求めてやまないメンチカツサンド①
商業ギルドの朝は早い。
飲食関連の仕込みや市場の競り落としよりはいささか遅いが、それなりに早い。
その商業のギルドに所属する職員の一人、ミントはトレードマークのふわっふわなミントグリーンの髪を揺らせながらも、受付横にある購買コーナーの準備をしていた。
「忙しい〜忙しい〜!」
備品は昨日のうちに準備したし、木棚なども綺麗にしてある。今は布などを書け直して飾ってる最中。
ここに並ぶ商品も随時並べてはいるが、ここ数ヶ月のうちに加わった目玉商品はまだいない。
搬送までにはもう少しかかるだろうが、その間に整頓などの準備は欠かせないのだ。
バタバタ、バタバタ!
「ミントミント! 搬入なんだけど、あの人が来てたよ‼︎」
布もかけ終わってシワを伸ばしていると、職員の一人がミントに駆け寄ってきた。
彼女の興奮っぷりと最後の言葉を耳にすると、ミントにも興奮も
「えっ、ほんと⁉︎」
「ほんとほんと! ここは引き受けるから早く行っておいでよ」
「う、うん!」
わざわざ報せるだけでなく仕事を代わってくれるのはありがたい。
その言葉に甘えて、残りの業務を伝えてから通路を急いで搬入口に向かった。
「お、お待たせしました!」
職員や搬入のためにやって来る業者が何組かいたが、ミントは一番端の壁際にいる男性の元へ急いだ。
彼はミントの声が聞こえると、抱えてた木箱を片腕で抱え直してから、空いた手で来いと手招きしてくる。
「……そこまで急がなくていいだろうが」
素っ気ない言葉だが、まだ向かいに立ってないのに心臓に悪い美低音。背筋がぞわぞわしてきたが、仕事中なのだからと気持ちを切り替える。
声もだが、艶やかな長い黒髪と宝石のように輝く紅い瞳が特徴的な美青年の前に着くと、ひと呼吸するフリをしながら深呼吸した。
「おはようございます、ラティストさん!」
「…………ああ、おはよう」
しっかり挨拶をすれば、無愛想な表情でもきちんと返してくれる。
話す機会はまだそう多くないが、この美青年が心まで頑なではない事をミントは知っていた。
だが、何故彼がギルドに来た理由がわからないので疑問を口にすることに。
「今日はどのような御用ですか?」
「…………これを届けに」
先程抱え直してた木箱をミントの前に出すと、開けるように綺麗な顎先を動かしてきたので慌ててフタに手を添えた。
「あ、メンチカツサンド⁉︎」
少し声を上げてしまったが、無理もない。
ここに来る前に整頓していた棚の目玉商品がこの『パン』だからだ。
全体的に茶色と黒、と少し薄緑の組み合わせだが訪れる冒険者達にとっては最上の品。
予約殺到で、今日も即完売が想像しやすいくらいに売れに売れている。他にも人気の高いパン達が揃っているが、まだ疑問が解決したわけではなかった。
「スバルは今手が離せないのと、言伝があるからついでに持ってきた」
「あ、それで!」
先にラティストが答えてくれたので、思わず手を叩いた。
普段は店主のスバルとラティストだけで切り盛りしてるので、購買用に卸してるこの『ポーションパン』はすべて男性職員が受け取りに行っている。
それをわざわざ持って来るのはこれまでなかったわけではないが、用があるのなら納得がいった。
「……言伝ついでに運ぶ。ロイズはいるか?」
「あ、ありがとうございますっ。ギルマスは、多分競りの準備で忙しいので……差し支えなければ預かりますが」
「……そうか。なら、先に運ぼう」
通路は狭いので並んで歩くことは出来ないが、それでもすぐ背後に誰もが羨む程の美しい青年がいるとなれば、自然と鼓動が高鳴る。
それはミントだけでなく、すれ違う女性職員もだが男性職員の目をも釘付けにしてしまっていた。
(……ほんと、綺麗な人だもの)
女性は当然ながら、男からも羨ましがられるくらいに整った顔立ちなので無理はない。彼の上司であるスバルも整ってはいるが、そちらは男なのに美少女顔。
だけど、人当たりの良い性格にお陰で妬まれるのは少なくて、むしろ誰からも好かれていた。伝書蝶も送れない程忙しいのなら、副店長のラティストを使いに出すのも仕方ない。
まだスバルを手伝うようになっって一ヶ月程度だが、ラティストには伝書蝶が使えないようだから。
「……ここに置けばいいか?」
陳列棚の横にある机を指したので、ミントは頷く。
商品を並べることとかはミント達の仕事だから、運んでくれるだけでも十分だ。
「その……ギルマスに言伝と言うのは?」
「……そう多くない。今日、こちらに来る時間帯をずらして欲しいだけだ」
