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三番目のダンジョン2

 目を覚ますと、ベッドの上であった。
 見覚えのある天井を視界に収め、一瞬何をしていたのか記憶を探る。
 程なくそういえば塔に入ったんだったと思い出すと、視線を辺りに巡らせる。そこは、実家に在るはずの自分の部屋であった。
 部屋に他に人が居ないのを確かめてから、僕は上体を起こす。

「・・・・・・え?」

 確かにそこは実家の自室ではあったが、置かれている物が所々記憶と違い、困惑の声が出る。

「あれは捨てたはずじゃ・・・」

 目線の先の机の上、座ってこちらをじっと見詰めている子どもの人形。それは三年ぐらい前にボロボロになったので捨てたはずの物だった。それがまだ綺麗なままで置かれていて、僕は再度記憶を探る。

「あの人形があの状態で、机がそこで椅子がそこ、この古いベッドがここにあって、本棚があそこ。納まっている本が・・・という事は、ここは子どもの頃の僕の部屋?」

 家具の配置に、ジーニアス魔法学園に入学する前の記憶と違う場所に置かれた物。それらを手掛かりに思い出したのは、僕がまだこの部屋に引きこもる前の頃だった。という事はここは過去という事になるが、おそらく僕の記憶を元に創られた空間なのだろう。その証拠になるのかは分からないが、はっきりと覚えていない所は霞んで見える。
 しかし、それでもまだ違和感を感じてもう一度周囲に目をやると、その時代にはまだ持っていなかった物がちらほらと混ざっている事に気づき、詳しくは分からないが面倒な事になったものだとため息を吐いた時、それが目に入った。

「・・・・・・」

 当然と言えば当然なのかもしれないが、僕も小さくなっていた。自分の手が一瞬で子どもの大きさに縮んでいるという有り得ない違和感に、認識不一致で起きる気持ちの悪い恐怖感に襲われ、泣きたいやら吐きたいやらで頭が真っ白になる。助けを求めようにも、ここには誰も居ない。
 どれだけ自分の手を眺めながら固まっていただろうか、思い出したように吸い込んだ呼吸音がやけに耳に響き、それで我に返る。

「ここはダンジョンの仕掛けのひとつ。これが終われば元に戻る。深呼吸、深呼吸」

 何かの呪文のようにそう呟き、心を落ち着けようと努力する。今はこんな事に衝撃を受けている時ではない。
 僕は頭を振ると、ベッドから降りてカーテンを開ける。太陽の位置や行き交う人々の様子から察するに、どうやら今は朝らしい。しかし、何故この部屋には時計が無いのだろうか?

「さて、と・・・」

 少し前の町並みを眺めながら、僕は子どもの頃の自分について思い出す。この頃の僕って何してたっけ?
 思い出そうと必死に頭を回転させるも、子どもの時分の記憶なんて無いにも等しい。少なくとも、何か切っ掛けがないと思い出せそうにはないだろう。
 そんな風に考え込んでいると、ダンダンとけたたましく扉を叩く音が室内に響く。

「ん?」

 その音に反応して扉の方に目を向ける間も、ダンダンと扉を叩く音は続く。その音の発生源は随分と低い。

「おにーさまー!!」
「あさでつよー!!」

 その声に、双子の妹のオクトとノヴェルだと思い至る。そういえば、昔はこんな感じだったな。
 僕が扉を開けると、二人がお日様の様な笑顔で出迎えてくれる。

「おはよう。オクト、ノヴェル」
「おはよーですー。おにーさまー」
「おはよーにぃたん」

 その挨拶で、昔はオクトの方がしっかりしていて、逆にノヴェルはまだ舌足らずな所があった事を思い出し、懐かしい思いが湧く。
 そんな二人にどこかほっこりとしながらも、二人に連れられて僕は居間へと向かう。
 居間に行くと母さんが居た。当たり前だが、学園に行く前に見た母さんよりも少しだけ若かった。しかしそれだけで、もの凄い違和感を覚える。

