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三番目のダンジョン

 三つ目のダンジョン。それを攻略出来た者が次の学年に上がることが出来ると言われている、一年生最大の難所にして、最後のダンジョン。
 その一年生最後のダンジョンの入り口は山の中にあった。
 ジーニアス魔法学園の敷地内にあるその山は学び舎や寮よりも高いのだが、単なる山としてみれば小高い程度の山で、全体を木々が覆っていた。
 その山の中腹にポッカリと空いた洞窟の入り口のような場所。そこが、三つ目のダンジョンへと続く入り口らしかった。
 その入り口となる洞窟の前に集まった、二つのダンジョンを攻略した生徒たちの中に僕達は居た。

「これで全員なのでしょうか?」

 集まっている面々を確認したぺリド姫が首を傾げる。
 この場に集まっているのは、僕達を入れても五十人に届くかどうかという程度。一年生の総数を考えればとても少なく、ぺリド姫が疑問に思うのも無理はなかった。
 しかし、実際はこれでも多い方らしいのだが、それでも魔法の基礎の授業が終わって直ぐに進級出来るのは、それまでに再挑戦するのを考慮しても、この半数程度居ればいい方なのだと聞く。
 ちなみに、僕達の五人パーティーは、集まっている生徒達の中でも最小のメンバー数であった。
 そんな生徒達が醸し出すピリピリとした緊張感が場に漂う中、ふらふらとした足取りで、今回の三つ目のダンジョン担当教諭が姿を現した。

「は~~~い。では注目です~~~」

 生徒達の前に立った教諭は、ぶかぶかの白衣のようなものを羽織った背の低い女性であった。
 その女性教諭は身体をゆらゆらと揺らしながら、袖が余って隠れている手で眼鏡を直しつつ、眠たげな声で生徒の耳目を集める。

「それでは~~~、これから皆さんに~~~、ここのダンジョンに挑戦していただきます~~~」

 まるで連日の徹夜明けの様なその有様を目にして不安を覚える生徒達をよそに、淡々と説明を続ける教諭。
 よく見ればその目はどこか遠くを眺めているような、焦点の定まらない虚ろな目をしていて、少々どころではない不安を僕も覚える。こんな状況では、説明何て全く頭に入ってこない。
 念のためにと生徒手帳を読んでおいてよかったと、この時ほど感じた事はなかった。
 教諭の説明が終わると、前回のダンジョン同様に、時間を置かずに順番にダンジョンに入っていく。
 今回のダンジョンは入るパーティー毎にその形を変えるらしく、中で他のパーティーに遭遇するという事はない。という説明が生徒手帳に書いてあった。
 鬱蒼とした森にぽっかりと開いた口の様なダンジョンの入り口。その不気味さは、挑む者の不安を煽るには十分で、皆一様に緊張した面持ちでダンジョンの中へと入っていく。
 そして、順番が来て僕達もダンジョンの入り口を過ぎると、一瞬視界が歪んだような感覚に襲われ、どこかの地下室の様な場所に飛ばされる。
 そこは整備された部屋のようで、壁には赤々と燃え盛る火の点いた松明が複数取り付けられ、暗い室内を照らしていた。

「あれは本物の火なんでしょうか?」

 松明を見詰めながら、マリルさんが首を捻る。

「本物だと思いますが、本物と言っていいんでしょうか?」
「どういう事ですか?」
「魔法の光ではなく本物の火ではあるのですが、この空間自体が魔法で構築された空間なので、あの火を本物と言ってもいいものかどうか悩みどころなのですよ」

