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第14話

「ショウちゃん!」
林太郎(りんたろう)は駆けだす。

さきほどの俊敏な動きとは嘘のように、重力にされるがまま、髪は逆巻き、スカートをはためかせ、少女は落下する。

肩から崩れ落ちた巨人の腕が、中空で石つぶてとなり、走る林太郎に降りそそぐ。

頭や肩を撃つときにはすでに砂に変化しているなので痛みはないが、舞いあがって白い幕となって視界をさえぎる。

腕をあげてひさしを作って目への進入を防ぎながら、ショウが落下してくる場所へとたどり着いた林太郎は両手を大きく広げる。

––––ドンッ!
受け止めた。

「……ツッ!」
樋口夏(ひぐちなつ)のように甲冑をつけているわけではないが、木のこずえよりも高いところから落ちてきたのだ、林太郎は抱きとめたと同時に尻もちをつき、さらに背中を大地に叩きつけた。

腐葉土が衝撃の大半を吸収したが、それでも林太郎は一瞬息をつまらせたのち、
「痛たたたぁ!」
苦鳴する。

呼吸を整えつつ、頭を上げ、胸に抱きとめたショウを見る。

激しく身体をぶつけたのにもかかわらず、少女は寝息を立てていた。
 
完全に熟睡している。

小さな眠り姫を抱きかかえながら、林太郎は立ち上がる。
見上げれば
「ホガァァァァァァァ!」
いましがたショウに斬り下げられた巨人が、断末魔の叫びをあげながら、砂へと変わっていた。

「……とんでもない娘だこと」
ショウの寝顔に視線を戻す。
男ふたりを横目に、自分の身の丈の数十倍もの敵に切りかかっていく、その肝の太さに感嘆の息をつく。

十数年後、林太郎はあらためて、ショウの女傑(じょけつ)ぶりに驚嘆することとなるが、いまはまだ幼児の面影を色濃く残してあどけない。

「……刀は?」
ショウが手放した刀の行方を確かめようとしたが、探すまでもなく––––

キィ––––ン! キィ––––ン!
腰の源清麿(みなもときよまろ)に共鳴して、その所在(しょざい)を知らす。

林太郎は大地に突き立つ刀を抜き、夜空へとにかかげる。
––––刃長二尺六寸五分(八十センチ)にして、細身で(みね)にむかうにしたがい身幅と反りが小さくなる。
 
源頼光(みなもとのよりみつ)酒呑童子(しゅてんどうじ)を討った時に使ったとも語られ、六人もの人間の胴を一太刀で両断したと言われる剛剣––––童子切安綱(どうじきりやすつな)は、月の光を受けて鈍く光った。

ショウを抱き、安綱を手にして林太郎はマムシのもとに戻る。

「おいおい、また眠りこけてるのかよ! 若い者には、いま野宿が大流行だな!」
激しく舌打ち鳴らしてから、マムシは肺の空気を全部使ったため息をつく。

彼の足下には、金之助(きんのすけ)(のぼる)、夏がならんで寝ていた。

マムシが目の届くところに運んできたのである。夏には、マムシが着ていた僧衣がかけられていた。

彼本人は引きしまった身体に、貼りつくような鎖帷子(くさりかたびら)姿。
 
それが(うろこ)のように見えて、「マムシの周六」の通り名を見る者にいよいよ納得させる––––抱きかかえた大きな熊のぬいぐるみがなければ。

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