「・・・・・・」
「ほら、何ボーっとしてるの? 冷める前に朝ご飯食べるわよ!」

 その言い方はやはり母さんで、見た目との違いに背中の辺りがムズムズしてくる。
 僕が母さんの言葉に従って席に着くと、卓の上には野菜や肉に魚に果物と、様々な種類の食材を調理した品が少しずつ皿に盛られ、色とりどりに並んでいた。
 「いただきます」 と手を合わせて食事を摂る。まず口にした野菜は、思わず顔を歪めてしまうほどに苦かった。流石に吐き出す訳にもいかないので、口直しにと今度は果物を食べるが、こちらも先程とは別の意味で顔を歪めてしまうほどに甘さが強かった。
 その味の濃さにげんなりとしながらも、水を飲んで味を洗い流す。こんなに味が強かったっけ? と思うも、もしかしたら子どもの身体だから味覚も子どもの頃に戻っているのかもしれない。
 そう推測しながらもう一口水を飲むと、どこかねっとりとしながらもさっぱりとした、水独特の味がした。
 それから、食べかけだった野菜と果物だけを水で流し込むように食べきって食事を終える。どうやら食事量は子どもの頃からさほど変わっていないようだ。
 そう思ったのだがどうやら違ったようで、母さんに心配された。あれ? 子どもの僕ってそんなに食べてたっけ?
 あんまりお腹空いていないと説明すると少し不審がられたが、それを無視して食器を片付ける。すると、何故だか褒められた。
 そのまま部屋に戻ろうと廊下に出ると、玄関のチャイムが鳴る。とりあえず僕はそれを無視して部屋へと戻った。
 パタパタと廊下を歩く音がして、玄関の戸が開く音が聞こえる。そして、聞き慣れた、しかし聞きたくなかった懐かしい声が耳に届き、昔の事を思い出して反射的に呼吸が浅くなる。

「オーガスト! シンク君とミューエちゃんよ!」

 母さんが部屋の前に来てそう告げてくる。何とかそれに返事をしてから、無理矢理息を吸って呼吸を整える。そして覚悟を決めると、僕は部屋を出た。

「おはよう! オーガスト」
「おはよう。オーガスト君」
「・・・おはよう。シンク、ミューエ」

 特に目立った外見的特徴のない、襟足だけが長い短髪の明るい茶髪の少年シンクと、赤茶色の長い髪を後ろで一本に編み、同年代の街の子の中で頭一つ分背の高い、そばかすと眩い笑顔が印象的な少女ミューエ。
 玄関に立つその懐かしい二人の姿を前に、一瞬言葉に詰まる。しかし、直ぐに何故か勝手に口が動き出し、笑顔を浮かべる。
 身体が勝手に動いた事に驚きもしたが、同時に、はっきりとは覚えていなかったはずの二人の姿が、二人を認識したとたんに鮮明になった事にも驚きを覚える。
 そこからは、子どもの自分に戻って行動するというよりも、その時見ていた光景を見せられているように、身体の自由が利かなくなる。

「今日も町の見回りをするぞ!」

 先頭に立った僕が、シンクとミューエを従え街を見て回る。ああ、そういえばこの頃はまだ町に魔物が侵入していた時期か。
 僕はその魔物を狩るために、近所の子供たちを付き従えて自警団のまねごとをしていた。特にシンクとミューエ、そしてもう一人クロコという、常におどおどとして、黄緑色の髪で目元を隠した少年をよく連れまわしていた。
 町を見回っていると、途中でそのクロコを見つけた僕は、強制的に隊列に加える。今見ても本当に傲慢な子どもだったと思う。
 そして、その日は何事もなく三人を付き従えて町を一周すると、そのまま解散して警邏を終えたのだった。


