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エルフの森

 西門に着いたのは、朝になってそれなりに経過してからだった。
 朝から動く人は既にしっかり目を覚まして行動を開始している時間。
 僕は相変わらずの寝不足だった。もういっそ一周回って元気なぐらいだ。今なら三つ目のダンジョンで担当教諭だった女性教諭の隣に違和感なく立てそうだ。
 一度自分の部屋がある宿舎へと移動して荷物を置くと、着替えて皮鎧を身に着ける。

「・・・・・・」

 今更ではあるが、これ必要なのだろうか? 一応規則らしいから西門内では着けるが、外に出たら要らないような・・・脱いだら荷物になるか、忘れよう。
 外に出る為に背嚢の中身を確認する。と言っても、そこまで消耗していないので、食料と水を補充すれば準備は完了する。
 スクレさんはそう長くはならないと言っていたが、一月ぐらいすれば戻ってくるだろうか? 今日から長期遠征する予定なので、折角だし一月ぐらいは出てみるかな。
 僕は背嚢を背負うと、食料と水の補充の為に食堂へと移動する。
 一月分といっても、僕は乾パンの缶一つで五日から七日は余裕なので、食料に関してはまだ問題ないのだが、問題は水だった。

「・・・うん、まぁね」

 一月分の水を前に、僕は思う。重い軽い以前に、持ちきれないと。
 しょうがないので、持てる分だけ持って後は現地調達としよう。最悪魔法でも水は出せるし。
 全ての準備が整うと、僕は外に出て西門へと向かうことにする。
 外に出るともうすぐ昼になろうかという時間であった。そこで、責任者のバンガローズ教諭に挨拶しに行っていない事を思い出して進路を変える。
 運よくバンガローズ教諭は異形種対策本部に詰めていた。戻った事と長期調査に出向くことを伝えると、「ひ、一人ですので、き、気を付けてください」 と送り出された。どうやらちゃんとペリド姫達の事は伝わっているらしい。
 そのまま西門へと移動すると、いつも通りに門番の兵士に証明書を提示して大結界の外へと出ると、今回は異形種が集まっているという西へと進路を執る。そちらの情報も集めておいた方がいいだろう。
 進路を決めていた為に、迷うことなく足を西へと向けて動かす。今回は長期とはいえ、出発が遅かった為に昼休憩は挿まず先へと進む。
 そして夜も近くなり、大結界側からこちらが視認出来なくなるまで離れた辺りで、プラタが姿を現した。相変わらず近寄るまで気配さえ掴めない。

「私も旅の供をしてもよろしいでしょうか?」

 プラタの問いに頷くと、僕の影からフェンがぬるりと姿を現す。

「プラタ殿。創造主には小生が付いておりますれば、貴殿は引き続き警戒の任に専念されては?」
「御心配せずとも、ご主人様より直々に拝命した任である、警戒も監視も怠る事などありえませんよ」
「左様ですか。それは重畳。しかしながら、創造主の身辺警護は小生にお任せ願いたい」
「それは信頼しておりますが、一人より二人の方が何かと安心でしょう?」

 賑やかな二人を横目に、僕は夜営の準備をする。といっても、シートを敷いてその上に毛布代わりの寝袋を出すだけだが。
 まだ何かワイワイしている二人を眺めながら、僕は乾パンと水で夕食にする。それが食べ終わる頃には二人も落ち着いたようだ。
 それにしても、賑やかな二人だ事で。実力は認め合っているようなので、別に犬猿の仲という訳ではない。だから安心して見ていられるが、この二人がやり合ったら面倒な事になる。それこそ文字通り殺り合う事態になりそうだ・・・周囲を盛大に巻き込んで。
 まだ宵の口なので時間はある。折角なので、プラタにエルフ語講座の続きをお願いする。これから西へ向かうので、もしかしたらエルフに出会う事があるかもしれない。その時はプラタに通訳を頼む事になるだろうが、頼りっきりでは流石に気が引ける。
 そうして夜が更けていき、寝袋に入って横になると、久しぶりに眠る事が出来た気がする。あまりに眠いと、視線を気にする暇もないらしい。





