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 今朝報告していたよりもずいぶんと早い時間に帰ってきたのは偶然だった。それをあえて連絡しなかったのは、ただなんとなく妻を驚かせてみたかっただけ。それだけだった。
玄関を開けるとベッドの軋む音と男女の声が俺を不躾に迎えた。震える身体をなんとか抑えて寝室に向かう。
二人は裸で抱き合っていた。
不倫相手の男が夫である俺のことを妻に聞いていた。妻は甘ったるい声でどうでもよさそうに答える。
 寝室のドアから手を離し踏み出した足を止めて踵を返した。そして彼女が望んでいた広めのキッチンの戸棚から包丁を取り出す。その刃に映った俺の顔を直視することは出来なかった。
 少し開いた寝室から声が聞こえる。静かに足を踏み入れた。二人は気づかない。俺は背後から男を刺した。何度も、何度も、繰り返し。ダブルベッドが赤く染まったところで手を止めて彼女を見る。
「ごめんなさいでも愛してるのはアナタだけなの。許して。ごめんなさい」
 彼女は涙を浮かべて許しを請う。俺は包丁を捨てた。
 目を覚ますと知らない天井が見えていた。あの光景は夢だったのかという甘い考えは腕に刻まれた爪あとによって否定された。

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