 その翌日も朝食を終えると、訪ねてきたシンクとミューエを引き連れて町を回る。
 思い返せば、この警邏を始めるきっかけは、魔物に自分の故郷であるこの町を好きに蹂躙されるのが嫌だという理由からだった。それに、町で魔物とまともに戦えるのは、僕を含めても数名しかいないというのも理由であったか。
 最初の頃は、子どもに戦わせるぐらいなら故郷を捨てて・・・なんて話も大人達の間に出てはいたが、僕の戦いぶりを見た大人達は考えを改めたらしく、その後はちょっとした英雄扱いになった。それが調子に乗る原因のひとつだったのだろう。
 その日の警邏では魔物と遭遇したが、僕はそれを難なく撃退する。その歯ごたえの無さも、相手を軽んじる事に繋がった。
 それからの数日間も、警邏に出ては魔物を倒してと、同じような日々を過ごす。傍から見た日常というものは、見慣れると至極退屈なものらしい。
 そんな日々を過ごしていたある日、僕は魔物達が侵入してくる大結界の綻びを探すべく町の外に出る。
 しかし、町の外の直ぐ近くに大結界が張られているという訳ではなく、町から離れたところには大結界が張られる前に人間界を外敵から守る役割を果たしていた長大な壁があり。大結界はその更に外側に張られていた。
 まずは、その壁を目指してその日は独りで行動する。壁を抜ける道を探さなければ大結界には辿り着けないので、独りの方が動きやすいというのがその理由だった。
 移動魔法を使って壁の近くまで飛ぶような速さで移動すると、そこからは壁の上から警戒する番兵に見つからないように慎重に行動する。
 魔物が町に来ている事から考えて、何処かに穴が開いていると予想して、その穴を探す。魔物が力押し以外の方法で、例えば飛んだり転移したり等を用いていないのならば、見つかるはずだろう。
 そう思っていたのだが、壁は横に長く、そして仰ぎ見る程に高かった。
 そんな長大な壁をどれだけ探しても、壁を抜けられる穴の様なものは見つからない。そろそろ町に戻らないといけない時間になり、その日は諦めて帰る事にした。
 翌日も、抜け道を探すために壁の所まで来たが、今日は昨日より少し離れた場所を探す。
 壁はどこまで行っても変わり映えはしなかったが、壁の建っている地面の一部が他と違うのを見つけ、僕は近づいてみる。
 そこは周囲とは地面の色が違っていた。触ってみると、少しふかふかとしているというか、有り体に言えば掘り返した後の様だった。
 そこの土を横にどかしてみると、防御障壁で塞がれた大き目の穴が姿を見せる。
 僕はその防御障壁を難なく解除して穴を通ってみると、その先は壁の向こう側へと通じていた。

「・・・・・・」

 その呆気ない事実になんだか拍子抜けすると同時に、全てとは言わないまでも、この穴をわざわざ魔物達は通って来ているのかと考えて、何故だか僕は何とも言えない気持ちになった。
 そのまま壁を越えた僕は、大結界まで近づく。
 大結界は壁から離れている場所にあるのだが、その周囲には草木が多い場所が点在している為、番兵の目をかい潜って近づくことは容易であった。番兵の意識が主に大結界の外に向いているのも要因かもしれない。
 間近で見た大結界は思った以上に強固で、素直に感心する。
 その大結界を間違って壊してしまわないように注意しながらも、穴を探して慎重に移動を始める。

「・・・・・・」

 その途中で、ふと視線を大結界から外に向けると、そこには大結界の内側と変わらない草木の目立つ平野が続いていた。
 大結界の外側は、人間界の外などという大層な呼ばれ方をするも、そこに広がる自然は外も内も関係ないように見える。
 しかし、そこに住まうは未だ人が及ばぬ覇者達。昔に比べればその差は急激に縮まったとはいえ、それでもまだまだ脅威なのは変わらない。少なくとも、一対一ではまだ厳しいだろう。
 外の世界には何があるのか、それをいつかは確認してみたいとは思うのだが、今はまだ早いだろうと考え直す。今回の目的は、大結界に開いている穴の発見と修復なのだから。
 視線を外から大結界に戻すと、再び穴の捜索を行う。
 肉眼では何もないその空間を魔力視で捜索していくというのは、中々に骨が折れた。
 そして、遂に壁を抜けた場所から大分離れた場所に大結界の穴を見つける。それは見上げる高さから膝丈程の高さまで開いた楕円形の穴で、人一人なら両手を広げても余裕で通れるぐらいの大きさの穴であった。
 それを修復しようと確かめていた僕に、誰かが囁いた気がした。通れば外に出られるぞ、と。