 そして翌朝。
 まだ空が薄っすら明るいだけの頃に僕は目が覚める。

「おはよう。プラタ、フェン」

 まだ若干の鈍さを残す頭で二人に朝の挨拶をする。

「おはようございます。ご主人様」
「おはようございます。創造主」

 二人から挨拶が返ってきて伸びをひとつすると、周囲に目を向ける。プラタがシートの端で座っていた。
 一人用と二人用の中間ぐらい大きさのシートの端。それを正確に言い表すならば頭の真横。触れるか触れないかの距離にプラタの脚があった・・・人形にしては妙に人らしい脚だった。最初の頃はもっと作り物っぽかった気がするのだが、考え違いかな? まぁいいや。

「何か変わったことは?」
「特には何も」
「周囲に敵性が認められる存在は確認出来ません」

 その報告に頷くと、朝食を摂る。
 朝食を摂り終えると、出した荷物を片づけて立ち上がる。

「さて、では先へと進もうか」
「はい」
「御意に」

 二つの返答を聞きながら先へと進む。どうやらもう一人旅は望めそうにないようだ。だけど、この二人とならそれもいいと思えてしまい、我知らず頬が僅かに緩んでしまっていた。





 警戒しながら平原を進む。とはいえたまに弱い魔物を見かけるぐらいでしかなく、平原に僕達が警戒に値する敵などそうそう居はしないのだが。
 進む速度は警戒しながらでも結構速い。ペリド姫達と一緒に行動している時よりも速いのは人数が少ないのもあるだろうが、供の二人が疲れ知らずだからかもしれない。
 僕の食事量は少ないが、そんなに頻繁に摂らずとも問題ないので昼休憩は必要ない。プラタとフェンも食事要らずなので休憩を挿まずに先へと進む。
 北側と違って西側は少々森までが遠い為に、その日は平原の端さえ確認できなかった。予定では明日の昼過ぎぐらいには森に到着出来ているはずだ。
 いつも通りシートを敷いて夕食を終えると、昨日に引き続き寝るまでプラタのエルフ語講座を受けた。簡単な挨拶程度なら出来るようになったが、やはり日常会話がこなせるようになるには程遠いようだ。
 そういえば、どうやら子は親に似ないらしく、傍らで聞いていただけのフェンはもうエルフ語の基礎を大分修得していた。それの驚きが結構大きかったのか、その日は動揺してほとんど眠れなかった。





 翌朝。
 目が覚めると、隣に腰を落ち着けて僕をほとんど真上から見下ろすプラタと目が合った。

「お、おはよう」
「おはようございます。ご主人様。昨夜はあまり眠れなかったようですが、何か御心を乱すような事でも御座いましたか?」
「い、いや。大丈夫、大丈夫だよ」
「左様ですか。何かありましたら何なりと御命令下さい」
「た、頼りにしてるよ」

 ぎこちない笑みを返しながら、僕は上体を起こす。

「おはようございます。創造主」
「おはよう。フェン」

 足元で座って待機していたフェンに挨拶を交わす。

「寝ている間に変わったことは?」
「御座いません」
「そうか。ありがとう」

 僅かに頭を下げたフェンを見て、僕は視線を周囲に向ける。
 そこには昨夜と変わらない風景が広がっていた。視線を空に向ければ、少し雲量の多い暗い空が視界を埋める。

「今日には森の中か。何事もなければいいけれど、そうもいかないよな」

 異形種が集結中なのは、平原側からみて森の反対側の外縁部。つまり、もし確認するのであれば一度森を抜けねばならない。
 そう言葉にすれば簡単だが、別に森の中が安全という訳ではない・・・エルフの里はこの森の中にもあるらしいし。
 エルフと人間は表向きの交流はないのだが、非公式には一応細々とした交流が存在していたらしい。しかし、それもかなり前に奴隷売買の影響で関係が悪化してしまい、ほとんど無くなったと聞く。
 詰まる所、エルフは人を嫌っているということだ。遭遇すると面倒な事になるな・・・エルフ語も大して修得できていないし。
 少し気が重くなりながらも、そこで供の二人に視線を向けて思い出す。この中で人間は自分だけだった事に。

