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死なないで

「起きてよ! ねえ起きてよ! お願いだから目を開けてよ! 颯ちゃん!」

 燃え盛る炎に囲まれながら、私は地に背中を付ける颯ちゃんに悲鳴な叫びをあげる。
 
――――ほんの数秒の出来事だった。
 
 自分の心に縛られた呪いを紐解く様に彼の言葉に胸が空き、彼の頬を触れようとした時。
 突如、列車が車体を崩して地面を削りながら転び、巨大な岩に激突して爆発を轟かせた。

 咄嗟の事に私は反応を遅らせたけど。
 そもそも私は常人の何倍も頑丈だから、この程度の爆発で致命傷は負わない。
 けど、人間である颯ちゃんはあろうことか真っ先に私を助けようとした。
 少しではあるけど、逃げられる隙があった。
なのにその隙を、彼は私を助けるために費やした。

 おかげで私は無傷のままで済んだのだが、逃げ遅れた颯ちゃんは……。
 爆発で飛び散った棒状の鉄くずが腹を刺し。爆煙で肌の所々に熱傷を残して。口や傷から大量の血を流して危ない状態になっていた

 私は直ぐに彼を助けようと回復魔法を施した。
 だけど、私の魔法では颯ちゃんを助ける事は不可能だ。
 私達魔族は、破壊や呪殺などに長けた魔法は扱えるが、癒す力や回復魔法は弱い。
 使える者だって限られていて、魔王の私でさえも焼け石に水程度の延命処置でしか機能しない。

 大量に血が流れ、徐々に顔色を失い始める颯ちゃん。
 微かに心臓が鼓動しているから、颯ちゃんはまだ生きている。
 だけど、私の回復魔法で延命しているにすぎないから、魔法を解けば一気に命を落とす。
 
 私は全力で回復魔法を行い、大声で颯ちゃんを呼びかける。

「起きてよ颯ちゃん! 颯ちゃん言ったよね!? 私の事をずっと支えるって、私の背負う業を一緒に背負ってあげるって! なのに……なのにこんな所で死なないでよ! 生きてよ! お願い!」

 掠れそうになる程に私は叫んだ。だが、颯ちゃんからの返答はない。
 私はグッと歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、ありったけの魔力を回復魔法に注ぐ。
 傷からの流血が多すぎる! このままでは直きに颯ちゃんは……!

「…………なんで」

 私はぼそりと呟いた。
 そして、感情という水を抑えていたダムが決壊したかのように。

「なんで……なんでなんでなんでなんでなんでッ! なんでいつも私の大切な人ばかりが私の傍からいなくなるの! お母さんもお父さんもなっちゃんも、|剰《あまつさ》え颯ちゃんも私の許からいなくなろうとしている! お願いだからいなくならないでよ! 私とずっと一緒にいてよ、ねえ! もう悲しい思いはしたくないよ!」

 狂気じみた叫びをあげる私は必死に回復魔法で傷口を治そうとするが間に合わない。
 仮に傷が塞がったとしても、このままでは出血多量で死んでしまう。

 死なせるものか。私は目尻に涙を溜めて精一杯に治療を行う。
 血で熱くなる穴が空いた腹を手で押さ流血を止めようとする。
 
「死なせるものか……絶対に。やっとで……やっとで私は、颯ちゃんのことを――――」

 大切な人が亡くなろうとしている恐怖と不安で押し潰されそうになる心。
 吐き気がする程に苦しく、手の震えが止まらない。焦点が合ってない様に揺れる瞳。

 苦悩が表情を浮かばす私の手に、突然と暖かい感触が伝わった。

「………………ま……な……ちゃん」

 消え入りそうなか細い声で私の名前を呼ぶ颯ちゃん。

「颯ちゃん! よかった目を覚ました……! そのまま意識をしっかりね! さっき助けを呼んでるから、私が絶対に颯ちゃんを死なせない。だから颯ちゃんも頑張って意識を持って!」