「・・・・・・」

 僕は穴を修復しようと持ち上げた手を止め、暫し黙考する。魔法使いは外の世界に憧れる。それは魔法使いに限らず、人なら誰でも知っている至言であった。

「・・・・・・」

 しかし、穴を塞がねば魔物がまた町を襲うだろう。それを終わらせるためにここまで来たのだ。そんな誘惑に負けるわけにはいかない。
 僕は頭を振って誘惑を頭の中から追い出すと、大結界を修復する為に魔力を練り上げる。

『本当にいいの?』

 その声はやけにはっきりと聞こえた気がしたが、どれだけ見回しても周囲には誰も居なかった。
 幻聴だと自分に言い聞かせるも、集中が乱れた事で一部魔力が霧散してしまい、魔力を練り直さなければならなかった。半端な修復ではいけないのだ。
 そして再度集中しようとして、また声が聞こえてくる。

『次はないかもしれないよ?』
「・・・・・・」

 その声に集中が乱れ、つい耳を傾けてしまった時点で、それは当然の結果だったのかもしれない。
 僕は上げた手をそっと戻すと、時間も遅かった為にその日は静かに町へと帰える事にした。


 翌日、僕はシンク・ミューエ・クロコを連れて大結界の外に来ていた。

「ね、ねぇ。やっぱりやめようよ、危ないよ!」
「オーガスト君、帰ろう?」
「そ、そうだよ、怒られるよ~」

 シンクの言葉に、ミューエとクロコが続く。そんなビクビクと怯える三人に呆れつつも、僕は口を開く。

「こんなチャンス二度と無いかもしれないだろ?」
「だ、だけど・・・」

 三人とも魔法は使えるのだが、頭に『一応』 の文字が付く程度のものでしかなかった。もし、同年代の魔法が使えない同じ体格の子どもと喧嘩をしたとしたら、勝てる確率がそれなりに高いぐらいの実力でしかない。魔物相手なら三人揃っても最下級でさえまず勝てないだろう。
 だから怯える理由も分かるのだが、僕にとっては煩わしいだけでしかなく、連れてきたのは失敗だったなーと思いはじめていた。

「まぁ、何かあっても守るから大丈夫だよ」

 三人に向けてぞんざいにそう言い放つと、僕は外の世界を探索する。
 しかし、探索するといっても周囲に広がるのは見慣れた自然のみで、別段珍しい物もなければ、魔物の姿さえ見掛けなかった。

「何にもないね」
「そ、そうだね。何にもないし帰ろうよ?」

 僕の呟きに、クロコが相づちとともにそう提案してくる。興味が失せてきた僕は、どうせ遠出は出来ないしと、森の中で立ち止まってそれを検討する。
 暫しそうやって考えていると、どこから湧いたのか、魔物の群れが木々の合間から姿を見せはじめる。
 最弱の赤目の犬が五匹に、薄っすらと明るい赤目の犬も五匹。それに遅れて青色の目の犬が三匹現れる。
 確か、赤<青<緑<黒<銀<金の順に強くなるんだったけ? という事は、あれは少し強いのか。だけど、町に来る魔物の方が強いような?
 全てではないが、町に来るのは下級の魔物が多く、たまに中級の魔物も姿を見せる。なれば、この程度は敵ではない。しかし。

「「「ヒッ!!」」」

 魔物の数に怯えていた後方の三人だったが、最後に木々の合間を抜けて姿を現した魔物を見て、堪らず悲鳴を漏らす。
 丸太の様に太い四肢に、筋肉で肥大した身体を白銀の毛で覆う、人間の大人の数倍の巨躯。その体毛と同じ色に輝く瞳を持ったその魔物は、見た目からスノーと固有名詞で呼ばれる程に人々から恐れられている存在であった。

「これは、面白くなってきたね!」

 大結界の近くとはいえ珍しい物の何もない外界に歯牙にもかけない程の雑魚。そのあまりにも退屈な空間に現れた強者。その事実に、僕は歓喜に笑みを深める。それは今まで見せた事が無いような好戦的な笑みだったと思う。