「・・・・・・」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ」

 エルフに遭遇したら僕だけ距離を取ればいいような? 幸い二人ともエルフ語が出来る訳だし・・・。
 少しだけ寂寥感を抱くも、まぁいいや、最善を尽くす方がいいに決まっている。
 頭を切り換えて朝食を摂ると、荷物を片して立ち上がる。

「とりあえず森まで行こうか」
「はい」
「仰せのままに」

 フェンが影に潜ったのを確認してから、歩みを始める。そのまま森まで何事もなく進み、予定通りに昼過ぎには森に到着した。
 その森の木々の葉はまだ青々と茂っていて、地面は固い。
 漂う香りは清涼感があるものの、どことなく物騒な雰囲気に満ちている。
 その張りつめた空気に気を引き締めると、僕達は森の中を進む。
 広大な森の外、現在地からかなり離れた場所に異形種らしき反応が多数確認出来る。
 それに森の中にも様々な反応が多数存在している。こちらを観察する視線も複数向けられている。

「あんな森のすぐ近くに集結していて、大丈夫なのかね?」

 自分の眼で魔族軍の集結地点を確認して、そう感想を抱く。
 魔族軍が居るのは森の目と鼻の先。森で生活する者にとっては許容出来ない距離だろう。

「小競り合いはありますが、今のところ大丈夫のようですね」
「小競り合い?」

 初めて聞く事に、僕は首を傾げる。

「はい。魔族軍が集結を始めてからはエルフの集団が散発的に襲撃しているようです」
「結果は?」

 そこに魔族軍が健在である以上聞くまでもないのだろうが、勝手に推測するよりも、知っている者が目の前にいるのだから、プラタの口から聞いておいた方がいいだろう。

「芳しくはありません。エルフ側はそれなりに死傷者を出しています」
「異形種はそんなに強いの? 魔族軍側の損傷は?」
「ほぼありません。異形種というよりも、本陣を守っている魔族が強いようです」
「魔族、ね」
「少数ではありますが、実力者の集団ですね。異形種相手ではエルフ達も引けは取らないのですが」
「そうなの?」
「目安ですが、平地でオーガやオークなどの異形種三人から五人が連携を取ってエルフ一人と対等ぐらいです」
「ほぉ」
「ですから今回の襲撃がうまくいかないのは、相手が異形種ではないからというのも大きいのです。後は、障害物の少ない森の外に引きずり出されているのも敗因でしょう」
「集結は囮、ね。面倒そうな相手だ事で」

 おそらくその魔族とやらの一人は、あの奴隷売買の会場に蜘蛛を送り込んだヤツなのだろう。ならば、あの取り囲んでた異形の者は魔族だったのか?
 僕は多少興味を引かれつつも、木々の合間から空を見上げる。

「そろそろ夕陽も沈みそうだな」

 地面にシートを敷いて寝袋を出すだけとはいえ、敵地に等しい森の中でわざわざ余分な荷物を出す訳にもいかないので、僕は背嚢を足元に降ろして近くの木に背を預けると、木の根の間に腰を落ち着ける。その横には当然のようにプラタが腰を下ろした。
 警戒をプラタと影の中に潜むフェンに任せて、僕は背嚢から乾パンと水を取り出して夕食とする。
 森の浅い部分だからか、それとも監視だけが目的なのか、その間に敵襲も無ければ接触もしてこなかった。

「何も無ければそれに越したことはないけどね」

 取り出した乾パンの入っている缶と水筒を背嚢に仕舞うと、背を預けている木に体重をかけて息を吐く。
 森の中だからか、頬を撫でる夜風がいつもより冷たくて、一日動いた身体には気持ちがいい。

