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第2話「異世界に来て一ヶ月」

「このブレードのお値段はおいくらなのかな?」

「アノ、ソノ、コレ、ハ……」

「おいっ! 一真ぁっ!! 武器の手入れしとけぇ!!」

「ハ、ハイ。ワカリマシタ」

 覚束ないたどたどしい言葉で困り果てる一真に、バイト先の店長は助け船を出してくれた。

 その言葉に乗じて西洋風の剣の値段を聞いてきた鎧に包まれた男に軽く会釈をして、その場を離れた。

「はぁっ……。まだ、しっかりと言葉が話せないなぁ……」

(ダメだダメだ!! 弱気になるな! 俺!)

 店の壁に立て掛けられた高価なブレードを慎重に拭きながら一真は溜息を吐いたが、弱気になってはいけないとすぐに気を取り直して作業に励んだ。

 
 この異世界に来てから早くも1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あの日の夜は結局、宿は確保できずに野宿をして、元の世界に戻ることは諦めた一真は、先ずは情報ということで次の日から異世界の情報収集に取り掛かった。

 勿論のこと、一真に興味を持った美人なお姉さんがこの世界を丁寧に教えてくれるなんてイベントがあるわけもなく、街の図書館に毎日足を運んでは本を読み漁った。

 それに伴い、この世界の言語を解読するため市場に出向き、食材や道具を指差して店員に答えて貰うという方法で自前の手帳に文字を書きまくり、自分なりに解読していった。

 この世界の文字は韓国のハングル文字のような独自な進化を遂げており、解読は困難を極めたが、

 その甲斐あって十日もすれば、何と無くだが本に書いてある文字を読めるようになり、一真は日々進化していった。

 だが、当然の如く日本の通貨は使用できず、所持金もゼロで完全にホームレス生活を送っていた一真は、何事もお金が必要ということでバイト先を探し回り、この武具店に晴れて就職を果たしたわけだ。

 ここの店長は、見た目は完全にヤクザのような顔立ちなのだが人は見た目で判断していはいけない。

 その顔立ちに反して店長は、まだしっかりと言葉を覚えていなければ完全にこの街の住民ではない格好をしているのにも関わらず一真を拾ってくれた。更には、宿がないことを知ると店のバックヤードの一画を一真の宿として貸してくれた。

 言葉使いは……いや、喋り方は乱暴なのだが困っている人間を放っとくことが出来ないお人好しな面があり、一真はこの人にお世話になりっぱなしだった。

 それのお返しとして、店を開ける早朝から働き、店を閉める夜まで一日中しっかり働き、その足で図書館に通い詰めるのが一真の生活になっていた。

 元の世界の時とは、さほど変わらない生活だからなのか、一真の性格故なのか、あまり苦にはならなかった。

 それどころか、覚えることが沢山あるというのは中々に懐かしくて楽しみさえ感じていた。

 そんな生活を続けて気付けば一ヶ月が経っていたというわけだ。

 おかげで世界の情報はかなり集まり、信仰されている主な宗教、通貨の単位、この街の位置、世界の勢力図などが明らかになっていた。

 たが今回は、一真が一際食い付いた異世界の「神話」部分に着眼点を置いて説明しよう。

 神話。それは本来、神々の間で起こった空想的な物語を人間の手で書き記したものなのだが、どうやらこの世界ではかなり異なったものらしい。

 というのも、神話と位置付けている神々の物語は空想などではなく過去にあった実際の出来事なのだそうだ。

 そんなの嘘に決まっているだろうと思うが、どうやら太古の昔に神々は確かに存在していたと思われる物的証拠が存在しているらしく、それもかなり信憑性が高いのだそう。

 その物的証拠とは、遺跡から発見される神々の置き土産「エルプシャフト」。

 謎多きエルプシャフトと言われる物体は、現代の技術を使っても再現が不可能な完全なるオーパーツで、技術は解明されておらず、それらは神話によく登場してくるのだという

 これが証拠と言われている理由。

 そして、エルプシャフトは絶大な力を有する武器から、最強の硬度を誇る防具、そしてチート過ぎる能力を秘めた道具などなど、幅広く存在し一つでも手にして売りでもすれば巨万の富が手に入ると言われている。

 たが、そう簡単にいかないのが発見されているいるエルプシャフトの数で知ることが出来た。

 その数およそ十個。

 なぜそんなにも発見に至っていないかというと、この世界には「魔像」と呼ばれる怪物達が蔓延っているらしく、その凶暴さと強さ故に近付くことさえままならない遺跡が数多くあるのだという。

 魔像は何処にでも生息しており、遺跡どころか世界地図でも書き記されていない土地がまだまだある。

 そして、世界地図を広めていくのが「探求者」と言われる者たちで彼らは未知なる土地を冒険し、切り開き、エルプシャフトを探し求めている。

 これが、知り得た情報の神話部分の全貌である。

「ふぅ〜。今日も仕事は終わりっと……」

 店長に後片付けを任された一真は、最後に売り上げの金額を精算して店の電気を消すと扉に鍵を掛け、店を出た。

 現在の時刻は「20:35」、仕事が終わるいつも通りの時間帯だ。

 だが、一真の足はいつも通りの場所「図書館」には行かず、ある場所を目指し歩みを進めていた。

 涼しげな夜風が心地よい。

 昼間はどこかしこも賑わいを見せる街並みも、夜だとここまで雰囲気が変わるものなのかと改めて感じる。

 着いたのは、街の中というのに不自然に開けた広間だった。

 中央辺りには一真と身長が同等くらいの(一真の身長は175㎝)木製人形が、等間隔に五つ並んでいた。

 ここは、魔像やら何やら物騒なご時世という理由で作られた「公共訓練場」である。

 昼間は元気な子供達が遊び場として使っており中々使用できないのだが夜はこうして、誰もいない中一人で修練に励むことが出来る。

 ここ一週間は、情報収集は止め、この公共訓練場で木製人形を相手に剣の練習をしているわけだ。

 というのも、一真は神話に登場する「エルプシャフト」に興味が湧いたのだ。

 一真は世界を冒険し、未知なる土地を切り開く「探求者」になりたいと考えたのだ。

 折角のファンタジー世界で、バイトをしながら一生を終えるのは些か物足りない。

 それならば、世界に存在する化け物、魔像を打ち滅ぼし、神々の置き土産エルプシャフトを手に入れたり、という生活を夢見たのだ――

 だとすれば、戦うことは必然で武器の扱いにも慣れておかなければならない。

 この辺で、もう理解しただろうか。

「よし……! 今日もやるかっ!!」

 そう言って、籠の中に無造作に入っている木刀を一本取り、木製人形にひたすら打ち続けるのだった。

 夜の広場に木製人形を叩く音が鳴り響いた――

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