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第二十話



 彼らとおれっちの因縁は、運命の人であるごしゅじんに出会う前に遡る。
 おれっちが最初に出会ったのは、見た目だけならそう、今のごしゅじんのような黒髪の美少女だった。

 その当時は今より調子に乗っていて、ユーライジア一鼻が利くなんてうぬぼれていた。
 どのくらいうぬぼれていたかと言うと、おれっちの嗅覚は人の心やその人の本質、『魂』までも嗅ぎ分け識ることができると思っていたくらいで。


 黒髪のその子の事を、見た目通り魂も花も恥らう少女だと、おれっちの鼻ははじき出していた。
 加えて、おれっちたちのような愛玩動物系の魔精霊を何匹も付き従え、甘えさせていたから、疑う余地などなかったのだ。

 
 彼はまさに生粋の玄人。
 傍目から見る限りでは、微塵も気づくことはできなかった。
 それでも、いやな予感に苛まれたのは、初めてもふもふ……抱きしめられた時。
 感じたのは魂と肉体のズレ。
 多分その時、おれっちは男女の匂いの違いを嗅ぎ分けられるようになったのだろう。

 その後、本人の口から直接、男だと聞かされたのだが。
 それでも信じられずに、確認しようと……。
 人生をかけて二度としないとその日誓った愚かな罪(のぞき)により、おれっちは黒髪の子が男であることを叩きつけられた。

 それは、今でも心的外傷としておれっちの身をすくませる。
 漢の象徴を剥奪された家猫たちの痛みを思い知らされたかのような衝撃、と言ってもいい。


 ああ、ここで一つ断っておくが、別に彼らを貶めたいというわけではないのだ。
 その生き方を否定するつもりもないし、話し対するぶんには好ましいものも多い。
 事実、黒髪の彼とは生涯の友として仲良くさせてもらっている。


 ここでおれっちが問題としているのは、そんな彼らにすら安心感を覚え、身を委ねもふもふしてしまいたいと駆られるおれっちの心にある。

 それは、可愛く美しい女の子第一のおれっちの誇りに大いに反するのだ。
 故に恐怖し、吐き出しどころのない怒りを覚える。

 
 そんなおれっちがおかしかったのか、今でも時々ごしゅじんの妹ちゃんに『オレは男だ』なんて脅されたりする。
 本人は悪戯のつもりなのだろうが、なまじごしゅじんに似ているからこそ、言われる度に心臓がきゅっとなるのは、思い出したくもない、でも忘れられない思い出だ。


 「……おしゃ、大丈夫?」
 「にゃふっ」
 心底おれっちを心配するごしゅじんの声で、現実逃避から戻ってくる。


 「『火(カムラル)』の魔法が怖かったのですかね? ごめんなさい、驚かせてしまって」

 魔法か、あるいは玄人の技術か。
 どう聞いても、少女にしか思えない声。

 よりにもよってすぐ傍、ごしゅじんから見て真左から聞こえてくる。
 びくりとして顔を上げれば、そこには申し訳なさそうに眉を可愛らしく寄せる、肩口ほどまである赤髪の彼の姿がそこにあった。


 「みゃうっ!」

 こいつっ! 確信犯な玄人だぞっ。
 おれっちはその言葉遣い、仕草を見てすぐに思い知らされる。
 最初に心的外傷を受け付けてきた子とは違い、男だと内心では自覚しているくせに、少女の振る舞いをしているのだ。

 ふーっと息を吐き、威嚇しつつ離れようと思ったが、ごしゅじんの抱擁は強めでそれも構わない。
 ならばこのまま桃源郷の深遠の地(ごしゅじんのそれはおれっちが完全に隠れるほどの重厚感なのだ)へと逃げ込もうとした時。


 「ははっ。あんたの腹黒さに気づいてるんじゃない、その子」
 「あらあら、ベリィさんたら。そんな本当のことを口にしてはいけませんよ」
 「んなっ、ウェルノさんまで! ひ、酷いですわっ」

 赤髪の彼に並ぶようにして、二人の女の子がいることに気づく。
 どうやら彼女たちは、赤髪の彼の連れらしい。

 新しい出会いに乾杯、とばかりに。
 赤髪の彼に対する焦燥感を一旦忘れ、もぞもぞと脱出を試みるおれっちであったが。

 それを抑えるみたいに、無言でごしゅじんの冷たく細い手のひらが首元に伸びてくる。
 そして、口を塞ぐ(正確にはマズルに触れられる)指先。
 こうなると下手すると、大事なお髭が抜けてしまう恐れすらある。