「現在のエルフ達には、ご主人様にちょっかいを出す余力がないのでしょう。まぁご主人様に手を出すというのであれば、我々は微塵の容赦も致しませんが」

 ジッとこちらを見上げているプラタの言葉を聞きながら、若干苦笑いを浮かべつつ、現状を再確認する。
 現在地はエルフの里が集まる広大な森の中。ここまで三日で辿り着けたのだから、驚異的な速度だろう。普通は早くとも七日以上は掛かる道のりだ。
 そして、この広大な森を抜けられた人間はかなり少ない。森の脅威は何もエルフだけではないのだ。とはいえ、この辺りの最大の脅威はやはりエルフだが。
 人類は当面の目標として森の手前、平原の全てを自分達の生活圏にしようとしている。その為、この方面の森の支配者であるエルフとの友好的な関係の構築を何代か前の皇帝から模索しているらしい。奴隷売買の禁止はその一環だとか。
 だけど、現状もエルフ側との国交が断絶に近い事から分かるように、全ての政策が上手くいってはいない。まぁ、エルフを奴隷としての売買がまだ裏で行われているのだから、そう容易くいかないという事だろう。
 つまり、ここに人間が入ると高確率でエルフに見つかり排除されるという事だ。僕が監視されているだけなのは少人数なのもあるのだろうが、プラタの言葉通り、単に相手をする余裕がないだけだろう。
 それだけ森の外に居る魔族に苦戦しているという事になるが、相手はまだ集結中の軍隊でしかないのだ。本格的な侵攻はもう少し後になる。戦場は森の中で、相手は魔族ではなく異形種とはいえ、エルフ側に勝ち目があるのかどうか。
 そういうのを含めて調査するのが、僕がここに居る理由なんだけれどもさ。
 二十日辺りを一応の期限として決めてこの森を探索する事としよう。念の為エルフを刺激しないように、出来るだけ接触しない方がいいだろう。
 二十日でも確実に足りなすぎるこの広大な森のどこから調べようか。というか、魔族軍に近づきながら進むにしても、二十日で森の端から端まで往復できるかな・・・きっと無理だな。
 そう考えながら、こちらを見ているプラタに目を向ける。直接確認出来なくてもプラタが居れば最悪何とかなるかな。
 それにしても、元々打ち捨てられた人形であったはずなのに、今では結構生者のような見た目に近づいてきている。表情はほとんど無いけれど。
 そんなプラタを見詰めていると、どことなくその愛らしい見た目に妹が重なり、手持ち無沙汰もあって思わずその丁度いい位置に在る頭を撫でてしまう。
 それにプラタは特に反応も見せず、視線を外さずにされるがままに撫でられる。

「いつもありがとう。助かってるよ」

 影の中にフェンが居たり、おそらくエルフだろう相手に監視されているけれど、折角二人きりなので日頃の感謝も告げる。妹のようだと思えばそんな言葉も自然と口をついて出た。

「ご主人様の為でしたらこの程度、当然の事で御座います」

 僅かに目を細めて微かに口の端を持ち上げたプラタは、そうどこか照れたように口にする。よくよく見ていないと判らない変化ではあったが、少しだけそんな生者のような反応をみせたプラタに、僕も和やかな笑みを返す。
 暫くそのままプラタの頭を優しく撫でながら見つめ合い、手を離すと、どことなく残念そうな雰囲気をみせたのは気のせいだろう。

「さて、今日も昨夜の続きをお願いできるかな?」

 小さく手を叩いて空気を換えると、エルフ語の勉強を始める。
 エルフ語は文体が人間が使う言語に割と似ているので覚えやすくもあるのだが、逆にそれで混同してしまう部分があり混乱の元になってしまうのが悩ましい。
 それでも連日のプラタの講義のおかげで、一応は聞き取るぐらいは出来るようになってきた。発音の難しさもあって満足に会話するのはまだ難しいけれど。
 しかし、今日のプラタはいつも以上に楽しげにみえる。ホント、プラタには感謝しないといけないな。
 夜も更けてくると、エルフ語の授業を終えて睡眠を取る事にする。これから長期戦になるかもしれないので、余裕がある今のうちに眠らないと、どこかで限界がきてしまうかもしれない。
 警戒は睡眠が不要の二人に任せるが、念のためにフェンは影に潜ませたままにしておく。
 しかし、食事睡眠不要。疲労も溜まらない身体というのは羨ましい限りである。人形の身体がどれだけ保つのかは不明ではあるが、二人とも寿命というものが無いので、実質不老不死だろう。まぁ殺されれば死ぬのだろうが、この二人に限ってそうそう敵がいるとも思えないし。
 静かな森の中で木に寄りかかって目を閉じると、ゆっくりと意識が沈んでいく。もはやプラタの視線にも慣れてきていた。