「に、逃げようよ!」

 そんな僕の喜びに水を差すように、背後からシンクが弱弱しい声を掛けてくる。それに苛立ちを覚えつつも、それを声に乗せないように気を付けながら、普段通りの口調で背中越しに問い掛ける。

「大結界の穴から離れているこの場所から、魔物相手に逃走が可能だと思う?」

 犬の足もさることながら、スノーは重鈍そうな見た目に反して足が恐ろしく速いと聞く。そんな相手を目の前にして、子どもの足で逃げ切れるなど微塵も思えなかった。それどころか、この三人では確実に森からさえ出られないと断言できた。更に、大結界からそう離れていない場所にスノーが居るといのも問題だった。

「それに、このままこの魔物達を放っておく訳にもいかないでしょう」
「で、でも!」

 反射的に反論しようとするシンクを無視して、今にも襲い掛かろうとしている魔物に意識を向ける。

「さて、愉しもうかね!」

 取り合えずの先制攻撃と、圧縮した空気で創った幾つもの鉄槌を魔物達の頭上に一斉に振り下ろす。それだけで犬を簡単に全滅させることは出来たが、流石というか、スノーはそれを片腕を頭上に持ちあげるだけで防いで見せる。
 その結果に、僕は更に機嫌が良くなる。

「お次はこれで!」

 僕は眼前に瞬時に三本の氷の槍を出現させる。一本一本が大人ほどの長さがあるその槍を、スノー目掛けて連続して撃ち放つ。

「があぁぁぁぁ!!!」

 しかし、槍はスノーの雄たけびであっさり砕かれ、届いたのは最後に打ち出した三本目の槍の一部のみだった。
 スノーの強さを見せつけられて、背後で何やらぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。かろうじて聞き取れた言葉から察するに、神にでも祈っているようであった。
 それを理解すると、僕の機嫌は急降下していく。それほどまでに僕の強さが信用できないのか。
 背後の祈りに興が削がれた僕は、まだ愉しむはずだった予定を一気に切り上げることにする。
 だがその前にスノーが地を蹴ると、僕を殴りつけようともの凄い速さで飛び掛かってくる。

「それじゃあ届かないよ・・・」

 僕がスノーとの間に張った防御障壁で、その一撃は難なく防げてしまう。その手ごたえの無さに、がっかりさせられる。

「!!!」

 しかしそれも一瞬の事で、直ぐに認識を改める事となった。
 障壁に拳を叩きつけた状態から、スノーは僕達の視界を白く染め上げたのだ。

「煙幕か!?」

 それに気づき急いで風を起こして煙を吹き散らすと、そこにはもうスノーの姿は影も形も存在しなかった。

「逃げられたか!」

 僕はスノーをみすみす逃した事に歯噛みするも、それでスノーが戻る訳ではなく、最早手遅れでしかなかった。


 その後、誰にも気づかれることなく町まで戻ったのだが、その道中はスノーを逃してしまった事で重たい空気になってしまい、誰も口を開くことはなかった。
 翌日になってもそれはあまり変わらず、僕達は前日の件をまだ引きずっていた。
 シンクとミューエは迎えにこそ来たものの、その表情はどこか暗く、口数も普段より少ない。
 それは途中で合流したクロコも同じで、僕達はぎこちなく警邏を行う。
 そんな日々が数日続いたある日、それが起こった。魔物の大群が町に侵入してきたのだ。
 最初は犬をはじめとした最下級の魔物の群れが町を襲う。町の北側と西側の二か所から攻めてきたそれは、それぞれ十を超える群れであった。
 それは僕を含めた町に居る戦える魔法使い数名を主軸に、武術の得意な町人と連携して撃退する。
 その群れを殲滅し終わる頃に、直ぐに次の波がやってくる。次は最下級の魔物に混じって下級の魔物もちらほらと姿がみえた。
 しかしそれもまた凌ぐことに成功したのだが、その戦闘で、武術で魔法使いを支援していた町人の二人が犠牲になった。
 悔しかった。
 僕は魔法使いとして才も実力もあると自負しているだけに、町どころか町人さえ守れないその非力さが、個としての限界が、それを覆せない己の無力さが。
 それとともに、かつて誰かに言われた事が頭に浮かぶ。

