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第1話

「……ここも知らない天井だ」

目を覚ますたび、いつもと違う光景が目に飛び込んで来る。前回は病室の、そして今回は鉄製の配管が無数()いまわっていた。普通の部屋ではないことは、かすみがかった頭でも金之助(きんのすけ)にはわかる。

「……揺れている」

彼はベッドに寝かされていた。はっきり全身で揺れを感じる。部屋全体がゆっくりと振動していた。

上半身を起こし、現状を理解しようとまわりをみまわそうとしたとき、ひとりの青年が横に立っていることに気がついて金之助はびくりとして体を硬くする。

「やぁ、金さん久しぶり」

青年は軽く手をふる。海軍兵学校の真っ白な制服と対象的な、冬でも戻ならないであろう日焼けした真っ黒な顔いっぱいに笑みをたたえていた。

「あぁ、(じゅん)さん」

金之助はこの青年を知っていた。肩から力を抜きながら笑顔を返す。

秋山真之(あきやまさねゆき)。幼名淳五郎(じょんごろう)。金之助とは正岡升(まさおかのぼる)とともに大学予備門で同級生で、明治二十二年この年彼は江田島の海軍兵学校の十七期生として修練を積んでいた。

「いろいろ大変だったね」

秋山は帽子を取り、ベッドの横の椅子に腰を下ろす。頭のかたちが良いので、丸刈りがよく似合っていた。

「……あ、あぁ」

秋山の労りの視線を受け、金之助は目を(うつ)ろに揺らす。

記憶が蘇りはじめた。幸田邸の出来事も、海上病院での騒動も思い出した。そして、大砲で病院を吹き飛ばした軍艦を見たあたりで気を失ったらしい。

「……正直、何がなんだか」

苦笑いを口の端に(にじ)ませ友人を見る金之助。

ドアがノックされ、四十がらみの小柄な士官が入ってきた。秋山は素早く立ち上がり礼をとる。

東郷平八郎(とうごうへいはちろう)です」

ベッドから出ようとする金之助を東郷は手で制する。

東郷の後ろには、黒装束の男───アバズレンと看護婦───景山ふさが立っていた。はっとして、升と成行(しげゆき)の顔を思い浮かべて金之助は安否を問おうと口を開きかけたところ、

「ご友人たちも無事ですのでご安心を」

東郷が制した。ずしりと重い語調だが、優しさを感じる声音(こえ)であった。

「事の次第は部下から聞きました」

秋山がすすめた椅子に東郷は腰を下ろし、

「夏目さん、あなたにもお伝えした方がよろしいでしょう、この一連の怪異を───」

金之助の目を見て話しはじめた……。

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