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最終話

遅行(ちこう)していた時間(とき)は強引にその速度を戻す。

「ジェロニモーッ!」

亜米利加(アメリカ)人が高いところから飛び降りる際に使う「おまじない」を叫びながら、(のぼる)が天から降ってきた––––上野の森で鎧武者––––金之助(きんのすけ)はまだ樋口夏(ひぐちなつ)のことを知らない––––が落ちてきた時のように。

だが、明らかにあの時と違うのは天を見て背を下に四肢(てあし)を放りだしていた鎧武者に対し、升は崖から滝つぼに飛び込むかのように二の腕をピッタリ耳につけ、両手を伸ばした体勢で落ちてくる。

無論、手には大小の方が握られており、刃身が空と海の光を浴びて晶々(きらきら)と輝き、きっ先が宙を切り裂いていた。

それを目で追っていた金之助は、落下点が自分がいまいるこの場所だとわかるや、

「うわわわわわっ!」

慌てて後ずさろうとする。

––––シュュュュバン!

垂直に落ちてくる升。

激しく空気を割く音が響く。

気流が金之助の鼓膜を震わせる。

「ひいいいいっ!」
金之助は絶叫した。

––––ズブッ!

升が右手に持つ刀が、金之助のふとももとふとももの間の土に深く刺さる。

あわや金之助、股間を貫かれるところであった。

––––ビーィィン!

左手に握る脇差(わきざし)のきっ先は地面に届いてないので、右手の刀一本で升は逆さ吊りになって金之助の目の前に立っている。

それはまるで串に刺さって囲炉裏(いろり)に突き立てられた魚がごとし。

「……た、たすかった」
安堵の息とともに肺の空気を全部吐き出す。全身の毛穴から冷たい汗がにじむのを感じた。

「……の、のぼさん!?」
奇天烈(キテレツ)な体勢でいる友に恐る恐る声をかける。

さきほどかつて見たことのないほど、目に獰猛(どうもう)な光をたぎらせ、唾を飛ばして獅子吼(ししく)していた升は……

「ふんごぉぉぉぉぉ!」
器用なことに逆さになりながら––––刀から手を離さないまま高いびきをかいて寝ていた。

「ふんがぁぁぁぁぁ!」
升の獣の叫びに似た寝息に金之助はかけるべき言葉を失った。

––––ヒュルルルル!

升が脱出したのを見届けたかのように、病院に砲弾が飛来する。

爆音、そして建物の崩壊と炎上。

––––ヒュルルルル!

鳴り止まない砲撃。

「……」
金之助は頭だけを後ろに反らし、音を現出させている「本人(ぬし)」を見る。

世界が逆さまに映る。

本来、空がある場所に碧い海。そしてそこには鈍色の巨大軍船が浮んでいた。

掲げられている国旗も見えた。

「……日の丸?」

––––ドムンッ!

炎上する海上病院にダメ押しの砲撃を加えている軍艦––––それは日本のものであった。

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