第二十一話
「あの……みなさんは、レヨンの港町の方ですか?」
諸国漫遊をしていたと、過去形ならばそう考えるのが妥当だろう。
言葉が足りてないから、突拍子もない呟きにも聞こえたが、ウェルノさんはそれだけで理解できたらしい。
頷き、幼子でも見守るみたいな、慈愛に満ちた表情を浮かべてみせて。
「ロエンティ王国の、という意味ではそうね。レヨンは、ロエンティの玄関口ですから。ああ、港町に何かお入用でも?」
そのまま、言外に現在航行不可の港に何用があって来たのかと、そう問うているような気がした。
その優しげな雰囲気の割に、ゾクゾクするのは何故だろう? なんて首を傾げていると。
青いつり目の女の子、ベリィちゃんがちらちらと、おれっちの事を伺っているのが分かる。
(と言うか、クリム君もおれっちの事を注視しているように見えたが、極力視界に入れないようにしていた)
大方、おれっちの魅力にやられてもふもふしたいのだろう、なんてのんきに思っていたけど。
「あの……その、海の魔女さんに会いに。……ええと、ギルドの依頼を受けに行くんです」
「依頼、と言うと討伐依頼ね?」
「いえ……参加はしますが……その、会って話をしたくて」
全く持って嘘も飾りもないごしゅじんの言葉。
それが、想定していた答えてと違っていたのか、正直なごしゅじんに呆れているのか。
一瞬の降りる沈黙の間。
このまま放っておくと、私は海の魔女と家族同然の付き合いなんです、とかどこまでも正直に言い出しそうで。
そろそろ止めておくべきか、なんて思っていると。
「あらまぁ、それは奇遇ねぇ。私たちも実はその依頼を受けに……参加するつもりなのよ。
私たちも討伐と言うよりは、何故船を沈め男性を浚ってゆくのか、その訳を知りたいと思って」
ウェルノさんが口を開いてから、口を挟まない所を見ていると、赤と青の二人は薄緑の彼女に仕えているというか、目上の人であるということはほぼ間違いなさそうだった。
ごしゅじんに負けず劣らずで、旅人冒険者として似合わないその立ち振る舞い。
討伐が、本目的でないという言葉からも、ある程度やんごとなき位の人物かと予測できる。
ユーライジアで言うなら、『木(ピアドリーム)』の教会の司祭、代表といった感じ。
常に余裕たっぷりで、決して媚び諂わない、上のものであることを自分でよく理解しているようだ。
目的が同じであることに、驚きつつも嬉しそうにしている様に、不快で不安なものは感じられない。
かといってそれまであった警戒が消えたわけじゃなかったが。
あくまでおれっちの感覚では、彼女たちは悪い人ではなさそうな気はした。
思いも寄らぬ友好的な態度にごしゅじんは動揺し、慌てていたけど。
「それでは、町までご一緒しますか? わたくしたち、いい宿を知っているんですの」
話が纏まった、とばかりに可愛らしく手なんか合わせつつ、クリム君が言う。
思わず顔を背けて谷底へと潜り込んでみたくなったが、ごしゅじんはそんなおれっちのことなどお構いなしに、こくこく頷いている。
「あの、聞こうと思ってて……お願いします」
しかも何だか嬉しそうだった。
人の好意を素直に受け取れるようになったと考えれば、それはいいことなんだろうけど。
「それじゃあってわけでもないんだけどさ、その子さっき思いっきり蹴られてたみたいだけど、大丈夫なの? 治療してあげてもいいけど」
うっと、思わず声を出しそうになってしまうおれっち。
ベリィちゃんがおれっちの事を気にしてたのは、どうやらそんな理由もあったらしい。
「信じられませんわ。こんな可愛い子を、いきなり足蹴にするなんて。一体どんな思考をしてらっしゃるのでしょう、最近の殿方は」
それに続くように、ぷりぷりと怒ってみせるクリム君。
その仕草に、本当にふりをしているだけなのか、ちょっと自信なくなってくる。
「あっ、おしゃ、治療……」
なんて事を考えていると、はっとなってぶつぶつ言い出すごしゅじん。
途端、その場に満ちる『火(カムラル)』の魔力。
「……っ」
こっちの常識が、まだはっきりしてるわけじゃなかったけれど。
『火(カムラル)』の魔法と言えば攻撃、という感覚が強いのだろう。
それまで和やかだった雰囲気が、緊迫したものへと変容してゆく。
それに気づかぬのは、クリム君の言葉で周りが見えなくなってるごしゅじんばかりで。
「我は眷族、我が魂……『火(カムラル)』よ、その力もて癒しを与え給え……【ヒートリング・カムラル】」
それでも、詠唱破棄とか、無詠唱とか、出鱈目なことをしない程度に理性はあったらしい。
しっかりお手本通りに文言を唱えた後、『おこた』の中にいるみたいな、じんわりとした暖かさが伝わってくる。
実の所、おれっちのダメージはあの瞬間『光(セザール)』の衣を纏ったせいで、たいしたことはなかったと言うか、暴走しかけたごしゅじんの『闇(エクゼリオ)』の力の方がよっぽどおれっちに倦怠感を与えていたのだが。
ごしゅじんもそれを自覚はしていただろうし、言わぬが花というやつである。
「みゃみゃっ」
「あっ」
僅かな時間でぽかぽかになり疲れも取れ、熱さでむずむずしてきたおれっちは、たまらずごしゅじんの腕の中からするりと抜け出す。
それは、ごしゅじんの手の力を緩めていたから、というのもあっただろう。
立ち止まりしゃがみ込んで捕まえようとするごしゅじんに、もう大丈夫だよとばかりに尻尾をはたはたと振り回し、健康体であることを訴えかける。
「へぇ。『火(カムラル)』の魔法で回復だなんて初めて見たわ。凄いのね、ティカって」
「驚きましたわ。『火(カムラル)』は攻撃魔法専用、だなんて思い込んでいたせいですかね」
純粋に、感嘆の声を上げる赤青二人組。
それで察するに、この世界では驚きはするものの、全く持ってありえないものではなかったことに、ちょっと安堵する。
「この子はただの猫じゃないのね? 火を怖がらないし、あなたの使い魔?」
「……この子はおしゃ。私の一番……大切な子です」
逆に魔法よりもおれっちに興味を持ったらしいウェルノさんが、好奇心一杯の表情でそう聞いてくる。
それにすぐさま反応し答えたごしゅじんであったが、一番の所で何故か言葉を濁した。
あれ? おれっちってごしゅじんの使い魔じゃなかったんだっけか。
そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、あれ? ヨースに言われて従属魔精霊の契約したんじゃなかったっけ?
何でその辺り、曖昧なんだろう?
そう思うと、身体をちくりと刺す、得体の知れない何か。
思わず顔を上げると、何故かごしゅじんは、その顔を赤くしている。
元々青に近いような白さのごしゅじんだから、表情が乏しくとも、それは丸分かりで。
すっと、なんだか分からないもやもやが、身を潜める感覚。
「みゃうん?」
そんな本気な反応をされると、どうしていいか分からなくなるじゃないか。
一番はヨースだろう?
そんな言葉にしたくない、してはいけないものの代わりに。
小首を傾げて声をあげると。
それにごしゅじんより早く反応したのは、ベリィちゃんだった。
(第二十二話につづく)