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第1話  妄想が健やかに あなたを救う

街を横断する美しき大河。
国の名所ともなっているその雄大な河は、何も語らず悠久の時を刻み続けます。

街並みから醸し出されるのは整然の美。
知性と秩序を感じさせる家々は、来訪者たちに驚嘆の声を上げさせます。

街の中心にはある大聖堂の荘厳な鐘は、毎日住民に祝福と安らぎを天高くから与えてくれます。

大通りにはレンガ造りの老舗店が立ち並び、世界中から集まる人々で連日大盛況!

今をときめく有名貴族様や名人役者たちが、壮大で華やかな物語を彩っています!


私が住む街は誰もが羨む、この歴史薫る偉大なる王都!


……から、10日くらい馬車に揺られて大森林に入り、そこでまた3日くらい馬車を走らせて森を抜けた先に、地図上の片隅にただずむようにポツリとあります。


ここは特に珍しい物もない、片田舎ののどかな街。
あるのは人情と広大な畑くらい。
少し足を伸ばせば、野生生物と戯れる事がいつでもできちゃいます。
そこで生まれ育った私は、今も尚そこで暮らしています。
そして、そんなよくある街の、これまたよくある門のすぐ側に私の職場があります。


冒険者ギルドの受付嬢。
それが私の仕事です。


ギルドの名物看板娘、アリシアとは私の事です。


今の職にありついた経緯はこうです。

どんな仕事でも働くそばからクビになってしまい、どこもそこも断られるようになり、とうとう何もすることが無くなって部屋に引きこもっていたら両親に泣かれ。
居たたまれなくなって外を彷徨っていたら、たまたま出ていた求人に応募したわけです。

仕事内容も「基本座ってるだけ、たまに書類整理と雑用」なんてものだったので、こんな自分にも務まりそうでした。
目を疑っちゃうような薄給だったせいでしょうか、他に応募者がいなかったんでしょうね。
すぐに相手から返事が来ましたよ。


前任者もその前任者もそのずっと前の人も、あまりの暇加減に嫌気が差してやめたそうです。
なにせここは平和な片田舎の街、そうそう大きな事件があるわけじゃありません。
やれナンタラ草をとってこいとか、やれネズミを追っ払えとかそんな感じ。
お使いレベルの依頼ですし、数もそんなに多くないので、冒険者のお客さんもなかなか寄り付きません。
世紀の大悪党を倒すとか、古代の秘宝をとってこいとか、伝説のドラゴンを討伐せよとか、そんな胸踊る依頼なんか来てくれたらいいんですけどね。


やることと言えばカウンターに座って来訪者への案内と、依頼の管理くらいです。
置物のように座っているだけという日も珍しくはありません。
まぁ私に限って言えば、座ってるだけっていうのは全く苦じゃないですね。
その理由はというと、過去の仕事でクビになり続けた理由とも重なるんですが……。


私は病的な妄想家なんです。


ほんと気をつけててもダメです。
お医者さんにかかった事もあるけど、結果は言わずもがなです。
『クセと一緒だから気をつければ治るよー』なんて言ってましたが、そんなレベルじゃないんです。
そもそも気をつけて治るくらいなら妄想癖とは言わないと思います。
それは「想像」の範疇だと思いますよ。


ふぅ、早くもやることが無くなってしまいました。
今日はいつもより長めの妄想タイムになりそう……。

おや? さっきからイケメンさんが向こうから私を見てますね。
身なりからして冒険者の方のようですが、こっちを見ながら歩いてきてますね。
こういう人がドラゴン討伐とかしてたらかっこいいのになぁ。


 ◆

『アリシア姫、私はもう行かなければ』
『そんな、行かないでください……。ドラゴン退治だなんて危険すぎます!』
『もう泣かないで、その美しい瞳で見送ってくれないか? それだけで100万の味方を得たような気になるんだ』
『ああ、あなたのために泣きたいのに。それすら許してくださらないのね』
『夢に生きてしまう私のことを、許してほしい。きっと、ドラゴンの秘宝を持ち帰ってみせるから』
『どうか、ご無事で。それだけをただ祈り続けています……』

 ◆


「あのう?」
「ヒャイ!」


あ、今すっごい変な声出た!
びっくりしたぁ、急に話しかけないでくださいよ。
え? ずっと声をかけてました?
依頼の報告に来たんですか……すいません。


「あと僕は別にドラゴン退治なんか行きませんよ? そもそも野草刈りから帰ってきたとこですし」
「ハイスミマセン……」


もう死んだ魚のような目で平謝りです。
あの妄想が全部もれてただなんて死にたくなりますよ!
あーあ、私がもし大商人や貴族のご令嬢だったらなぁ。
こんな風に働かないで暮らせるのになぁ。
令嬢に、ねぇ……。


