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 ―――――安らかに昇天して逝ったなっちゃんを見送った私は、再び光に包まれた。

 そして次に目を開けた場所は、黒煙が空へと浮かび、炎が四方を囲む惨状の中にいた。
 眩い光で閉じた瞼を開き、意識をハッキリした私は、直ぐに眼下へと目を向ける。
 そこには、ひゅうひゅうと息苦しそうに呼吸をする颯ちゃんが横たわっていた。
 
 私は直ぐに回復魔法を施し、颯ちゃんの命を留める。
 なっちゃんの言ってた通り、|現実世界《ここ》と白い空間《あっち》では時間の流れが違く、少しでも回復魔法を解けば命を落とす状態の颯ちゃんはまだ息をしていた。
 あっちの世界にいた時間は体感時間だけで10分はあったけど、こっちは5秒も満たない様子だった。

 なっちゃんと話す前まで、私は狼狽え自分の力を信じ切れてなかった。

 だけど、なんだかな……。
 なっちゃんと話せて、なっちゃんに許してもらえて、私の心の中の枷が外れたかの様に、軽々しかった。
 勿論。私はなっちゃんを殺した罪からは逃げるつもりはない。
 私が今叶えたい事。
 それは、最後になっちゃんと交わした約束。

『もし真奈ちゃんを泣かせたら、俺が絶対に許さない』

 その言葉を颯ちゃんに伝えてほしいと言われた。
 約束事としては、かなり小さい事かもしれないけど。
 私はその約束を果たすため、そして、颯ちゃんを死なさないため、私は行動に出る。

 自分の人差し指を伸ばして、ガリッと皮が切れる程度に私は指を噛んだ。

――――私は、父が私に修行を施していた時の言葉を思い出していた。

『マナルデリシアよ。この術、いや、この契約は。今後もしお前の許に、この先絶対に離れたくないって思った者と交わしなさい。そうすればいつか、この契約がお前達を救う事となる』

 これは母が亡くなり、その墓前の前で涙を流しながら生前の父が私に教えてくれた術。

『この契約はな、魔王と契約者の魂を繋ぎ、命を共有できる、魔王しか扱えない最上級の契約術。俺は母さんにこれを使おうと思ったけど、母さんは人として死にたいと意固地になって契約を結んでくれなかった。だけど、お前のこの先の未来に、お前と、この契約を結んでくれる者が現れる事を、父さんは心から願うよ』

 その時の私は母の死に泣きじゃくり父の言葉の意味が分からないでいた。
 
 魔王を継承された者しか扱えない契約術。
 もし、この契約を結べば、颯ちゃんの命が助ける事が出来る。

 しかし、母の意固地になって父と契約しなかったこの契約術は……。

――――颯ちゃんを死なせたくない。

 それは私の心の底からの願いで、本心だ。
 けど、この契約を一度結んでしまえば、私は颯ちゃんに一生恨まれるかもしれない。
 
 流血する指から小さな痛みを感じながら苦悩する私。
 このままホロウ達を助けに来るのを待つだけでは、颯ちゃんの命が助かる確率な限りなく低い
 だとしたら、私が選ぶ方に迷うはずないのに。

「これをすれば、颯ちゃんは普通の人間として生きていけない……。人間界には颯ちゃんの大切な家族や友人がいる。なのに、契約を結べば、いつか颯ちゃんは深い悲しみを背負う事になる……。そう思うと……私、颯ちゃんに恨まれるのが怖い――――」


「……………僕は……どんな……こと……が……あっても……うらん……だり……しないよ……」


 弱々しく顔を俯かす私は、ハッとなって声の主へと目を向ける。
 息苦しそうに呼吸をしながら、肩を揺らして、口元に無理やりと笑顔を浮かばす颯ちゃんが片目だけ開いてこちらを見ていた。

