総理大臣は語りし、前世の記憶
俺には、彼女がいた。
その彼女は唯一、俺を認めてくれて。
唯一、俺の頭を撫でてくれて。
唯一、一緒にゲームをやり。
そして唯一、俺を心から愛してくれる人であった。
「何か考え事?」
全く女のカンっていうのは恐ろしいものだ。ミカエは俺がミカエの手を引っ張っている時、そんなことを聞いてきた。
「いや、前世での記憶を思い出して、ね」
「ふーん」
ミカエは怪訝そうに相槌を打った。
急いで階段を下り、城を出て、自分の血でびしょ濡れの上着を城の入口で投げ捨てた。
これから市街地へ出るんだ。何か大変なことになるかもしれないから。
コーレインはかなりの速さで走る。高速道路を走る車のように、一直線に。
しかし、こちらには強いナビがいた。
「そこ、右!」
そう、ミカエであった。
彼女は多分、並外れた動体視力の持ち主なのだろう。ヒーローにはそういった基礎的な能力は不可欠だ。
それに比べ、俺は。
なんだろう、この劣等感。
少しチート能力に頼りすぎていたのかもしれない。
少し、自分の元々持っている力だけでやってみるか。
ミカエがナビゲーションする前に、俺は道を言っていく。
「おっ、遂に目覚めたね」
「中二チックに言うなよ」
ミカエはそして、 少し中二病なのかもしれない。
<圧倒的な能力は自惚れを生み、自惚れは死を生む。>
そんなことを誰かが言っていたような。その人には感謝したい。
だって、今俺は、自分の力と運だけで、コーレインを追い詰めているから。
「くっくっ……面白い」
コーレインは路地裏に隠れていたのだが、俺達が見つけると、レイピアを俺達に渡し、ショルダーバッグからあるものを取り出した。
それは。
酒であった。
「死ぬ前に1杯、どうかね」
なんてこったい。
こういうとパンナコッタイ言いたくなるのだが。
いや、誰が釣られんだよこんなもの。
「あ、いただきます」
ミカエはコーレインから当然のように盃をもらっていた。
「なにやってんじゃ」
「何するんだ!」
「敵から貰ってるものは何かわかるかい!」
「盃」
ミカエは少し考える素振りを見せた後、手を叩いた。
「結羅も飲みたいのか」
「違う」
「知らない人から物を貰っちゃダメってママに言われなかったの!?」
「いや、逆にもらって他の人に売りつけろって」
ミカエは当然のように言う。
「カッカッカッ……まぁ小僧。まずはここまで来た君の経緯いきさつから話してみろ」
コーレインはもう酔って手拍子を鳴らす。
酔った人は好きじゃない。
まぁ経緯だけ、話してみるか。
「えっと……」
「つまり、お前はこの世界の人間ではなかった、ということか」
「そういうことになりますね」
コーレインはキラキラとした顔で言った。
まるで同士を見つけたオタクのように。
「私と同じだ」
どうでもいい。
実にどうでもいい。
お前も俺のいた世界の人だったんですね。はい。
「んでなー、私は内閣総理大臣だったんだよ」
「えっ」
第82代内閣総理大臣。山城牢関やましろろうせき。
かなりの功績を残していたのだが、部下の汚職事件が芋づる式に見つかっていき、総理大臣は責任を取って辞職。その後パパラッチやマスコミの強行取材などにより自殺をした。
マスコミ達はどうにかなったはず。悪い意味で。
コーレインは独裁政治をやっている、とアベルに聞いたことがある。
しかしそんな人がどうして。
世にいう<独裁政治>なんて。
「私は、試してみたかったんだ。」
「何が、ですか?」
「部下にとらわれずに政治をやったらどうなるか、ということだ」
「それでこんな結果ですか」
「まぁ、そういう事だ。」
コーレインは盃の酒をすべて飲み干した。
「落とし前は付ける。なぁ?私の邪魔者、そして好敵手ライバル」
「落とし前、ね」
路地裏からひょいと飛び出して来たのは。
そう、アベルであった。
「つけてやるよ、落とし前」
「さらば、だな」
アベルは腰のナイフをコーレインに渡すと、コーレインは路地裏から出て、腹をナイフでえぐった。
「ちょっと……!」
「やめとけ」
止めようとするミカエをアベルが止める。
アベルの鮮やかな青い髪が血で染まる。
「これがこいつの罪の償い。民を重い税で苦しませ、異論を唱えるものを反逆罪として処刑し。その償いは、お前達が邪魔していいものじゃない」
そのままコーレインは仰向けに倒れる。
右手で太陽に手をかざす。
「なぁ少年よ……私は……民にはどう思われていたのか……私は……」
目から出たのは血ではなく、涙であった。
「最期まで、人間らしく生きれたのか……?マスコミに道具のように使われていた時と違って……人間らしく生きれたのか……」
「……もちろんです」
俺は周りを見渡す。
大体の人間は、ニタニタとしていた。
目の前で人が死んでいるのに。
重い税で苦しんでいたとはいえ。
「……あなたは、充分人間らしいじゃないですか。今、こうして涙を流しているのだもの」
嘘だ。
こんなの、人間じゃないのかもしれないけど。
「……逝ったか」
アベルがそう言った。
「……作戦、成功か」
「そういうことだね」
ミカエが頷いた。
心の中でのよく分からないわかだまりを持ちながら、俺達は城へ入っていく────
<< 前へ次へ >>目次