 ◆

『アリシアお嬢様、お茶にございます』
『なぁに、またその銘柄? 私それ好きじゃないわ』
『これはとんだ失礼を……。すぐに替えをお持ち致します』
『ふふ、冗談よ。せっかく淹れてくれたのだもの、それをいただくわ』
『は、お嬢様のご温情。この老体にはもったいのう御座います』
『それはそうと、今度の晩餐会だけど』
『先ほど仕立て屋より新しいドレスが届けられております。ご覧になられますか?』

 ◆


「いいわね、持ってきてちょうだい。お父様に見せてビックリさせましょう!」
「お、アリシアは今日も絶好調だな!」
「……ゥッフゥ」


あぁ、ギルマスにも思いっきり聞かれちゃいましたよ。
今日はいったい何なんでしょう。
いつもならここまでヘマしないのに、完全に厄日ですよ。
きっとどっかの暇な『宵闇の魔女』とかが私に呪いでもかけてんですよ!


「オレはこれから会合にでるから、しばらく受付頼むわ」
「はい、いってらっしゃいです」
「さっき聞いた話じゃこの辺にお尋ね者が潜伏してるらしい。戸締りや安全には気をつけておけ」
「イエス、マスター!」


ビッと敬礼で返しました。
ただでさえアレな子と思われてるんですから、せめて返事くらい良くしないと。
じゃあちょっと戸締りしときますかー。

裏口をみてーっと。
窓をみてーっと。
2階も確認してーっと。

うん、大丈夫です。
おや? 受付のところに誰かいますね。
急いでるのか随分息を切らしてますが。


「見かけない顔ですけど、冒険者の方ですかー?」
「ッ!」


あれ、なんかヤバくないです?
目つき、怪しくないです?
え、え、え、なんで武器を抜くんですか!


「おとなしくしろ、騒ぐんじゃねえ!」


あぁーーヤバい人だったー!
なんで今日はこうも不運ばかり続くんですか!
よりにもよってマスターは出たばかりだし!
どうしてあの丸太のお化けみたいな人はこんな時に限っていないんですか!!


「オレはなぁ、もう10人ヤってんだよ。もう1人増えたところで何も変わんねえ……」


アワワワ、完全に目つきがヤバイですよぉ。
こうして為す術もなく、無残にも私は殺されちゃうんですね。
お父さんお母さんごめんなさい。
どうやら私はここまでのようです。
せめて来世は、すっごく強い剣士にでも生まれ変われますように。


剣士に、誰よりも強い剣士に……。


 ◆

『くっ、この女つええぞ!』
『囲め囲め! サシでやりあうな、数で押し潰せ!』
『フッ、愚かな』
『ぐわああ! 化け物だぁ!』
『おい、お前ら!逃げるんじゃない!』
『我が聖剣は、悪には決して屈さぬ。非道のものどもよ覚悟しろ!』

 ◆


「おい、聞いてんのかよ!」
「なんだ。まだ生き残りがいたのか」
「え、何だコイツ。急に雰囲気が」
「逃げれば死なずに済んだものを。我が聖剣の前に塵となるがよい」
「いや、どう見てもそれホウキ」


恐怖のせいだろうか、目の前の男が不可思議な事を言いだした。
これから死体になるのだから、どうでもいい話か。
まったく、彼我の戦力差のわからん生き物は哀れだな。
子犬でさえそれくらいはわかるというのに。


「愚かな悪党よ、我が竜王剣の切れ味を堪能するがいい」
「クソが、せめて聖剣なのかそうじゃないのかハッキリ」

「いたぞ、お尋ね者ここだ! みんな、こっちだぞ!」


む? なにやら騒がしいな。
バタバタと未熟な者共が集まりだした。
群れなければこんな輩とも向き合えんとは、情けない。


「捕まえたぞ! もう逃げられんからな!」
「ちくしょう離せ! こんな最後、なんかメチャクチャ理不尽だろ!」
「アリシア、随分と無茶したな。大丈夫か?」
「フン、我に気遣いなど無用。弱者の分際で……身の程を知れ」
「あ、うん。問題ないようで安心したよ」


後日。
この一件は街中の噂となってしまいました。
ただでさえちょい有名だった私は、街で知らない人は居ないほどの有名人になってしまったのです。
両親はというと、犯罪者を捕まえてお手柄ね! 
……なんて言うはずもなく、恥をさらすなと泣かれちゃいました。
そして危ない真似はするなと、すごく心配されました、
こんな娘に育って本当にすみません。


あれからしばらくの間、顔を上げて街を歩けませんでしたよ。
色々あってもう泣きたいですが、私は受付嬢なので泣きません!
暗い顔じゃみなさんに失礼ですからね。
今日もいつものように一番の笑顔でお迎えします。
あなたもこの街に来たら、ぜひとも冒険者ギルドに足を運んでくださいね!

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