 僕の言葉に、マリルさんは興味深げに火を見詰める。確かにこれは中々お目にかかれないものかもしれない。そもそもダンジョンに入るという経験からして滅多に出来るものではないけれど。
 二人でそんな話をしている間に、ぺリド姫達は部屋にひとつだけあった扉を調べていたらしく、「先に進みましょう」 と声を掛けられる。
 その言葉に、慌ててマリルさんと一緒にぺリド姫達の後を追って部屋を出ると、そこは土を固めて造られた通路であった。
 ひんやりとした空気にカビ臭い土のにおいが混じったその空間は、何故だかほんのり果実の様な甘い香りが漂っていた。
 僕はほんの少しその匂いの正体を探りたくはあったが、道が一本だからかぺリド姫達が先に進みだしたので、そういう土のにおいもあるのだろうと独り納得することにする。
 廊下にも等間隔で火の点いた松明が設置されていて、その明かりのおかげで暗視は必要ないようにも思えたが、そう広くない廊下でも火だけではどうしても薄暗い為に、念のために暗視も併用して移動する事にした。
 暫く歩くと、廊下の途中に別の扉が現れる。しかし、廊下はまだ先に続いていて、入るかどうかパーティーで相談する。

「どういたしましょうか?」

 ぺリド姫の問いに、視線を扉の先に向ける。魔力視で視る扉の先は寝室のようで、外から視る限りでは特に気になるようなものは感じられなかった。
 その事を伝えると、少し話し合ってから中を確認だけしてみることに決まる。
 扉には鍵も罠もなく、ドアノブを捻ると大した抵抗も無く扉は開いた。

「本当に何もありませんわね」

 室内には、毛布どころかマットレスさえ置かれていない三基のベッドが並んでいるだけで、他には壁に火の点いていない松明が設置されているぐらいであった。
 念のためにとその部屋を軽く探索したが、やはりこれといって目ぼしい物は見つからず、僕達は早々に探索を切り上げて通路に出る。

「あっちでしたよね?」

 マリルさんが指さした方角を確認して頷くと、隊列を整え直してから僕達は更に先へと足を踏み出す。
 警戒しながら通路を進む僕達の耳に、ガシャリガシャリという金属同士が擦れる様な音が廊下の奥から聞こえてくる。
 その音に仄暗い通路の先を凝視すると、肩や胸など要所要所に金属の板が付いているだけの鎧を纏い、左手には上半身が隠れるぐらいの盾を、右手には所々が欠けたボロボロの剣を持った白骨の戦士三体が、前衛一体、少し離れて後衛に二体という隊列を組んでこちらに向かって歩いて来ていた。

「あれは魔物・・・何ですかね?」

 戦闘態勢を取りながらも首を傾げるマリルさんの背中を視界の端に捉えながら、僕もこちらに迫りくる白骨の戦士に内心で首を捻る。
 観察した限りではあるが、白骨の戦士は魔物ではなく、魔法で白骨を動かしているだけのようであった。とりあえず表現するならば、糸操り人形といったところか。
 しかし近辺には操り手となるような存在は確認できず、糸となる魔力も、何故だか途中で切れていた。
 そんな不可解な存在ではあったが、それでも向こうが襲い掛かろうとこちらを窺っている以上、戦闘は避けられそうにはなかった。言葉が通じるかも疑わしいし。
 それに、このダンジョン自体が魔法で創られた場所であるならば、こういう存在が居てもおかしくないのかもしれない。仮説だが、操り手がこのダンジョンであるならば、白骨の戦士は空間から魔力を供給している可能性もあった。

「開幕の一撃を放ちますわ!」

 ぺリド姫が初手の一撃を与えるべく魔力を練ると、程なくして魔法が完成し、眩い白光の一撃が白骨の戦士達を襲う。それは(ひじり)系統に属する珍しい魔法であった。
 聖系統は一般的に雷系統の応用魔法で、雷系統自体が主に風系統と火系統の応用魔法であるので、応用の応用。つまりは二次応用魔法なのだが、聖系統は魔法の掛け合わせが特殊で高度な技量が必要な為、その難易度と威力から最低でも中級の上位等級に位置づけられる系統の魔法であった。
 そんな魔法が扱えるというだけで、ぺリド姫の実力は推して知るべしというやつなのだが、その威力もまた中々に強力であったようで、直撃した前衛の白骨の戦士は一瞬で消え去り、後衛の二体も余波で所々欠損が目立っていた。
 そこに間髪を容れずに飛び込んだぺリド姫の従者部隊三人によって、残っていた二体もあっさりと掃討される。
 どうやら僕の仕事は無かったようだ。

