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陽炎

――――今より10年前に遡る。

 とある田舎の小学校に通う女の子は物静かに一人読書をしていた。
 女の子は誰とも関わらず、クラスでも自己主張は控えめで、友達が一人もいなかった。

 だが女の子はそれを何とも思わず。一人黙々と読書をしていた。

 その小学校にはある噂が流れていた。

 ――――女の子に近づけば原因不明に倒れてしまう。

 女の子のクラスの担任をしていた女性教師は、一人で読書する女の子にクラスに輪に入らせようと、必死に説得をしていたのだが。ある日突然とその女性教師は倒れて病院に運ばれてしまった。
 命に別状はなかったのだが。その原因が解明できず。ただ過労だとして決めつけられたが。
 女の子と関わった者は、眩暈を起こすと少し前から噂されていた。

 その噂を真に受けた者達は、気味悪がり、腫物を触る様に必要最低限以外では女の子と関わる事をしなくなった。

 女の子はその噂を気に留めずに、教室の隅で一人読書していた。

 が、そんな女の子の許に一人の男の子が現れた。

 男の子はクラスの中心人物で、幼いながらも正義感の強い子だった。
 将来の夢は悪党を捕らえる警察官を掲げた、心優しい男の子。

 皆からハブられ、一人寂しく読書をしている女の子が気になり、一緒に遊ぼうと誘うが。
 女の子は首を横に振り、その後は無言で本を読む。
 
 次の日。
 前日断られたはずの男の子は再び女の子を遊びに誘う。
 だが、女の子はそれを断る。

 次の日も。
 前日、前々日も断られたはずの男の子は再び女の子を遊びに誘う。
 だが、女の子は無視した。

 次の日も。次の日も。そのまた次の日も。
 男の子は諦めずに女の子を遊びに誘った。

 途中から他の者達は、男の子にこれ以上あいつに関わるとひどい目にあうぞと忠告するが。
 毅然とした態度で男の子はそれを跳ねのけ、女の子を誘う。

 最終的には他の者達からも頭のおかしい奴とレッテルを貼られた男の子だが。
 女の子に関わる事を止めず、女の子が読んでいた本を購入して一緒に読むことにした。

 だが、外での遊びを好む男の子はすぐに飽きて、やはり女の子を外に連れ出そうとする。
 そろそろ鬱陶しくなった女の子は男の子に問う。

――――なんで私と関わろうとするの?

 それに男の子は答えた。

――――だってお前。すごく寂しそうにしていたじゃん

 寂しそう……。男の子からはそう見えていたのか。
 いつも無表情で何を考えているのか悟られる事はしなかった女の子だが。
 学校がつまらないとは思っていても、寂しいなんて思ってもなかった。

 そして、学校では腫物扱いする自分を、なんでこの男の子は関わろうとするのか、理解が出来なかった。

 その日から女の子と男の子は少しずつ会話をする様になった。
 と言っても、男の子の一方的に話して、女の子が生返事をするのだが。
 今まで無視されてきたからか、男の子はそれでも嬉しく、仰々しく色々な事を話した。
 中には大袈裟過ぎて現実味のない話も混ざっていたのだが、それが可笑しく、女の子の鉄の様に硬い仮面が少しずつ剥がれ始めた。
  
 少しずつ会話も増え、少しずつ笑う様になった女の子。
 そして念願の外で遊ぶこととなるが。二人は学校では変わり者とされて二人で遊ぶことが大半だった。
 それでも男の子は、嬉しく、女の子も笑顔でボールを投げ、追いかけっこをした。
 近くの山へと行き、昆虫採集や木の実などを採ったりなどもした。

 日が暮れるまで、時には夜の森で二人潜んで遊び、男の子は両親に激怒された時もあった。
 しかし二人は懲りず、朝から晩まで遊ぶような仲良しな二人になっていた。

 だが……そんな楽しい日々は長くは続かなかった。

 悲劇は突然に訪れた。
 いつもの様に野山を駆け、山の中を探索していた時だった。

 元気に走る女の子の後ろで、男の子は力もなく地に倒れ込んでしまった。
 それに気づいた女の子は叫び、助けを乞う為に近くの公衆電話で119番通報して救急車を呼んだ。
 男の子は近くの病院に運ばれ、集中治療室へと入り手術が行われた。
 だが、原因不明の症状に、男の子は徐々に憔悴していき、最終的に匙を投げられた。

 白い部屋に男の子は寝かされ、微かに動く心拍の中で、力なく唇を開く男の子は今際の際に女の子に呟いた。

――――今までありがとう……本当に楽しかったよ……真奈ちゃん

 自分の両親や他の人には何も言わず、真っ先に女の子に告げた男の子は息を引き取った。
 我が子の死に泣き崩れる両親。ご冥福を祈る医者や看護師に囲まれ。
 女の子は泣いた。

 誰よりも大きく泣いた。
 最後に泣いたのはいつぐらいだっただろう。
 自分の母を亡くして、人間として生きようと決めた、あの日以来だったはずだ。
 
 男の子の遺体の前で泣く女の子は自身を再確認した。

――――自分は他の者達とは違う化け物なのだと。

 半分人間の血が流れていようと、もう半分は異形のモノなんだと。

 もしかしたら初恋である男の子の死に激しく落ち込んだ女の子は、男の子の葬儀には出なかった。
 一ヵ月以上部屋に引き籠り、自分を責めた。
 自分と関わらなければ男の子は死ぬことはなかった。
 夢であったはずの警察官になれていたかもしれない。
 多くの悪党達を捕まえ、善良な市民達に笑顔をもたらしてくれたかもしれない。

 なのに、化け物の自分が何故生きているんだ……女の子は自分を追い込んだ。

 だが、そんな時、女の子の頭にある事が浮かんだ。

――――今の自分を見たら、男の子はどう思うのだろう。

 男の子は正義感が強くて心優しい人だ。
 自分の所為でこの様になっていると知れば、安らかに成仏できないかもしれない。
 
――――もし自分が男の子に償えるのなら、前に進まなきゃいけない

 女の子は自分の罪を忘れる事はしない。
 忘れず胸に秘め、自分の犯した業を背負おうと決意した。
 許してほしいなんて思わない。
 だがもし、ほんの少しでも男の子が、|新川夏史《にいがわ なつふみ》君が笑ってくれるのなら、立ち止まってはいけない。

 女の子、否、三森真奈は魔王の間の玉座に座る魔王サタンを仰ぎ言った。

「お父さん。私に、魔力の扱い方を教えてください」

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