「そ……颯ちゃん。……駄目だよ颯ちゃん。それ以上喋らないで。喋ると血の流れで死期を早めるから……。意識はハッキリ保って、体力を温存して」

 意識を取り戻したことでホッと胸を撫でおろすが、颯ちゃんは私の勧告を無視して口を開く。

「さっき……どこからか……声がした……んだ。もし……ここでお前が……死んだら……真奈……ちゃんが悲しむ……って……。だから……ぜったいに……死ぬんじゃねえぞ……って」

 絞り出す様に口から出た言葉に、私は勧告無視よりも、思わず喉を鳴らして失笑してしまう。
 人に言ってほしいって頼んだのに、結局は自分で言ってるんじゃんと呆れか、こめかみを押さえて笑う。

 一頻笑った私は、そっと血で濡れる颯ちゃんの手を握り訊ねた。

「ねえ……颯ちゃん。これから行うのは、颯ちゃんを助ける行動で、絶対に颯ちゃんを助ける事が出来る唯一の方法。……けどね。もし、これをすれば、私は颯ちゃんに一生恨まれるかもしれない。だけど、私は颯ちゃんを助けたい。颯ちゃんを死なすぐらいなら、私は一生颯ちゃんの恨みを背負っていくよ。これが僅かながらの私の償いだから」

 手を強く握り、真摯な瞳で颯ちゃんに少し言葉を濁しながら尋ねると、颯ちゃんは力なくこくんと頷き。

「真奈……ちゃんがしたい……のなら……僕はそのは……んだんに任せるよ。大丈夫……どんな……結末に……なろうとも……僕……は……絶対に真奈ちゃんを……恨んだりは……しないから」

 そして屈託のない笑顔を浮かばし。

「好きな人を……恨む馬鹿……どこにもいないよ……。僕は真奈ちゃんの事が…………大好き……だから……。絶対に真奈ちゃんの傍に……いつづけ……るんだ」

 その言葉を聞いて、私は感情に塞き止めが効かなく、嬉しいという感情で涙をあふれる。

――――ほんと……なんでこうも、私が言ってほしい言葉を、言えるのかな……ズルいよ、ばか。

 その後颯ちゃんは言葉を発せられなくなるほど苦痛の表情を浮かばせ、それ以上は口にしなかった。
 だけど、私が決心するには十分過ぎる言葉を貰えた。

「ありがとう颯ちゃん。生きて、今度こそ二人きりで人間界の街をデートしよ。私、前に颯ちゃんが言っていたトロピカルシェイクを飲みたいな」

 顔から火が出る程恥ずかしかった私だが、クスリと微笑み、指から滴る血を颯ちゃんの口へとぴちゃんと落とす。
 まず契約に必要なのは、お互いの血を相手が摂取すること。
 私の血は指から流れるのを颯ちゃんに飲ませ、私は彼から大量に流れた血を掬い飲む。
 吸血鬼は血を好むけど、魔人族の私には鉄の味しかなくて嫌いだな……。颯ちゃんのならいいけど。

 次に私は互いの血を混ぜたので、お互いの左手薬指に契約の魔法文字を書き連ねる。
 古来の神話より、左手薬指は心臓と直結すると言われる。
 現代科学でそれは迷信だと言われるが、魂や魔力を繋げるには左手薬指に書く方がいいらしい。

 そして、全ての準備を整えた私は契約術の詠唱を行う。

「汝、森羅万象の理を顕し、悠久の刻を我に魂を捧げるか」

 この契約術は主従契約とは違い、相手の返答を必要とはしない。
 そもそも、私は颯ちゃんから返答は貰っている。

「汝と我、二人の指に刻まれた血の契約の許、この契約完了なり。汝の魂、我と共に」

 詠唱を終えた私は、そっと颯ちゃんの頭を持ち上げ、顔を近づけ。

―――――颯ちゃん。大好きだよ。

「絶対契約――――発動!」

 私と颯ちゃんは契約を示す――――キスをした。
 

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