「呆気なかったですね」

 足元に転がる骨を剣先で突ついて安全を確かめると、マリルさんは拍子抜けして肩を竦める。
 未知なる敵だけに、必要以上に警戒していたのだろう。他の従者の方々も、どこかホッとしたような呆れたような表情を浮かべている様に見えた。

「でも、被害が出なくて良かったですわ」

 胸に手を当て安堵の息を吐くぺリド姫に「そうですね」 と、従者の三人が賛同する。

「さ、それでは歩みを再開させましょうか!」

 一応ケガなどしていないかを簡単に調べた後に、隊列を整え、僕達は更なる通路の先へと足を向けた。


 小暗い廊下の終点は、天井から光射す広場であった。
 広場と言っても、その大半は水たまりに占拠された湖のような場所で、その先に進む為の道はどこにも見当たらなかった。

「ここからどうすれば・・・」

 ぺリド姫の困った声を聞きながらもう一度周囲を見渡すと、湖の底に道らしきモノを発見する。しかし、そう事は単純ではないらしく、道と一緒に湖の中を泳ぐ巨大な生物の存在も複数体感知する。
 その事を四人に伝えると、困ったようにキラキラと光を反射させる湖面を覗き込む。
 しかし、覗き込んだ湖面は不自然なまでに光を反射させていて、そのあまりの眩しさに、外からではあまり水中を見通せそうにはなかった。おそらくそういう仕掛けなのだろう。
 水中を進む魔法もあるにはあるのだが、それは大量の魔力を消耗するために心身に掛かる負担がもの凄く、とても水中でまともに戦闘が行える様なものではなかった。
 今来た道には他へと通じる分かれ道も無かった為に、このままでは手詰まりとなりそうではあった。しかし、たまに忘れてしまいそうになるが、ここは学園が用意した訓練施設である。ならば、こういう場所にも進む為の方法というものが存在しているはずであった。
 僕達は悩みながらもそれを探索したのだが、これといった仕掛けも見当たらず、どうしたものかと頭を使う。
 そんな時に何とはなしに天井を見上げて、僕はそれに気づいた。

「あの天井の光は穴から漏れてるんですねー」
「そうですね?」

 言葉の真意が伝わらなかったようで、可愛らしく小首を傾げたぺリド姫が僕を見上げてくる。

「あの天井の穴から先に進めませんかね?」
「ああ、なるほど! ですが、あそこまで飛行できるかしら?」

 穴は湖中央の真上に空いていて、そこまでは飛行魔法を使わなければ辿り着けそうにはなかった。
 しかしこの飛行も魔力の消耗が多く、更には自在に飛んで移動するには相応の慣れが必要であった。

「無理そうですか?」

 僕の問いに、ぺリド姫は近くに居た従者の三人を眺めながら考える。
 この場に縄などの登るための道具は持ってきていないので、他に方法があるとすれば、誰かが連れて行くか、壁に張り付いて移動するしかないだろう。どちらも大変だけれど不可能ではないし、技術次第では後者の方が飛行よりも断然楽であろう。

「飛んでいく分には問題ないのですが、私達ではその、到着後の暫くは使い物にならないと思いますわ」

 申し訳なさそうなぺリド姫に、僕は先程の考えを伝える。

「それでは大変申し訳ないのですが、可能ならば私達を連れて行ってくださいませんか? 当たり前ですが、私達もオーガストさんの負担を軽減する為に飛行魔法を使用しますので」

 ぺリド姫の返答を聞いて、自分で提案しておいて何ではあるが、本当にいいのだろうか? という考えが頭を過る。この場での連れて行くというのは、運ぶの方が語感としては正しく、つまりは手を繋ぐというより持ち上げることになると思うのだが・・・。
 僕が困惑して出来た間を迷惑しているとでも取ったのか、ぺリド姫は叱られた子どもの様な上目遣いでこちらを窺うと、弱弱しい声で「ダメでしょうか?」 と問い掛けてくる。
 何故だか最初にあざといという言葉が頭に浮かんだが、それを頭の外に追いやると、覚悟を決めてぺリド姫の提案を受け入れる。

