第十九話
「君、可愛いねぇ? 一人旅? 最近町も物騒だし、オレたちが案内してあげようか?」
「美味しい料理を出すイイ宿知ってるよ。連れて行ってあげる」
「へ、こいついっちょ前に威嚇してやがるぜ? 君の使い魔か何かか?」
「……っ」
見た目通りのあまりにあまりな紋切り型のチンピラ像。
我らがユーライジアでは治安が取り締まられすぎて最早絶滅危惧種の輩だ。
珍獣的な意味では、なるほど、異世界に旅しに来た甲斐があったかもしれない。
だが、当然おれっちが息をのんだのはそんな事じゃない。
出される言葉と心ここにあらずなその瞳に、震え来るほどの違和感。
「あ、あの……その」
それに対するごしゅじんは、その異常に気付く余裕もなかったのかもしれない。
何せ、そんな風にお手軽に声をかけられたことすらほぼないに等しかったからだ。
一度に話しかけられ、ただおろおろしていた。
言葉面だけで判断すれば、邪険にすればこちらに否があると思われてもおかしくないし、そもそも対人対応初心者のごしゅじんのは、適当にあしらうなんて、高等技術だろう。
「怖がらなくていいよ? オレたち見た目ほど悪人じゃないからね」
おちゃらけ気遣う素振りをしてみせながらも、言葉とは裏腹にじりじりと近付いてくる三人組。
どうもごしゅじんの魅力にやられ歯止めがきかなくなっているらしい。
一見して、そんな風にもとれるそれ。
何度も言うが気持ちは分からなくもないし、今後人付き合いをしていく上で、こういった輩のあしらい方を覚えることも必要だろう。
そんな風に、もっとしっかり話し合っておくべきだったかと気を逸らしたのが、そもそも間違いだった。
「おら、どけっ!」
「……ぎっ!?」
三人組のうちの一人(有象無象の男どもは、顔も名前も覚えられないのだ)が、いきなり足を振り上げたかと思うと、おれっちの頭の何倍もある靴先が、おれっちのぴかぴか白い一張羅に減り込んだではないか。
衝撃とともに、驚きで声が出る。
ナンパ相手の所有猫だと分かっていてそんな暴挙に出るとは。
仲良くする気などさらさらないのか。
周りが見えず正しい判断ができなくなるくらい、ごしゅじんにやられてしまったのか。
あるいは単純に猫が嫌いなのか。
冗談でなく普段から、男女に関わらずこの容姿で母性本能的なものをくすぐり、そのような仕打ちなど受けたことのなかった自分にしてみれば、やはり違和感がつきまとう。
はたして、正常な精神状態で、このような仕打ちができるのかと。
「あちっ!? ってーなぁ!」
衝撃の瞬間、爆ぜる『光(セザール)』の魔力。
おれっちの身体を常に覆っているそれを受け、痛みに顔をブサイクにするチンピラ一号。
その光の衣のせいで、おれっち自身には見た目ほどダメージはなかったが、それ以前に質量の差がありすぎる。
少なくない衝撃を逃がす意味もあったが、あまりに軽いおれっちは、あっという間に吹き飛ばされる。
自然と身体が丸まり、視界がぐるぐると回転する。
回転しながら、おれっちは自分の迂闊さに大いに焦っていた。
天地の入れ代わる視界に映るは、茫然自失するごしゅじんの能面のような表情。
更にその髪より尚色濃い闇色が滲み出ているのを感じ取って。
「みゃあああっ!!」
「……っ」
おれっちは怒鳴った。
形だけ猫の鳴き声で。
本気の怒りを、威圧を、ごしゅじんにぶつける。
びくりと震え、我に返るごしゅじん。
思わず動きを止める男たち。
何事かと騒ぎ始める、有象無象。
とりあえず最悪な結果は此度も免れたらしい。
うまく尻尾を使って、回転を抑えつつ地面とキスしていると、それを追いかけてくるごしゅじんの理性的な気配。
思わず安堵の息を吐いていると、凄い勢いで掴まれ抱き上げられ抱きしめられる気配。
それは何しろ急だったので。
覆う力を抑えることもできず。
ごしゅじんの『闇(エクゼリオ)』の魔力とおれっちの『光(セザール)』の魔力が、一層反発し合い、地味に密かに蹴られる以上の負荷を受け、ふぎゃぁと情けない声をあげてしまう。
それに気づき、少し抱擁をゆるめたごしゅじんは。
そこではっきりと分かるくらい、道を塞ぐ三人を睨み付けた。
「お断りします。……おしゃを傷つける人は、どこかへ行って!」
おぉ、ちゃんときっぱりはっきり言えたではないですか。
その進歩に。ごしゅじんには悪いけど、この出会いにも意味があったかも、なんて思っていたけど。
「うるせえ! いいから来ればいいんだよっ!!」
最早、体裁も情緒もまるでなく。
強引にごしゅじんを囲おうとする男たち。
処置なし、と言う感じだ。
おれっちはやれやれ、とため息を吐き、ちょっとは痛い目見てもらわにゃ駄目かもしれん……
あるいは正気に戻してやる必要があるかな、なんて結論に達した時。
ゾクリと。
まるで計ったかのような絶妙なタイミングで、刹那背筋を凍らせる、おれっちが最も苦手とするものの気配がした。
「【ヒート・カラル】ッ!」
それは、横合いから飛んできた熱戦。
それを受け、無個性な悲鳴をあげて吹き飛ぶ三人組の姿など、最早目に入ってなどいなかった。
「ふぎゃぁああっ!!」
「お、おしゃっ?」
全身の毛と言う毛が逆立つ感覚。
慌てるごしゅじんに応えてやる余裕すらない。
そこにいたのは、ショートソードを下げた、橙のドレススカートを身に纏いし、『火(カムラル)』の魔法に長けていることを表すロングの赤い髪と朱色の瞳……ごしゅじんほどではないにしろ、細身の美少女。
「みゃっ、みゃみゃみゃっ!!」
『そう』評しそうになった自分を、首振ってまで否定する。
確かに見た目だけなら、出会い頭にもふもふするに申し分なくはある。
だが、その生まれもった匂いは誤魔化せない。
どうやらその辺りについても、魔法某で誤魔化している玄人のようだが、おれっちには通用しない。
ほんの僅かに匂う、野郎……男の匂い!
男であることを、誤魔化そうとするそれ!
見た目で誘導しておきながら、おれっちの心の奥底にまでダメージを与える悪魔な存在。
女装、あるいは心が女性な存在がそこにいたのだっ!!
(第二十話につづく)