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「あ! 本当にいた!」
『ん? 何だ坊主、また来たのか。相変わらず学校サボって』


 僕は今、見晴らし台に来ていた。
 昨日お爺さんの幽霊を探そうってことになった時、どこにいるだろうかって要といくつか予想を立てたんだ。

「幽霊がいるところか。一般的には、未練を強く残した所って聞くよね」
「未練?」
「ええっと、こうしとけば良かったとか、離れがたいとか、そういう感情」

 なら、一番はきっとあのダムの底だ。

「あのダムの底にいるって事?」
「その可能性もある。けど、義夫さんはまだダムにはいってないと思うよ?」
「何で?」
「生前の想いや行動に沿った事をすると思うから。香月だったら、例えば自分が死んで幽霊になったとして、急に何でもできるようになると思う?」
「…………思わない……」

 というやり取りを経て、一番の候補地でこの見晴らし台、ここにいなければお爺さんの家、ダムの底という順で回る予定だったのだ。

 で、実際に見晴らし台に来てみれば、生前ここで会っていた時と変わらない調子で、お爺さんはベンチに座ってダムを眺めていた。


「お爺さんこそ。何でいるのさ」

 僕はどこか力が抜けるのを感じながらお爺さんの隣に座る。
 ふ、とお爺さんに触れた。

『あそこにな、ダムがあるだろう? その下に、儂の生まれ育った村があるんだよ』
「えっ?! そんな、バカな……」

 お爺さんの指さした先には、水面に光が反射してキラキラと輝くダムがあった。
 要がシロの遺骨と首紐を回収しに建物に侵入してから一週間。
 ダムは完全に水抜きが完了し、あと二週間は見学者が入れるようになっている。はずだ。

『バカな、か。でも、本当の事なんだよ。坊主の生まれるずっとずっと前の出来事だ』

 お爺さんはまるで生前話したことを忘れてしまっているかのように、以前聞いたのと同じ話を繰り返す。
 そのお爺さんの足に、シロが擦り寄る。
 けれど、お爺さんにはシロが全く見えていないかのように話を続けている。

「えっ?! 何で……?」
『何でって、そりゃ坊主、地形とか人口とか色々あってだな……』
『……ニー……』

 驚く僕の声に対してはちゃんと反応して会話が成立しているようなのに、やっぱりシロの事はまったく見えていないし触れても鳴いても全然気づかない。
 そのまま時間が巻き戻ったかのようにお爺さんの昔の話をぼんやりと聞いた後、僕はどうしたら良いかわからなくなってその場を後にした。
 お爺さんは暢気に手を振っている。

 歩く僕の足元を、シロが悲しそうにお爺さんを振り返り振り返りしながらついてきた。
 僕も暫く歩いてから振り返ると、ダムを眩しそうな顔で眺めるお爺さんの姿が視えた。
 その視線の先にあるダムは、やはり僕の記憶通り干上がっていて、見学者の姿もあった。

「っていう事があってさ。お爺さんは見つけたんだけど。シロに全然気づかないんだ」

 僕は夕食の席でその日の事を要に話した。

「う~ん……たぶん、だけど義夫さん、もしかして自分が死んだってことに気づいていないんじゃないかな……?」

 要は僕でもわかるように話してくれる。

「俺のオカルトマニアな友達が言ってたんだけど、幽霊っていうのは記憶(データ)で、この世とあの世はパソコンのサーバーのようなものらしい。そのサーバーにアクセスしない限り、幽霊(データ)を見ることができないんだって」
「ふぅん?」

 でも正直サーバーとかよくわからない。

「えっと、つまり、香月もパソコンでインターネットとかやるだろう? ネットで例えると、義夫さんとシロとで違うサイトだってこと。しかも、義夫さんのは生前の所までで更新が止まってる」
「ああ、なるほど」

 やっとわかった。お爺さんは改修工事でダムの水が抜かれた事を知らないから、水の張ったダムが見えていて、シロが見えていなかったから、死んだ後も見えていないって事か。

「ん? 僕がお爺さんやシロが見えるのはサイトを見てるからって事で良いとして、じゃあお爺さんやシロから僕が見えてるのはどういう事?」
「や、それはほら、生きてる俺達もまたサイトのようなものなんでしょ?」

 俺も詳しくないからさ、と大慌てで要が言う。

「まあそれは良いとして。じゃあどうしたらお爺さんはシロが見えるようになる?」
「……少し、荒療治で行こうか」
「荒療治?」

 要はにやりと少し人の悪そうな笑顔になる。双子なだけあって、こういう顔は楓とそっくりだ。

「香月が触れて見せてやればいい」
「え、だって、それはやめた方がいいって、要が前に言ったんじゃないか」
「状況が違うだろ? 香月を通してシロを見せて、お迎えに来たよって言えばいい」

 きっとそれで大丈夫だからやってごらん、と要が言う。

『ミァーオ』

 半信半疑で頷く僕と要のやり取りが理解できたのか、シロが鳴く。
 それはまるで「やろう!」というように聞こえた。

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