「あ、ギルマスがお出かけに?」
「ああ、新作を今スバルが作ってるが……昼の予定を夕刻頃にしてもらいたい。それだけでいい」
「承りました! って、新作⁉︎」
あれだけ多種多様なパン達を生み出しているのに、まだまだ増え続けるのか。
ここに並ぶ、特に効果が高いポーションパンだけでも売れ行きがすごいのに、スバルの知識は計り知れない。
「まだ内容は言えないが……いずれ、ここにも卸すだろうな」
「出来上がったら、お店にも買いに行きます!」
思わずラティストの手を握りそうになったが、すんでのところで踏みとどまり、自分の胸元のリボンの前で強く拳を握った。
すると、ラティストは少し目を丸くさせてたのを柔らかく細めていく。
「……ああ、来るといい」
ついでとばかりに口元まで柔らかく緩めたので、ミントは変わっていく彼の表情に釘付けになってしまった。
あれだけ無愛想無表情の鉄仮面が、自身も手がける商品を買いに行くだけで、わずかながらも表情をほころばせたのだ。
美形の青年のそれを間近で見て、胸を貫かれないわけがない。
さらに追い討ちをかけるように、彼はミントのふわっふわの髪をぽんぽんと撫でてきた。
「では、ここは頼んだ」
それだけ言うと、固まってるミントはそのままに来た道を戻って行ってしまった。
「───────……かぁっこいいよ〜ぉ」
姿が見えなくなってから、力が抜けてしまってその場にへたり込んでしまう。
と思ったら、腕を誰かに支えられた。
「たーしかに、貴重だなぁ?」
「ギルマス⁉︎」
ミントを支えてくれたのは、ラティストが本来用のあったロイズ=マッグワイヤー本人だった。
慌てて力を入れて立ち上がれば、ロイズはすぐに手を離してくれた。
「おはようございます! ギルマス」
「おはようさん。ちぃっと珍しいなぁ、あいつがこっちに来んのは」
「あ、ギルマスに言伝があるそうです。ついでにメンチカツサンドとかも持ってきていただいて」
「なーる? 蝶が使えねーあいつならそうするか?」
ミント以上に交流のあるロイズはすぐに納得してくれたようだ。
「えと、今日お出掛けになられる時間をずらしてほしいようです。お昼を夕方にと」
「つーことは、スバルの方が忙しいってことか」
「だそうです。新作を作られてるそうですが」
「そいつは聞いてる。補正の効果云々はともかく、ヴィー……ヴィンクスが言うにはメンチカツに負けず劣らず美味いもんらしい」
メンチカツサンドに負けないほどの美味。
興味深いが、これ以上は買いに行く時の楽しみにしておこうと決める。
それはひとまず置いておいて、箱の中にある茶色いメモの束を取り出して彼に渡した。
「……今日のも、パねぇなぁ?」
ほら、とミントにも見せてきたのでメモを受け取った。
【スバル特製ロールパンサンド】
《特製メンチカツ》
・食べれば、攻撃力(魔法は除外)を90%まで引き上げてくれる
・製作者が一から手作りしたメンチカツは、揚げたてもだが冷めても美味しい一品! 同じく手作り熟成ソースがたっぷり染み込ませてあるからやみつき間違いなし!
相変わらずの高性能。
他のポーションパンも、値はこのサンドイッチ程高くはあるが効果の内容は違う。
薬でも、食事と同じように摂取するだけで効果を発揮するスバルのパンは、どれもこれも桁違いのポーション。
その中でも一番人気なのは、冒険者達が求めてやまないこのメンチカツだ。
ミントも味見用に一口食べたことはあるが、今でも忘れられないくらいの味。
溢れ出る肉汁に酸味の強い黒いソースは絶品だった。
「今日も完売ですが、この値じゃまた争奪戦になりますね……」
効果のせいで、大体は予約制にしてるが数を確認するといくつかは余ってしまう。
そう言う場合は、ギルドマスターのロイズ自ら競りを行うようにしているのだ。
「ま、お前も思っただろうが……かなり高額にして競りにするか? けど、一個は俺が預かる」
そう言うと、ミントの手に金貨を一枚握らせてからメンチカツサンドを掴んだ。
「ギルマスのお昼ご飯にされるんですか?」
このポーションパンは、効果を実践しない以外でも食べることが可能だ。
メンチカツサンドの場合、数時間を過ぎれば付与される攻撃力も自然と抜けて行くらしい。だから、時々だが弁当目的で買う冒険者もいるのだ。
「いいや、流石に毎回競りで弾かれてるあいつにやろーと思ってな?」
「……あいつ?」
聞いても教えてくれないだろうが、競りに落とされる客は多数いるので誰だかは予想出来ないミントだった。