『力あるものは弱者・・・いや、世界の為にその力を振るう義務がある。君もいつかは分かるよ』

 それは誰の言葉だったか。記憶が曖昧ではっきりと覚えてはいないが、確か兄さんぐらいの年の人だったような? あれ? 父さんぐらいだったか? 年上の男性だったのだけは覚えているのだけれど。
 そんな事を考えて気持ちを立て直していると、次の襲撃がやって来る。次は中級も二体混ざっていた。
 僕はまず、北側の防衛に回る。さっさと殲滅して西側に向かわないと。記憶の中の誰かが言った『世界』 が何を指すのかはまだ分からないが、僕の世界は家族で暮らすこの町なのだから、絶対に守らなければ。
 北側の魔物は中級が一、下級が五、最下級が十六という大群だったが、僕にとっては一瞬の足止めぐらいにしかならない。・・・一瞬とはいえ足止めにはなってしまう。
 手加減無しで創った巨大な圧縮された空気の塊で、魔物を上空から一気に圧し潰す。魔物を瞬殺した後は早々に西側へと向かう。
 西側は中級一、下級三、最下級が二十も居た。防衛にあたっていた町人達はまだ元気で、今度は死者も怪我人も出ていないようであった。その事実にホッとしつつ、魔物達を処理していく。この頃には最早魔物を相手にする事への恐怖も、その命を刈り取る事への罪悪感も希薄になっていた。
 そうして西側の魔物も殲滅し終わり僕達が一息ついた時、南側から大きな破壊音が町中に響き渡った。
 その破壊音に息を呑む周囲を無視して、僕は南側へと急行する。
 南側は主戦場にはなっていなかったが、念のために魔法使いを一人と支援役の町人を数名防衛の為に配置していたはずだが、どうなったのか・・・。
 焦る気持ちを抑えながらも僕は急ぐ。そして着いた南側で目にしたものは、壊された町の壁と、その壁の破片を踏み越えて悠々と町の中に入る魔物の群れ。それに、その魔物の群れを率いているスノーだった。
 スノーの姿を認めて、悔しさがじわりと内から湧き上がる。しかしそれも、スノーがその頑強そうな腕で掴んでいるモノに気づいて、憤怒に変わっていく。
 スノーが掴んでいたのは南側を防衛していたはずの魔法使いの人で、ぐったりと身体を曲げるその姿からは、生者の気配が感じられなかった。
 握る拳にじわりと熱を感じるが、それを気にしている余裕は生まれなかった。何故なら。

「ヒッ!!」
「やっぱり無理!」
「も、戻るよ!」

 その声に視線を向ければ、そこには非戦闘員の町人とともに町中央の建物に避難したはずの、シンク・ミューエ・クロコの三人が何故だか町に侵入した魔物と相対していたのだ。
 何故? そんな疑問が頭に浮かぶのさえ煩わしく感じる程の一瞬の思考で状況を把握すると、三人と魔物の間に割って入り、三人に飛び掛かっていた魔物ごと、町に侵入していた魔物を一気に焼き払う。

「大丈夫!?」

 勢いよく振り返った僕にびくりと身を震わせた三人は、ぎこちない笑みを浮かべて口を開こうとしたところで、背後から声が掛けられる。

「いやー、やはり君は厄介だなー」

 その妙に軽快な声に顔を向ければ、そこにはスノーがゆっくり手を叩きながら立っていた。
 僕はそれを見て、胡散臭げに顔を顰める。魔物が喋るというのもだが、スノーの屈強そうな見た目と先程の声の印象があまりに合わないのも原因だった。

「そう訝るな。魔物とて知能があるのだ、喋る事ぐらいで驚かれても困るな」

 先ほどと同じ軽快な声でスノーが喋ると、やれやれとでも言いたげに肩を竦める。その人間のような仕草が癪に障るが、今はまだその時ではない。

「それで? この町に何の用が? それとも、やっぱり僕にやられに来てくれたので?」
「まさか、まさか」

 スノーは芝居がかった動きで首を横に振ると、うっすらと笑みを浮かべる。

「この町はただ進路上にあったので通っただけですよ。近くに寄っただけなのに、最初に攻撃してきたのはそちらでしょう? まぁ、君にはちょっと興味があるけど、率先してちょっかいを掛けようとは思ってなかったんだがな。危うきには近づかない主義なんでね・・・そうも言ってられないみたいだけど」

