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第45回「彼らはやってきた」

「もしも城に入る前から裏切り者として敵対されたらどうする」

 優秀なるかな、プラム。
 心配になる箇所を丁寧に潰していってくれる。これは臆病ではなく慎重というのだ。僕はそんな彼女の細心を評価していた。

「僕はよちよち歩きの赤ん坊じゃないし、ルスブリッジと違って内部の構造も知っている。一直線に牢獄を目指すだけだよ。ただ、サマーほどの重要人物となると、隠し部屋のようなところに幽閉されている可能性がある。その場合はガンガン脅迫しないといけないな」
「本当にできるんだろうな」

 プラムが僕の言動に疑問を抱いていることは、その声音から察しなくてもわかった。僕はここまでなるべく目立たず、破壊神としての利点を生かすことなく物事を進めてきた。それなのに、いきなり人間相手に力を行使できるのかと言いたいのだろう。
 できるさ。できるとも。
 僕にとって、ルテニアはそれだけ特別な場所なのだ。もちろん別の場所ででも、力を使うべき時が来たら容赦なく実行していくつもりだが、その最初の計画としてここほどふさわしいものは無いように思えるくらいだった。

「頼まれなくてもやりたいくらいだ。人間社会における名前の売れていない勇者一行の扱いなんて、それこそ奴隷よりも悪くてね。冒険者なんてのはだいたいそんなもんだが、どこから流れてきたのかわからない危険なやつとして見られることが多い。独立した都市なんかはそうでもないんだが、大国家に属している場所は基本的に国家機構を信頼していることが多いから、僕らを見る目は厳しくなる」
「意外だな。独立した小規模な共同体ほど、よそ者には厳しくなるんじゃないか。自分たちの平和を守るために必要なのは、異分子の排除だろう」

 村社会という言葉がある通り、人や物の出入りが多い都会より、そうした変化の少ない田舎の方が、より緊密な人間関係を構築したがる。つまり、プライバシーというものを尊重しない例が多々見られる。それは自衛の面も考えると、ある程度は仕方のない部分もある。
 人の往来やインターネットが普及した僕の世界でもそうだったのだ。地域によっては転移魔法を使っただけで面食らわれるこちらの世界なんて、考えなくても異様な反応をされることは確かだ。
 ただ、その「ムラ」的性質が、決して字義通りの村にのみ適用されるわけではないのが面白いところだ。

「平和ならね。異分子の排除という観点からも、小規模な共同体の方が躍起になるだろう。だが、今は野盗やモンスターが襲ってくるご時世だ。小さい国や街にとって、力や情報を運んでくれる冒険者はありがたい存在なんだよ」
「価値があるから重用されるわけか」
「価値がない流れ者を歓迎してたら、いつか滅びるからね」
「だが、価値とは何なのだろうな」

 これもまた深遠な問いかけではあった。もちろん、「辞典を開け」で解決したと言い切ることもできよう。しかし、人間の価値、魔族の価値、ひいては生命の価値というものは、ある種の普遍性を帯びたテーマなのだ。

「それは時代と場所によって異なる。強さや賢さばかりが価値じゃない。単に生きているだけでも価値になりうることはある。重要なのはどこに売り込むかだ」
「そうだな。神に価値を信じているやつが、こちらにやってきたようだぞ」

 残念ながら、プラムの指摘した通り、道の真ん中を堂々とやってくる一団がいることは、僕もすでに確認していた。彼らは騎兵であり、先頭の隊長らしき人物は王の勅命を受けている証である杖を振りかざしていた。

「おや、やっぱりあれは僕らの方に向かってきているかな」

 僕はとぼけて言ったが、彼らはまさしく僕らの方に向かってやってきて、ついに立ち止まった。人波が僕らをさっと避けて、何が始まったんだという面持ちでこちらに視線を投げかけてきていた。間違いなく言えることは、これが誰かの仕掛けたドッキリではないということだ。

「賢者リュウ。貴方を拘束させていただく。どうか大人しくされるように」

 隊長の声が、ルテニアの空に鋭く響いた。

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