 そんな心情とは裏腹にごろごろと喉を鳴らすと、それでおれっちが落ち着いたと判断したのだろう。
 覚悟を決めると言うか、勇気を出してと言う感じで、ごしゅじんは口を開く。



 「助けてくださってありがとうございます。えと……その私はティカ、といいます」

 そこから判断するに、おれっちが現実逃避していたのはそれほど長い時間ではなかったらしい。
 ならず者な三人組な姿が見えないが、『風紀』みたいなの……こっちで言うと衛兵さんにしょっ引かれて、取り敢えず赤髪の彼らと港町へと向かっている、と言ったところか。

 何故よりにもよって彼と、なんて文句の一つも言いたかったけど。
 それはほんとにおれっちの我がままだし、頑張って自己紹介をしているごしゅじんを見ていれば、そんな無粋なことできるわけなくて。


 「いいのですよ。たまたま通りがかって、見るに耐えかねただけですので。ああ、申し遅れました。わたくしはクリム・フリートといいますの」

 そう言い、お辞儀する様すら決まってて。
 みゃーっ! この訓練された玄人めっ、と喚きたくなるおれっちである。


 「あたしはこいつとは腐れ縁の、ベリィ・ディーネよ。ま、適当によろしく」
 
 と、そこで気さくに声をかけてきたのは、青みがかかった髪を後ろに一つに纏めた、
大きな蒼いつり目が可愛いけどちょっと気が強そうな女の子だった。

 そう言えば妹ちゃんの友人の猫好きな子も、こんな髪色でツンツンしてたっけ。
 属性が『水(ウルガヴ)』に愛されし子は、みんなこうなのかな、なんて勝手に想像してたけど。
 注目すべき新しき楽園には、おれっちを受け止める山は見受けられない。
 まぁ、受け入れてくれるのならば、些細なことは気にしないがな!


 なんて思いつつ一声鳴き、その自己紹介に応えるように身体をくねらせたが。
 気にしないなんて言った傍から、そのすぐ隣にある、もしかしたらごしゅじんをも凌駕するかもしれない双丘の、あからさまな主張に思わずヒゲがぴんとなってしまう。


 「初めまして、でいいのかしら。私はウェルノ・ピアドット。二人に付き合ってもらって、諸国漫遊の旅に出ていたの」

 落ち着いた、気品と母性の漂う声の主。
 顔を上げれば、『木(ピアドリーム)』の属性が主であることを示す翠緑の髪が、おれっちの胴くらいの太さはあるんじゃないかってくらいの巻き方で、おれっちを誘うようにしゃなり、しゃなりと前方に揺れている。

 その先にあるのは、緑の網目の果物ほどの一対の存在。
 諸国漫遊って、どこぞの引退した領主さまのようだな、と心の片隅で思いつつも、釘付けになった視線は外せそうにない。

 無意識のうちに頭をふらふらさせていると、きゅっと軽く首の絞まる感覚。

 「みゃふ」

 きりりとなって思わず息を吐くと。
 エメラルドの輝石潜む瞳と、翠緑の髪を持つの女の子(女性と表現するべき雰囲気だが、あえてそう表記しておく)、ウェルノさんが、よこしまなおれっちを見透かしたかのように、くすりと笑みを漏らした。

 何と言うか、ごしゅじん自身が王族と呼ばれる人のせいで慣れていた部分もあったんだけど。
 どこか特権階級の気配が滲み出ている、そんな雰囲気。

 それは、レンちゃんに対し感じたものに近いもの。
 クリム君や、ベリィちゃんを単純に仲間としてではなく、供として扱っている風なのを見ると余計にそう感じられて。

 やんごとない偉い人なのかもと考えてしまうと、厄介事に巻き込まれそうだと言うか、少し不安はなくもなかった。

 この世界で、魔人族がどういう扱いを受けているのか。
 山狩りのあれがごしゅじんに向けられていると仮定すれば想像もつきそうだが、今のところ目の前の彼女たちにこちらをどうこうする、という感じは見受けられない。
 となると、やっぱりごしゅじんが絡まれているところに偶然居合わせたのか、という結論にはなる。

 その一方で、『猫の知らせ』が何かあまりよろしくなさそうなことを、訴えかけてはいたけど。

 そんな風に内心で過剰ないつもの警戒をしていると、そんな事お構いなしにと言うか、ごしゅじんはごしゅじんで緊張していたのだろう。

 再びためらいつつも、自ら口を開いたのだった……。


             (第二十一話につづく)






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