 スノーは拳を握ると、戦闘態勢に入る。それに連動して周囲の魔力が揺らぎはじめる。

「それが・・・なんだっけ? 辞世? でいいの?」
「ふむ? ふむ、まぁいいんじゃないのかな? それで、君は言い残した事はないのかい?」
「そう言われても、負けないからなー」
「そうかい。なら、はじめようか!」

 身体に魔力の渦を纏いながら、スノーはもの凄い勢いで僕に突撃してくる。
 その突撃に嫌な予感を感じるも、後背に三人を守ってる為にそれを避ける訳にもいかずに、しょうがなく防御障壁を何重にも張って突撃を受け止める。
 派手な音が鳴り、予想以上に防御障壁を破られつつも動きを止めたスノーに向かって、防御障壁と同時進行で作製していた炎の槍を頭上から撃ち放つ。

「チッ!!」

 その炎の槍を片手で払うように受けたスノーだったが、腕に移った炎を目にして舌打ちをする。
 スノーがそれを消すより先に、続け様に地面から土の槍を突き刺す。

「本当に厄介な!」

 土の槍で身体に浅い傷を負いつつも、スノーは後方へと跳躍する。そこへ今度は氷の矢を四方より撃ち放つ。

「クッ!!」

 それをスノーは魔力を周囲に解き放って弾くと、そのまま空中に足場を創り、それを蹴って突撃してくる。
 その突撃を迎え撃つべく、僕は圧縮した空気の塊を思いっきりスノーにぶつける。

「ウォォォォォ!!」

 スノーは見た目に合った裂帛の雄たけびを上げる。そして、バチッという何かが爆ぜたような音を鳴り響かせて圧縮した空気の塊が弾け、弾けた空気の奔流に飲まれたスノーは後方に飛ばされた。
 その余波は僕達にも襲い掛かり、保険で張っていた防御障壁のおかげで幾分弱まったとはいえ、子どもの身体では踏ん張らねば飛ばされそうになる程の暴風が身を襲う。

「はぁ、はぁ、厄介だとは思っていたが、まさかこれ程とはね・・・」

 飛ばされたスノーは、膝に手をつき息を荒げながらこちらを睨むように見る。

「まだ芽の内に摘まねば、いずれ我らが喰われかねん・・・しかしこれで芽か、ホンに末恐ろしい事だな!」

 何かを呟くと、スノーは足に力を溜める。これはまずい。直観的にそれを悟った僕は、スノーが行動に移る前にケリをつけるべく魔力を練る。
 その時、何の悪戯か、スノーの後方に仰向けに倒れていた南側を防衛していた魔法使いの顔が、こちらに傾いたのが目に入った。

「ッ!!」

 一瞬、それで頭に血が昇るのが分かった。集中こそ保てたものの、そのせいで火力の加減を間違える。
 いや、そのせいではない。その時の言い訳が赦されるのならば、それまでの数日で色々あったのだ。そう、色々。子どもの僕では制御しきれない程に色々と。それと、その程度で加減を間違える練度不足も原因か。とにかく、僕はそれを失敗してしまう。
 結果は実に呆気なかった。
 必殺の一撃を繰り出すべく力を溜めていたスノーは、その力を開放する前に一瞬で灰燼に帰したのだから。
 それどころか町の南側、魔物が侵入してきた場所を中心に、南側のほとんどが更地と化した。
 幸い全員町の中央に避難していたために、それで死者こそ出なかったものの、自分がやったこととはいえ、その現実に暫し呆けていた僕は我に返って三人の安全を確認すべく慌てて振り返った。そこで恐怖に濁った三対の瞳に迎えられる。
 若干気まずかったとはいえ、今朝まで親しくしていた者から向けられる化け物を見るような目に、僕は心臓が止まるかと思うほどに衝撃を受ける。それとともに、自分がやらかした事を理解した。
 そして、僕はその目から逃れる様に駆けだした。

しおり