 私は先ほど|脳波送受《ブレインリンク》で救助要請をホロウ達に送っていた。
 魔王城からここまでの距離はあるが、魔獣たちの力を借りれば10分も経たないだろう。
 連絡を入れてからおよそ3分弱が経っている。ここまで10分って時間が長いと感じた事はない。

 このままでは颯ちゃんの命がもたない……早く来て皆……。

 他力本願な自分の不甲斐なさで表情を歪ます私に、颯ちゃんは。

「……まな……ちゃん……。けが……とかない……かな……?」

 自分が死に直面しているのに、聞いてきたのがまさかの私の安否だった。
 普通なら自分の死に対して狼狽えるはずなのに、彼は自分よりも私を……。

「うん。大丈夫だよ。颯ちゃんのおかげで私は大丈夫だよ。ありがとうね颯ちゃん。だから、安心して絶対に寝ない様にしてね、意識をハッキリと、直ぐに助けが来るから」

 本当に馬鹿だよ……颯ちゃんは。
 なんでここまで私の事が好きなのか、私には分からないよ……。
 
 私の安否を確かめた颯ちゃんは、苦痛で歪む顔に小さな笑顔を浮かばせ。

「そう……か……。それは……よかった……」

 そう言って、颯ちゃんは力なく瞼を閉じようと――――

「――――だから寝るなって言ってるじゃん馬鹿ッ!」

「ぐふぅ!」

 …………あっ。
 まるでやりきったとばかりに目を閉じようとしたことに少し頭に血が上って力み過ぎた……。
 もしかして私が止めを刺したのではと真っ青にする私だけど。
 幸いにも意識を保たせることに成功した様で、げほっげほっと吐血するが意識はハッキリしている。

「ま……まなちゃん……一応僕……死にかけてるんだけど……」

「あぁー大丈夫大丈夫。状況確認と喋れてるからまだまだいけるよ」

 と虚言を吐くけど全然大丈夫ではない。
 今の颯ちゃんは私が延命しているからであって、私が少しでも気を抜けばすぐにでも意識が無くなる。

 颯ちゃんの意識が戻った事に迫る状況でも少しホッとしたのか涙腺が緩み、目尻に涙を溜める。

「まな……ちゃん……どうして涙を……」

「あっ、ごめん。少しホッとしたというか……。それよりも颯ちゃんは本当に馬鹿だよ。私魔王なんだよ。人間よりも丈夫で固いからあれぐらいでは死なないのに……」

 別に颯ちゃんの行いを責めるわけでも侮辱するためでもない。
 私は聞きたい。なんで颯ちゃんがそんな行動を取ったのかを……。
 だけど、颯ちゃんの答えは、胸に突き刺さる程にシンプルだった。

「魔王……だとか……そんなの……関係ないよ……。僕、が……真奈ちゃんを助けようと……思ったから……。好きな人を助けようとおもうなんて……当たり前だよ……」

 颯ちゃんの言葉に私は目を熱くする。
 そして自分の不甲斐なさをあたらめて実感する。
 
 私なら、あの刹那の時間に颯ちゃんを助ける事も出来たはずだ。
 けど、直前の出来事で気を落としていた私に、そんな行動が出来なかった。
 なのに……そんな私の為に動いてくれた颯ちゃんを……私の力で助けるができない……。

 悔しい……悔しくて涙が止まらない……。

 涙で顔を濡らす私の頬に、颯ちゃんは力なく震える手を伸ばそうとする。


「真奈ちゃん……泣かないで……」

 が頬を触れる直前にその手は止まる。
 自分の血で汚れた手で私の頬を触れないとばかりに手を止めた。
 本当に馬鹿だよ。こんな状況でそんな事を気にする必要ないのに。

 私は自分で顔を動かして颯ちゃんの手に頬を当てる。
 颯ちゃんは一瞬小さく驚いたけど、柔らかに微笑んで私の頬を優しく撫でる。

「私……分からないよ。颯ちゃんはなんで、そこまで私の事が好きなの? 普通なら、命を張ってでも助けようとなんて思わないのに……。私、颯ちゃんにそこまで好きになってもらうようなこと、私した覚えがないよ……?」