 翌朝。
 まだ薄暗い森の中で目を覚ます。

「おはようございます。ご主人様」

 隣でこちらを向いたまま綺麗な姿勢で座っているプラタが、僕が起きた事に気がついて起床の挨拶をしてくる。

「おはよう。プラタ」

 それに僕はそう返しつつ、自分の影の辺りを軽く叩いて小声で挨拶をする。
 魔物創造で創造した魔物と創造主の間には目に見えない繋がりが存在している。それは魔力のやり取りが出来たり、程度の差は激しいが創造主側は魔物を通して世界をみる事も可能だ。勿論意思疎通も出来る。
 そのはずなのだが、まだ馴染んでないのか、それとも不慣れだからか、はたまた不可能なのか、まだプラタとするような意思疎通がフェンとは出来ていない。フェンを通して世界をみるのもまだ上手くいっていないが、魔力のやり取りだけは出来ている。せめて言葉を発さなくとも意思疎通はしたいのだが、どうすればいいのか・・・。
 そんな事を考えながら朝食を食べていると、ふと隣に座るプラタが視界の端に映り、同調魔法の時にこれで道具要らずだと言っていたことを思い出した。

「なぁプラタ。この前道具を介さずとも意思疎通が出来るようになるって言っていたけど、あれはどういう事?」

 昨夜からずっと視線をこちらに向けているプラタにそう問うと、直ぐに答えが返ってくる。

「元々ご主人様に言葉を伝えてる手段に魔力を使っていました。あの道具はご主人様と私を魔力の糸で繋げる役目以外にも、二人の波長を調整するための変換機のような役目もあったのです。しかし、現在ご主人様と私は一度魔力の大半を共有したことにより、繋がりが生まれています。加えて、もうご主人様は私と波長を合わせる事を意識せずとも自然に出来るまでになっていますので、後は意思をお伝えしてくださる際に糸を意識して頂ければ可能だという事です」
「なるほど。副産物でも十分役に立つな」
「いえ。確かにこれは同調魔法を行える者ならば可能になる事ではありますが、しかしこれは糸を理解できる事が必要になってきますので、本来はそう易々と出来るようなモノではありません」
「あー、なるほどね」

 糸、つまりは魔力の繋がりだが、これは精神干渉系の使い手であれば理解出来る者は多いだろう。しかし、それ以外はかなり厳しい。精神に混在している訳ではないので、訓練次第では可能かもしれないが。ただ、例外として創造した際の繋がりがある。あれは創った側にとっては創造の一部らしく、自然と解るらしい。
 そうすると、僕がフェンと意思の疎通が出来てないのは波長が合ってないから? 魔力共有が弱いから? でも、フェン自体が僕の魔力から生まれたものだしな、波長を合わせてみるか。
 僕は荷物を片付けると、フェンに意識を向けてその魔力を感じる。

「・・・・・・ほぉ」

 本当にごく僅かではあるが、波長が違っていた。
 自分から生まれた存在が独自に力を得ているというのは、成長とでもいえばいいのか進化と評するべきなのか悩みどころではあるが、何となく嬉しく、それでいて興味深かった。
 それに合わせて改めて意識を向けてみると、繋がったような感覚を覚える。

『おお! これは創造主では御座いませんか!』

 それと同時に頭に響くは、やけに渋くて威厳のある良い声。

『おはよう。フェン』
『おはようございます! 創造主!』

 目の前に居たら飛びついてきそうな程に感激した声で返事がくる。
 影の中に居続けるというのはそんなに寂しい事なのだろうか?

