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追憶せしは、前世の記憶

「俺は……死んでしまったんですか?」

「ま、そゆこと」

そのアヌビスと名乗る半犬半人の男は俺に近づく。

「僕は死を管理してるんだ。君の前世の記憶だって、当然知ってるよ」
「前世の……」

記憶。
それは、悲しくて。
それは、優しくて。
それは、悔しくて。
それは、嬉しくて。

それは。
それは。


波乱に満ちた、人生であった。



俺は18で命を落としたが、ここまで波乱な人生を送ったのは早々いないだろう、といった人生である。

「君は前世での活躍が凄まじいからね。ここまで凄い人生を送ったのは早々いないよ」

そのアヌビスは一文一句噛まずに、言ったのだ。
「君のお父さんが、死刑囚だなんて」












神というのを、信じるのだろうか。
俺は信じない。
神がいたら、俺はこんな人間じゃなかったはずだから。







この神は、何か喋らないと存在できないのか、と言うくらいの饒舌であった。
こんなのが神なのか。

「そんな記憶を掘り出して、何になるんですか」

「そりゃ、君の絶望する顔がもう1度見たいからだよ」
そのアヌビスはケタケタと笑った。

ケタケタ。
ケタケタ。
頭に残るくらいの大声で。
ケタケタと笑った。
笑いが収まると、そのアヌビスは長椅子に座っている俺の髪の毛を掴み、横から俺の顔を覗いていた。
黒い目に黒い目が映る。

「君のお父さんの死刑が確定した時と、その罪は冤罪だった時。あの時の君の絶望した顔を、もう1度見せてくれよ」











そう、あの時。

そして、もう一つのあの時。

父が逮捕された時。
その頃の俺はまだ4歳であったから、ほとんど覚えてない。

そして、父の死刑が決まった時。
俺は小学2年生であった。
母が泣き崩れ、父が法廷で凄まじい叫び声を挙げたのは、未だに頭に染み付いている。
まるで、漂白剤で浸けても取れない泥汚れのように。


そして、父が死ぬ時。
遺族の命令だろうか、俺だけ死刑の行われる場所に連れてこられた。
遺族と共に、父の死をこの目で見た。

父は、泣いていた。
父は、死刑執行の直前の面会で、俺と母に土下座をした。
どうか、俺の無実を証明してほしい、と。
そして、こんなにダメな父親でごめん、と。
結羅、全くお前の事を見てやれなくてごめん、と。
母に、全てを任せ、そして迷惑を掛けてごめん、と。

その時は俺は中学2年生であったから、鮮明に記憶に残っている。
父が土下座をしたことも。
母が泣き崩れたことも。
父が首を吊る時から尽きるまで、顔から流れていたのはよだれではなく、涙だったこと。
最期、首に紐を吊るす前に、遺族に土下座をしたことも。








そして、父の無実は俺が超難関高校に行って弁護士を目指す前に、明らかになった。

DNA検査をやっていなかったこと。
拷問のような毎日を受け、自首させるまでご飯やその他諸々をさせてあげなかった警察の人間達。



母は、その日。
俺が生まれてから初めて怒り狂った。

俺と母は、父の逮捕が決まってから山奥に引っ越し、ひっそりと暮らしていた。

中学校の時、父の罪がクラスメイトに気づかれてしまい、そのうち<悲劇のヒロイン>のような扱いを受けたり、罵られたりした。

その頃だろうか。
人を見下してしたい感情に呑まれる時が始まったのは。



母は裁判を起こし、多額の賠償金を貰った。
俺はそのお陰で学費の借金を返せたし、母も仕事を辞め、農作業などをやるようになった。

そして俺は。
大切にされ続け、大切にし続けてきた俺は。

死んでしまったのか。










「やっぱり。神様なんて、いないんですよね」

「そりゃそうだ。僕達は気まぐれだからね」

アヌビスは胸を張ってそう言った。

「……じゃあ、俺が神になって」

「?」


「あんた達<神>と呼ばれる者を全員ぶっ殺して、新しい世界を作ってやりますよ」

「面白い。それで、その後どうするのかい?」

「<人>と<神>がいない世界はどうなるのかを見てみたい」

そうだ。
争いや憎み合いしかできない人間と、その人間が信仰する<神>のいない世界を見たい。



「……単独判断だけど、やるしかないか」

アヌビスはそう呟くと、俺の頭に手をあてた。

「<こっちくんな>」



























「……ら……うら……ゆうら……結羅……!」



目が覚めると。
俺の服で涙を吹いているミカエと、<コーレイン>がいた。

「ひゅー。死んだのかと思ったよ」

コーレインはそう言うと。


俺の頭にレイピアを刺した────



のだが。

「……ん?」

「え」

生きてる。
頭にレイピアが刺さっているのに。
生きてる。
「まさか……」

あの<こっちくんな>って、あの神々の世界みたいなところにもう来るなってことか?
じゃあ、不老不死?


「こりゃ分が悪いね」

コーレインは城の窓を突き破り外へ出た。
地上から10mはあるはずなのに。

「とりあえず、追おう」

「え?……あ、うん」

色々なことがありすぎて呆然と立ち尽くしているミカエの手を連れて、城外へ駆け出す────

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