「で、では、まずはどなたから?」

 僕の言葉に、マリルさんが先に名乗り出る。流石に、未知の場所へいきなりぺリド姫を送ることは出来ないらしい。
 マリルさんにどう運ぶかを尋ねると、背負って飛ぶ事に決まり、僕はマリルさんが乗りやすいように背を向けて屈んで「どうぞ」 と肩越しにマリルさんの方を向く。
 そこで改めて目にしたマリルさんは、幼子の様なくりっとした丸く大きな目に小振りの唇、丸みを帯びた輪郭も相まって、同い年とは到底思えない童顔であった。
 ああ、彼女は僕より早く生まれているので、一応年上になるのか。そうは思うのだが、背の低さも尚の事彼女を年若く感じさせている一因で、着ている制服はゆったりめのサイズなのだが、それがまた親の服を無理して着た感があり、幼さに拍車を掛けている気がした。
 そんなマリルさんに妹達を思い出しつつ、僕が顔を前に向けると、マリルさんが躊躇いがちに背に乗ってくる。

「・・・・・・」

 背中に感じる二つの柔らかな感触に、僕は一瞬、身を固くする。

「どうかされましたか?」
「い、いえ大丈夫です!」
「そうですか?」

 不思議そうな声を出すマリルさんに内心で謝りつつ、意外にある・・・じゃなくて、意識を内に集中する。人を乗せての飛行なのだ。いくら相手も飛行しているとはいえ、集中しなければ墜落する恐れがある。魔法とはそれぐらい精密な魔力運用が必要なのだ。
 僕は飛び上がると、天井に空いている穴目掛けて飛翔する。幸い、目に入る天井の光はそれほど眩しくはなかった。ということは、湖面の光は水中からか、湖面そのものが光っているのだろう。それか、水中の生物の仕業か。
 見える範囲ではあるが、穴の先には松明などの光源となるものは無いようで、天井から漏れていた光の正体である輝く石だけが、辺りを照らす唯一の光であった。

「それでは、次の方をお連れしてきますね」
「はい、よろしくお願いいたします」

 周囲の様子を窺いながら、マリルさんを慎重に床へと降ろすと、僕は次のメンバーを運ぶために穴から外に出て行った。





 穴から出ていくオーガストを見送ったマリルは、そっと自分の胸に手を当てる。

「・・・・・・」

 自分のとは思えぬほどにうるさく脈打つ心臓の鼓動を感じながら、オーガストに鼓動を聞かれはしなかったかとマリルは心配になり、ぎゅっと胸に当てた手を握った。
 しかし、直ぐにオーガストが戻ってくるまでには平静を取り戻しておかないといけないと思い至り、マリルは数度深呼吸を繰り返す。それでも、直ぐには赤くなった顔は戻りそうにはなかった。
 程なくして、オーガストが次のメンバーを背に乗せて戻って来た事で、マリルはまだ朱に染まったままの顔を隠す為に、慌ててオーガストに背を向けた。





 二人目のアンジュさんを天井の穴の先に運ぶと、先に運んだマリルさんはこちらに背を向けて辺りを窺っているようだった。周囲の警戒でもしているのだろう。
 僕も一度周囲を警戒して安全を確かめてから、三人目を連れてくるために天井の穴から下へと降りる。
 次に運ぶメンバーはぺリド姫であった。
 従者の方々は、こんな場所に僅かな時間でもぺリド姫を一人にすることはどうしても避けたいらしい。

「すいません。足を引っ張ってしまって」

 飛翔して直ぐ、背中から届く申し訳なさそうな声に、僕は首を横に振る。

「これぐらいどうという事はないですよ。それよりもどうですか? 私の背中の乗り心地の方は?」

 意識を内に集中している為に、そんな冗談も何とか言える。そんな事でも言わないと変に意識してしまうからという訳ではない。断じてないぞ! ・・・・何を自分で自分に言い訳をしているのだろうか。
 そんな内なる葛藤を繰り広げていると、背中から「う~~ん」 と、考える様な声が聞こえてくる。

