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第十八話



 それから、感覚的にはそれほど時間経たずに、おれっちは目を覚ます。


 「おしゃ、おはよう」
 「おお、さぶっ。まだ空の上か。んで? このまま向かうのはレヨンっていう港町でいいのか?」

 あの大群がおれっち……ごしゅじんが目的であったのならば。
 森で出会った三人娘に、ごしゅじんに対する何か思うところがあったのならば。
 そこへ向かうのは得策とはいえない。


 「うん。……約束、したから」
 「そっか。そりゃ約束はやぶれねーよな」

 だが、ごしゅじんがそう言うだろうことは、これでも付き合いの長いおれっちにとって分かりきったことで。
 しがない愛玩動物でしかないおれっちは、ただそう頷くしかない。
 そして、少しばかり窮屈になっていた位置取りを変え、再度ごしゅじんの腕の中に落ち着く。


 その時生まれたのは、使命感。
 再会し、同じ依頼を受けることを約束したレンちゃんたち。
 たとえそれが建前で、ごしゅじんと海の魔女との関係に気付き、彼女たちの進言で多くの冒険者たちが山狩りにやってきたとしても。
 それでもごしゅじんは、彼女たちに会いに行くと言っている。
 
 それらがおれっちの勘違いで、考えすぎならいいのだけど。
 例えその通りであっても、ごしゅじんにしてみればそれはある意味望むべくもの、贖罪と言えるのかもしれない。

 
 ならばおれっちは、それを邪魔してやる。
 なんて思いつつも、ごしゅじんの罰を受けたがる性分を知っておきながら、迂闊に人間に近づいたことへの後悔がおれっちを占める。

 それまで人が近づくのも嫌がっていたごしゅじんが、彼女たちとすんなり対応できた理由。
 おれっちはそれを、異世界へと一歩踏み出して、吹っ切れたのとばかり思っていたけど。

 ごしゅじんが彼女たちに触れ合えたのは。
 ごしゅじんが『理解』できる存在だったからなのかもしれない。

 罪を憎んで人を憎まず。
 ユーライジアでのごしゅじんの周りの人たちは、そんなことを地で行く、魔人族のごしゅじんにとって理解できない人間ばかりだったから。


 ……まぁそれも結局のところ、おれっちの考えすぎ、だったんだけど。




 空から森を抜け、しばらくすると潮の香りと共に、青白く光る大海原が見えてきた。
 
 どこかで耳にしたように。
 一瞬、空から海の魔女の元へ向かえばいいんじゃないかと思ったが。
 約束もあるし、ヨースの日記帳にはそんな選択肢は存在していないし、そもそも女の子だらけの船で旅するのは、おれっちにとっても吝かではないわけで。

 尚且つそれを決めるのはごしゅじんであり、その魔女のねぐらがある場所もおれっちは知らないのだ。
 もしかしたら、翼で飛ぶには遠いのかもしれないし。


 そんなわけで、結局おれっちはその事を口にしなかった。
 人々と触れ合い、面倒ごとから逃げ出さずにいることが、この旅の目的であるからだ。
 たとえそこに悪意や敵意が潜んでいるとしても。


 「お、港町への街道っぽいのが見えてきたぞ。これで港町まで一本かな? これから人も増えるだろうし、しばらく黙るよ」

 ここに来たばかりの頃は、口を挟むかどうか決めかねていたが。
 喋らない方が、目的のためにはいいだろうと判断。
 みゃおと一声鳴き、後はごしゅじんの気のまま歩くままに任せる。

 まぁ、ただの小動物兼愛玩動物だと思わせている方が、もふもふ的な意味で港町にいるであろうかわいこちゃん……げふんげふん、町人たちにうまく接触できるだろうという打算も働いていたわけだが。


 ごしゅじんはおれっちの言葉にこくりと頷くと、静かに街道脇へと降り立った後翼を仕舞い、
背筋をぴんと伸ばし、少し早めの速度で歩き出す。
 
 会いに行くと自分で言ったものの、流石に緊張しているらしい。
 最も、同年代の女性よりも背の高く、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、おれっちの大好きな体型を生かすがごとく、颯爽とした立ち振る舞いで歩いているから、その緊張に気付けるのはきっとおれっちだけだろうという気はしていたけど。


 そんな、ちょっぴり自慢げな気持ちになりながら。
 おれっちは街道に入り舗装されたことをいいことに、ごしゅじんの腕の中から離れ、彼女の視界に入るちょっと前をしたしたと歩く。


 しばらくすると、行商人やら馬車つきのお金持ちに家族や、森へ向かうらしき冒険者たちとすれ違う。
 
 当然と言うか必然と言うか、おれっちたちは注目の的だった。
 まれに将来有望な淑女たちがおれっちを見た目通り猫と呼び、黄色い声をあげられることもあったが、そのほとんどはごしゅじんに対してのものだ。

 
 ごしゅじんはとびきりの美人さんだから、とにかく目立つ。
 加えて、気ままな一人旅をするような人物に見えないのも、最近までの引きこもり生活がよく証明している。
 陽の下にいるのには白すぎる肌、今は烏のような漆黒だが、そのひざ裏まで届くだろう髪の長さは、旅人にとんと似つかわしくなかった。


 嫉妬と羨望、驚きに賞賛。
 欲にまみれた視線のある一方で、拝み敬うような人たちまでいる。
 その、十人中十二人が振り返ると言われる絶対の美には、本人に対しての得になるものなんて僅かばかりのものだろう。
 むしろ、損になる事の方が多いくらいだ。
 それこそ、世界の人柱になっていたかもしれないくらいに。

 それでもまぁ、今のところすれ違う人たちに、ごしゅじんをどうこうする気配がないのが救いだろう。
 あの、森に入った団体さんも、別にごしゅじんを追い立てるってわけじゃなかったのなら、もっといいんだけど。


 ふいに気になって立ち止まり振り返れば。
 そう言う不特定多数の視線、届くか届かないかの声に慣れていないごしゅじんの、今にも泣き出しそうな顔。
 おれっちじゃなければ、少し影のある冷たい表情に見られるそれ。
 もしかしたら、ごしゅじんは自分が注目される理由があるという自覚がないから、何か勘違いしているおそれもある。

 と、タイミングがいいのか悪いのか。
 森に向かおうとしていたのか、いかにもな若いチンピラ風の男供三人組が、近付いてきた。

 勿論目的はごしゅじんだろう。
 だがそれは、当然ごしゅじんが危惧しているようなことじゃなかった。

 案の定、ニヤニヤとした欲望丸出しの顔で近付いてくるのが良く分かる。
 ならば、とばかりにおれっちはそいつらを追い払おうと、背中の毛を逆立てて威嚇する。

 この時点では、その表情はともかくとして彼らは何もしていない。
 故に威嚇して追い払う理由は、単純におれっちの独占欲のみであったが。

 
 (……ん?)

 確かにその表情は、美しいものにたかる蝿の如く、気持ちは分からないでもないありがちなものであったが。
 
 近付いたことで気づけたその瞳。
 何故だろうか。心ここにあらずというか、意思の光が見えないというか。

 それはまるで……。

 
              (第十九話につづく)





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