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 魔術を探究するものとしての視線と、アルカナを生み出したものとしての表情が、抵抗なく混じりあっている。向けられる側の十三番にとっては不自然極まりない視線と表情も、魔術を極めたアルカナの母たる【世界】にとっては自然な本質だった。

 心配そうに見上げる【世界】に対し、十三番は「そうか」とだけ応えて話を切りあげた。

 昨日、ニコラが言った「これから」がどんなものか、推測できるだけの知識の蓄積が、十三番にはない。むしろ、二度の睡眠を挟んで記憶が失われていて、そもそもその記憶も神殿での生活に適用できるか怪しいところだ。

 となれば、明日以降──どころか今日以降どうなっていくのかなど、考えるだけ無駄だとも思える。

 投げやりではあるが、悲観的ではない。

 つまるところ、「そのときのことは、そのときにならなければ分からない」という、誰にとっても同じで至極当然な真理があっただけの話なのだから。

 二人の間に落ちた沈黙を破ったのは、重い扉が開く音だった。

 十三番が目を向ければ、陰になっていた神殿の出入り口に、細く差し込む光がある。

 わずかに開かれた扉の隙間には、逆光になった人影が。

 来訪者を見とめたらしい【世界】が、押し殺した笑みをもらした。

「まったく……十三番には責任をとってもらわないといけないな」

「どういう意味だ」

「ここを変えた責任だよ。君が来てからたった二日で客が来るなんて、このままでは私の身が持たないぞ」

 不満げに、しかし笑みを浮かべて言いながら、【世界】は神殿の出入り口へ歩んでいく。

 来訪者を出迎える、神殿の主として。

「誰かを看取るのは、この際諦めよう。私はほとんど不死の存在になってしまったからね。だが私が寂しい思いをしないように、私が知り合った人間は老衰で死ぬようにしてくれたまえ」

「それは本当に【死神】の領域なのか?」

 十三番の言葉に、【世界】の足が止まった。

 振り返った【世界】の顔は数秒だけ力の抜けた表情をして、すぐに歯を見せて笑う。

「及第点をあげよう。【死神】は【死神】であって死の神ではない」

 軽く手を叩きながら、【世界】は今度こそ十三番に背を向けた。

 足取り軽くステップを踏む【世界】をため息混じりに見送るっていると、十三番の肩にずしりと馬の顎がのしかかった。

 ため息をまねるように鼻を鳴らしたカルムは、放っておかれた不平不満を体で表現する。頷くようにして引き寄せる動きに逆らわず、十三番はカルムの左肩に背中を預けた。

 首を叩いてやれば気が済むのだろうが、腕を出すだけの気力を取り戻すにはもう少し時間がかかりそうだ。

「これからよろしく頼む」

 代わりに声をかければ、いななきになって返ってきた。

 直後、神殿の玄関口に出た【世界】が、来訪者に声をかける。

「ようこそアルカナへ。名も知らぬ青年」

 そこに看取りの言葉が続くことは、もう二度とない。

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