「中々良いですわよ。ずっとこうしていたいぐらいです」

 そう言ってぺリド姫が首に回している手に力を込め、背中に更に密着したのを感じた僕は、思わず身を固くしてしまいそうになるのを必死に堪える。
 そんな僕の耳元に「ふふふ」 という楽しそうな笑い声が届いた。

「さぁ、着きましたよ」

 そんな僅かな時間の戯れが終わるのを少し残念に思いつつ、慎重な動作で床に降りた僕は、先に運んだマリルさんとアンジュさんの手を借りて、ぺリド姫を背中から丁寧に降ろす。

「そ、それではもう一度行ってきます」
「はい。よろしくお願いしますわ」

 ぺリド姫達に見送られながら、僕は再度床の穴から下へと降りる。
 少しして、スクレさんも無事に運び終わると、僕達は一旦隊列を整えた。
 ぺリド姫が僕の体調を気遣ってくれたが、精神的にどっと疲れた事以外には特に何もなかったので、休息は必要ない旨を伝えると、心配そうにしつつも肯いてくれた。
 天井の穴の先は広い空間であっが、やはり床に穴が開いている場所に在る光る石以外には明かりとなるものは無いようで、奥に行けばいくほど暗闇が支配していた。
 僕達は周囲を警戒しながら歩みを進める。今のところ周囲に魔物や何かしらの生き物、もしくは罠の類は確認出来ていない。
 そのまま暫く先に進むと、鉄製の頑丈そうな扉が視えてくる。その扉の先は小部屋になっていて、その先にもまた同じような扉が確認出来た。
 視た限り小部屋には何も置かれていないようであったが、部屋の隅に何かしらの魔力の気配を感じて、四人に小部屋の中の様子も含めて分かった情報を伝える。
 それを伝えて考えてみるものの、罠だと思われる部屋の隅に留まっている魔力の気配の正体までは掴めず、答えが出せない。
 他の道はないかと辺りに目を向けるも、先の暗闇はまだまだ続いているようで、軽々な判断は躊躇われた。
 四人に目を向けると、どうしようかと考えているようで、答えはまだ出ていない。なので、その間に暗闇の先も確認しておこうと、奥へと眼を向ける。
 広い空間には魔物らしき反応はなかったものの、奥の壁際には最初に出会った白骨の戦士に近い何かしらの反応があった。その反応に両脇を守られるように、先に細い通路が続いているようであったが、その途中で魔力の流れが乱れていた。おそらく空間を遮断する障壁が張られているのだろう。
 そう判断してみるものの、どちらにしても、先に不明なモノがあるという事実には変わりがなかった。
 奥に白骨の戦士に類する反応と通路がある事、更にはその通路は途中で遮断障壁が張られている事も四人に伝えると、少し空気が重くなる。
 そのままどうしようかと五人で話し合い、目の前の小部屋を通ることに決める。
 念のために僕が扉を慎重に開けると、何もない小部屋が見えてくる。反対側にある扉までは数歩の距離で、この小部屋が何のための部屋なのか少し疑問に思う。
 僕は小部屋の外から向かい側の隅にある魔力の塊を凝視する。直接視た事により先程よりも詳しく確認できたのだが、何かの噴出口の様だという事以外にはいまいちよく分からなかった。
 それでも後方の四人に分かったことを伝えつつ、何を噴出させる為のものなのかまで分かればよかったのになと、内心で悔しく思う。しかし、現実はそう上手くはいかないらしい。・・・魔力視ももう少し研鑽しないといけないな。それに知識も足りていない。

「私が先行しますね」

 ここは安全策として、まずは僕が前に出る。偵察で正体が掴めないなら身体を張るしかない。
 四人に少し下がってもらってから小部屋に入ると、二歩進んだところで罠が発動する。
 まず、両側の出入り口に障壁が張られて小部屋が隔離されると、噴出口からガスが噴き出してくる。