『影に居ながら創造主の玉音が耳に出来ますとは! 小生感激で胸が詰まる思いです!』

 何だろう、こう言っては何だが、やっぱり非常に面倒くさい性格してるなー。創造した魔物って全部こんな性格なのだろうか・・・。

『う、うん。元気そうでよかったよ』
『勿論で御座います! いつでも創造主のお役に立てまする! それで、今日はどのような御用件でしょうか?』
『ん? いや、ただ挨拶したかっただけだよ』
『なんと!』

 そこでフェンが息を呑んだような気配がする。あーうん。言い方を間違えた気がする。

『こんな取るに足らないような小生めにもお情けを掛けてくださるとは、なんと慈悲深き御方! このフェン! 改めまして生涯を創造主に捧げる事をここに誓いまする!』
『あ、ありがとう』
『はは! 勿体なきお言葉!』

 そこで意識を戻す。なんかどっと疲れた気がする。

「御疲れ様です。ご主人様」

 隣でペルダが頭を下げる。流石に何をしていたかは解っているようだ。会話の内容までは判ってないと思うけど。

「これぐらいは当然さ」

 創ったとはいえこんな自分を慕ってくれいるのだ、それには真摯に向き合いたいとは思っている。

「さ、行こうか」

 僕は片手を軽く服で拭うと、手触りのいいプラタの頭を一撫でしてから立ち上がる。背嚢を背負った頃にはプラタも立ち上がっていた。
 それを確認すると、まだ薄暗い森の中を進む。それにしても、ずっと監視しているが、あれも大変だろうな。
 そう思いながら木を避け、根に注意しながら固い地面の上を歩く。
 まだ水には大分余裕はあるけれど、早いうちに湧き水でも見つけられればいいな。
 しかし、森の外では小競り合いがある割には森の中は静かである。まだこの辺りには不穏な空気も漂っていない。
 エルフの里はエルフが沢山集まっている場所だとすれば、この辺りには里が無いからだろうか? それにしては、動物の姿も虫の鳴き声さえ聞こえてこないというのはおかしいような気がするのだがね。もう少し、周囲を調べながら進む事にするかな。
 警戒を強めると言っても、速度を緩めるわけにはいかないので、探知魔法も使用しながら森の中を突き進む。
 とはいえ、プラタとフェンの眼を掻い潜れるモノがこの辺りに存在するとも思えない。この二人にかかれば魔力の量どころか有無さえ関係ない気がする。
 それにしても結構な速度で移動してはいるのだが、それでも監視の目が外れないのは、流石は森に住むエルフという事か。
 昼も休まず突き進み、もうすぐ夜になる。どうせそこらで座って休憩するぐらいなので、完全に空が藍色に染まるまで進むとしよう。
 正直、食事は一食摂れれば二三日は余裕で保つ。
 慣れない森の中の移動だが、大して疲労は感じないし、暗闇も暗視で視れば昼間と大差ない。
 完全に夜になり、僕は近くの木の根元に近づくと、背嚢を足元に置いて木の根の間に腰を落ち着ける。
 背嚢にぶら下げていた水筒から水を二口飲むと、隣に座るプラタにエルフ語講座を頼む。使う事があるかは不明ではあるが、学習というモノはそれだけで気休め程度にはなる。知識欲を満たす充足感は、僕にとっては独りで居る至福の代替品なのかもしれない。
 プラタの語学講座を終えると、僅かな時間睡眠を取る。
 異形種が集結している地点はあまりに遠い為に、往復二十日は明らかに無謀。普通だと片道二十日どころかその倍でも不可能な距離である。それを踏破しようとしているのだから、休憩時間を取るのもおしい。だがしかし、残念ながら僕は人の身、休まねばやっていけないのだ。
 まぁ正直、約一月の調査は目安でしかなく、明確な期限は設けていない。バンガローズ教諭にも一月を目安にするが、おそらくもっと長くなる旨は伝えてある。
 ぺリド姫達の事を念頭に置いての一月設定に過ぎないのだが、そもそもそちらの期限がよく分かっていないのだから。
 それでも一応の期限は決めておいた方がいいだろう。だらだらやっていてもしょうがない。
 数十分程寝ると、起床して移動を開始する。
 真っ暗な森の中をひた進むが、こういう時ぺリド姫達ではなくプラタやフェンと一緒なのは気を遣わなくていいので気が楽だ。なにせ三人の中で僕が一番劣っているのだから、自分に合わせて休憩や移動をすればいい。まぁこの二人に休憩は要らないんだけれど。





