニアの当局に察知されていたらしい。最も考えられるのはあの食堂で、転送装置を使用する人間を片っ端から調べ上げている可能性が高い。そりゃそうだ。普通は使えないようにしてあるんだから、そこを通る人間は普通じゃない。まして、僕の傍には魔族までついていた。あとは通報のシステムさえ整っていれば、すぐにでも拘束できるというわけだ。
 今、僕の目の前には屈強な騎兵たちがいる。まさしく捕吏だ。僕を捕まえるためだけに、ここに存在する。すごく贅沢な空間と捉えることもできるだろう。僕がそんな彼らを生贄として一掃するのも簡単だが、それでは事態が好転しない。

「力で切り抜けるのは楽だが、ちょうどいい。彼らに案内してもらおう」
「神の価値の使い方か」

 僕はプラムに耳打ちし、彼女がそれに納得したようだったので、改めて捕吏たちを見据えた。

「諸君、お勤めご苦労。だが、僕に縄は必要ない。無論、抵抗もしない。堂々と出頭しよう。弁護人の用意はあるかな」
「残念ながら、貴方はただ裁かれるのみだ。弁護人は用意されていない」

 おやおや、いい待遇とは言えないな。

「まるで国家反逆罪でも食らった気分だ。いいよ、行こうじゃないか」

 彼らは僕の言葉に反して縄を手にしていたようだが、僕はそれらの不穏な動きをすべて目で制した。
 いいよ、やるんなら。
 言ってしまえば、チンピラの動きと同じだ。やられる前にやってやるという雰囲気を醸し出す。ただし、彼らは自覚していただろう。目の前にいる存在は、やるといったら本気でやれるやつだということを。
 僕らは騎兵に取り囲まれて、悠々とアンブラム通りを上っていった。やがて見えてくるのがローレンス城の正門だ。かつて何度となく通ったこの場所だが、とうとう罪人としてくぐることになるとは思わなかった。
 だが、案外気持ちがいい。アウトローにはアウトローなりの自由がある。

 ローレンス城の敷地内に入ると、僕らは城内へと向かわず、別の方角へと歩いていく。思った通り、僕らが連れて行かれるのは国王の前ではなく、監獄ということだ。
 このローレンス城にはエリス監獄という大きな収監施設がある。何も城内に設置しなくてもいいだろうと考えたが、ルテニアの思想として、「まず王族がすべてのリスクを引き受ける」というものがあるらしい。見上げた心がけだ。
 とはいえ、いずれこの監獄も、革命の火の中に放り込まれるかもしれない。かの名高きフランス革命は、その起点にいくつかの論説があるが、それでも革命記念日として刻まれているのはバスティーユ牢獄を襲撃した日である。フランスのブルボン朝がついにその輝きを失い、フルール・ド・リスは地に落ちた。後に一時的な王政復古はあるにせよ、その命脈は断たれたのだ。
 ヴェネガス朝ルテニア王国とて、いつまで続くものかわからない。もしかしたら、今日なくなるかもしれない。なぜなら、ここに僕がいるということは、それだけの可能性を秘めているということだ。これはもちろん大言壮語である。だが、大言壮語を実現できるだけの力を持っていることも信じている。あとは行動一つだけだ。

 エリス監獄の中へ。そこには看守たちが待ち構えていて、僕はいよいよ重要犯罪人としてマークされている事実に身震いした。
 これだけ多くの人生が交錯する場所で、己の命を危険に晒しながら職務を全うしている。僕はそんな人たちの命を奪おうとしている。
 やれるのか。
 やるのさ。

「神、私はこの検査を受けるべきか」

 看守たちが何をしようとしているかは明白で、丹念にボディチェックを行った上で囚人服に着替えさせようとしているのだ。
 そろそろ、頃合いだろう。護衛つきでの旅は終わった。

「いや、いい。可愛い書記官に、セクシャルハラスメントまで耐えろというつもりはない。さあ、兵士諸君。僕はこれから君たちに、ひいてはルテニア王国に反逆する。はっきりと警告させてもらうが、容赦をするつもりはさらさらない。なぜなら、この国に受けた恩は、この国に受けた恥辱と怨恨の百分の一にも満たないからだ。君たちは知らないだろう。そんなつもりはなかったと言うだろう。うむ、末端の悲しさだ。仕方ない。そういうわけで、職務を適度にこなしながら逃げたまえ」

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