「・・・・・・」

 それを眺めながら、あの噴出口を障壁か何かで塞げば良かったのでは? という考えに思い至り、一気に力が抜ける。
 ガスの方は自身を遮断障壁で包めば何の問題もない。それは遮断障壁で塞がれている出入り口からガスが漏れていない時点で証明されているようなものだ。
 そのままガスに包まれながら、そのガスについて調べてみる。詳しく分かる訳ではないが、それが有害かどうかぐらいは判別可能だ。

「・・・猛毒ガスじゃないか」

 その結果に微妙な気分になる。
 厳しい外の世界に出るための訓練施設である以上、ダンジョンで命を落とす事もあるとはいえ、こんな罠まで全力で殺しにかかってくるとは。
 若干の呆れを覚えつつも、この後どうすればいいのだろうかと考える。このガスはちゃんと排出されるのだろうか?
 暫く動かずに様子を眺めていると、無事にガスは排出・・・されないで残っていた。
 さて、どうしたものかと思案してみる。これ、このまま障壁無くなったら外のぺリド姫達が危ないような。
 とりあえず爆破・・・は流石に部屋が耐えられないだろうし、未だにガスを垂れ流している噴出口を塞ぎつつ、思いついたことを実行してみる。
 まずは風系統の魔法で部屋の気流を操作して、部屋中に充満しているガスを一か所に集めてみる。
 ・・・何かもうこの時点で目的は果たせてるような? 気のせいだろう。そう思いつつもまた考える。これからどうしよう。この先は考えてなかった・・・。
 とりあえず、しょうがないから一か所に集めたまま爆破してみることにする。勿論、衝撃が周囲に及ばないように障壁で保護するのを忘れないようにして。

「・・・・・・」

 狙い通り無事に爆破は成功したのだが、障壁で幾重にも厳重に取り囲んでいた為に音が一切漏れず、僕は少し物足りなさを感じて頭をかく。まぁとりあえず、これで罠の処理は終わった。後は噴出口を塞いだままにしつつ、出入り口を塞いでいる障壁を壊してぺリド姫達と合流するだけだ。


「無事でよかったですわ」

 ガスが漂っていないのを確認してから障壁を解除してぺリド姫達の姿が見えると、ぺリド姫が安堵の息と共にそう声を出す。
 心配をかけた事を謝った後に、中で起きた事を話した。それに彼女らは驚きつつも、僕の横から室内の様子を覗き見る。

「あの隅の障壁がそのガスを止めているやつですか?」

 噴出口に目を向けながらのマリルさん問いに、僕は「そうです」 と頷きを返しながら、四人が室内を見やすいように横にずれる。
 一通り室内を眺め終わると満足したのか、小部屋の先に進む事にする。
 先行して反対側の障壁を解除してから扉を開くと、先には最初と同じ土で固められた廊下が続いていた。
 当初の陣形通りにマリルさん達を先頭に通路を進む。
 どうやら途中まで一本道の様で、魔物などの姿も確認できない。
 僕達は罠に気を付けながらも先に進むと、二股に分かれている道に差し掛かる。

「どちらに進みましょうか?」

 振り返ったマリルさんの問いに、皆で頭を悩ます。
 というのも、この先の左の道は途中で遮断障壁が張られていて、容易に先が窺えそうもなく。かといって右の道の先に在るのは、終端にあるものとは違う形の転移装置で、そこからどこに飛ばされるか分かったものではなかった。
 他の道を模索しようにも、ここまでは一本道だったうえに、確認出来ている道は戻った先にしかなく、そこも遮断障壁が張られている為に結局大して変わりが無かった。流石に湖までは戻りたくはないし。
 そういう理由から頭を悩まして、僕達は左の道を進むことを選ぶ。
 遮断障壁の解除は大して難しくはなかったが、その先に続く通路は材質が土から石へと変わっていた。
 加工され綺麗に敷き詰められた石の通路は人工的なにおいが強く、生成されたダンジョンとはいえ、誰かが居る雰囲気を感じて緊張感が増していく。
 慎重に歩みを進めつつ、僕は先へと眼を飛ばす。
 通路の終端まではまだあるようではあったが、その先はまるで外に出たかのような広さの部屋で、部屋には何故だか塔が建っていた。
 塔の周囲は木々が生い茂る空間で、敵対しそうな魔物や生物の姿はない。しかし問題はその塔であった。
 塔の中に眼を向けると、その中の空間は歪にねじ曲がっており、よく分からない事になっていた。何というか最早別空間といったその様相に、長時間目を向けていると、乗り物に酔った時の様に気分が悪くなっていく。
 何だあれは? そんな感想しか浮かばない程に訳が分からないその塔に嫌な予感を覚えた僕は、ぺリド姫達と進みながら、それが気のせいでありますようにと切に願った。