 そんな調子で周囲を警戒しながら進む事八日目。
 流石に片道十日じゃ無理だなーと、往復二十日は諦めた。
 現在地は、平原側の森の入り口と魔族軍が集結している森の出口の中間地点の手前。
 ほぼ不眠不休で進んでいるというのに、変わらず監視が続いていて、それには素直に感心した。
 それにしても、この森に入ってから一度も動物の姿を目にしていない。危険を察知して逃げたのだろうか?
 そんな事を考えながら、僕は往復二十日を諦めた事でゆっくりと朝食を摂っていた。

「あの監視いつまでくっついてくるんだろうね?」

 水を飲んで朝食を終えると、荷物を戻しながら何とはなしにそうプラタに話しを振った。

「御不快でしたら今すぐにでも排除致しましょうか?」
「え?」

 そんな物騒な返答に、僕は驚いて思わずプラタの方を振り向いてしまう。

「こちらを監視し続けているあのエルフです。ご主人様が御不快でしたら今すぐにでも排除致しますが?」
「い、いや、必要ないよ。そんなことしたら余計な軋轢を生みかねないし」
「左様ですか」

 そう言って軽く頭を下げるプラタ。サラッと恐ろしい子だよ。

「そ、それにしても、なんでこんなに動物がいないんだろうね? 逃げたのかな?」
「動物ですか? それでしたら大半はエルフ達が別の場所に移したようですよ」
「そうなの?」
「はい。この辺りにもまだ少数居るようですが、大半はここから離れた森の中に移されています」
「それはそれで大変そうだね」
「そこは精霊に協力してもらっているようです」
「へー」

 精霊の眼を使えるようになってから分かった事だが、精霊というモノは本当にどこにでもいるようで、人間界にも平原にも森にもどこででも見掛けた。また数も多く、小さい球体の精霊が大量に浮遊している。
 しかしプラタ曰く、その小さな球体の精霊では精霊魔法も使えないし、会話も満足に出来ないらしい。
 エルフが精霊魔法を使う場合に力を借りる精霊は、人間の大人ぐらいの大きさがあるとか。最低でも子どもぐらいの大きさがないと大して魔力を使えず、意思疎通も上手く出来ないみたいだ。
 精霊は見た目は人間のような姿のモノから、名状し難いよく解らない姿のモノまで、様々な姿の精霊が居るらしいのだが、僕はまだ子どもサイズの精霊にすら出会った事がない。この森でエルフに力を貸しているような大きさの精霊を視ることが出来るだろうか? それは少し楽しみであった。

「そういえば、プラタはその人形に入る前は小さな球体だったけれど、こうやって普通に会話できてるよね?」
「私は精霊ではなく妖精ですから」
「まぁそれはそうなんだけど・・・」

 その質問に、プラタはどことなくムスッとしたような雰囲気なる。

「そうだね、プラタは精霊じゃなく妖精だ。一緒にして悪かったよ」
「・・・いえ、解っていただけたならばそれで」

 そうは言うものの、どことなく拗ねているような気がして、どうしようかと考える。こんな事態は妹達相手にしか経験ないんだけど。
 困りつつも、プラタの頭を優しく丁寧に撫でながら、目線の高さを下げて視線を合わせる。 

「ごめんね。プラタ」
「はい」

 それでいつもの雰囲気に戻った気がするプラタへと微笑みかける。

「じゃあ、そろそろ出発しようか」
「はい」

 僕とプラタは立ち上がると、森の出口へ向けて歩き出した。そういえば、この監視は森の中に居る間中続くのだろうか。

しおり