 私の何気なく言った一言に、颯ちゃんはハハッと苦笑を漏らし。

「やっぱり……真奈ちゃんは覚えてないか……。それもそうだよね……。真奈ちゃんにとって……あれは……ただの一日の中あった……出来事なんだから……」

 颯ちゃんの残念そうな呟きに私は罪悪感で胸が苦しい。
 私が覚えてないだけで、颯ちゃんにはとても大きな出来事があったのだろう。

「ごめん……覚えてなくて……だから教えてほしいよ。颯ちゃんが、私を好きになった理由を」

 初めて思った。相手が私を好きになった理由を。
 今まで何度も好意を伝えられたことはあるけど、どれも理由を聞く事はなかった。
 颯ちゃんだから知りたい。颯ちゃんのことだから知りたい。

「真奈ちゃんは……三年まえ……に……どこかの河川敷でのこと……覚えてないかな?」

 河川敷? 
 河川敷で私なにかあったかな……。

「そこで……どこかのドジな男が……何かを探していたとか……ないかな……?」

 三年前……。河川敷。男が何かを――――あぁ!

「あった……確かにあった……三年前、河川敷で!」

 思い出した。
 確かに三年前の河川敷で私は、名前も顔も知らない別の学校の男の人で出会っている。

 そうあれは、私が魔王に即位する前の、つまらない学校を終えて人目の付かない場所で魔界へのゲートを開くための帰路を歩いている時だった。
 そこで河川敷の上から、草むらを分けて何かを探している男の人を見たんだ。
 困り様子の男の人に私が声をかけると。
 確か、男の人は昔に知り合いに貰った大切なキーホルダーが付いた家の鍵を橋の上から河川敷に落としたとか言って、二時間ぐらいずっと探していたけど見つからないと言っていた。
 家の鍵よりも、男の人は知り合いから貰ったキーホルダーの方が無くなると困ると言っていたのも印象的だ。
 その時の私はまだ魔王を即位してなかったから、十分に時間があったから、暇だからと一緒に探したんだ。
 男の人はそんなの悪いと言っても、私が強引に一緒に探してんだっけ……。
 結局、鍵は川の方へと落ちていて、底の石と石の間に挟まって落ちてたんだけど。
 男の人は笑顔で私に感謝してたっけ……。

 そうか……あの時の男の人が、颯ちゃんだったんだ。
 
 颯ちゃん……だった……ん……だ。

「も、もしかして……颯ちゃんが私を好きになった理由って……それだけ?」

 おそるおそる訊ねる私に颯ちゃんは、コクンと頷く。
 …………。

「颯ちゃんって……チョロイ人?」

「ひどっ!?」

 いやだってね……。
 あんな恋愛漫画でもないような展開で人を好きになるなんてね……。
 私は別にロマンチックな出会いを求めているわけじゃないけど。
 あんなただの暇つぶしで探したことで好きになられた事に若干の負い目を感じる……。

「人を好きになるのに理由なんていらないよ……。たしか……にそれで……好きになったなんて思われるのは心外だと思うけど…………。……あの時の僕には……本当に胸に刺さるほどに……嬉しかったんだから……。まあ……その前に少し嫌なことがあったからってのも……あるんだけど……ね」

 嫌な事? 
 それを聞きたいと思ったけど、私は口を閉じた。
 どんな嫌な事を颯ちゃんは体験したか知りたいけど。
 無粋だから聞かないでおこう。
 どんな理由でも、私は、颯ちゃんに好きになってもらえたことが、嬉しい。

 だからこそ。私は言わなくちゃいけない。
 こんな中途半端な気持ちでは、この先颯ちゃんに顔向けできない。

 あぁ……颯ちゃんは、いや、今まで私に告白してきた人、全員が同じ気持ちだったのかな……。
 怖い……凄く怖い。
 緊張で喉が渇く。冷や汗が額に流れる。唇が震える。胸が苦しい……。

 けど逃げない。
 私は、ゆっくりと口を開き、潜めた声で静かに言った。


「私ね、颯ちゃん……。私、颯ちゃんのこと――――そこまで好きじゃなかったんだ」

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