 通路を抜けた先は、競うように背の高い木々が林立する、薄暗い森であった。
 前回のダンジョンにあった石化の森も凄かったが、ここはそれ以上で、もしも頭上に星空でも広がっていたならば、きっとここが外だと思ったことだろう。
 僕は事前に眼を飛ばしていたので知っていたが、ぺリド姫達は室内に出現したその森に驚きを表情に出していた。索敵はしていたようだったけど、ここまでの森が広がっていることまでは分からなかったようだ。
 僕達はそのまま真っすぐに進む。部屋の奥側に塔が建っているはずだが、木々が邪魔でまだその姿を直接確認出来ずにいた。
 森の地面はふかふかとした土ではあったのだが、ここはかび臭い土のにおいは全くなく甘い果実の様な匂いが微かにするのみで、最初、これは幻覚なのではないかと疑いを持つも、よくよく確認してみてもそんな事はないようであった。木々のにおいはしっかりとしてくるのだけれど、もしかしたら土の通路で鼻がかび臭さに慣れてしまったのだろうか?

「それにしましても、このダンジョンには魔物はいないのでしょうか?」

 先頭で警戒しながら進むマリルさんが、魔物の姿を全く見掛けないことに不思議そうにする。唯一遭遇した白骨の戦士は魔物とはまた違う存在であったし、存在を確認できた他の生物はどれも魔物とは異なっていた。

「それは分かりませんが、未だに確認は出来ていませんね」

 僕のその返答に、マリルさんは「そうですよね」 と、どこか納得のいかないように頷く。その気落ちはよく分かったが、何故魔物が出ないのかまでは僕も分からなかった。
 森の中にこちらの歩みを邪魔するような存在が居なかった為に、軽くそんな会話をしている内に塔まではすんなりと辿り着けた。

「塔なんてありますのね!」

 塔を見上げてのぺリド姫の一言に、一様に皆が頷く。
 目の前で直接見る塔は細長く、天井に届きそうなぐらい高い尖塔であった。人一人分程しか厚みのないその塔は、とても実用性の感じられない芸術物のような見た目で、これがダンジョン内の建造物ではなく普通の場所にあったならば、たとえ入り口があろうと間違いなく中に入ろうなどとは思わない事だろう。

「・・・これ、入っていいんでしょうか?」

 ニュアンス的には、これに入る必要があるのだろうか? といった感じで、マリルさんが入り口らしき場所に目を送りながら呟く。
 その入り口には扉の様な遮る物はなく、外から見える室内は何もない真っ暗な部屋であった。ただし、これを魔力視で視ると、入り口に在る光が歪んで動く不気味な壁が視界を遮る。

「とりあえず入ってみましょうか」

 そう言ってマリルさんが先に入っていくと、ふっと姿が掻き消える。どうやらあの先は別の空間に繋がっているようだ。転移とは少々仕掛けが異なる様ではあるが。
 マリルさんに続いてアンジュさんとスクレさんが塔に入っていき、ぺリド姫もそれに続いて入っていく。よくあれの先に行けるものだと感心しつつも、一人残されたままでいる訳にもいかずに、意を決して塔の中へと足を踏み出した。
 転移した時の様な視界が白く染まる感じではなく、陽炎のようにぐにゃりと視界が揺らいだかと思うと、世界が暗転した。

しおり