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最終戦争の予兆

 ルイが思い出したように言う。
「そう言えば……さっきミキさんに会ったら、『今の運命でも誰かは死ぬ』らしいですわ」
 俺は、その忘れかけていた予言を思い出してギョッとした。
「ああ。そうらしいけど、教えてくれないんだ。誰が死ぬのかを」
「残念! さっきまでいらした叔父様に伺えばよろしかったのに」
「でも答えてくれないだろう。未来に何が起こるか、事細かには」
「それもそうですわね」
 その時、俺も残念に思ったことがある。オネエの未来人の名前を聞くことだった。
「ミキさんにもう一度お聞きになってはいかがかしら?」
「それもそうだ。遅くなったから、明日聞こう」
 彼女は立ち上がった。
「ではご機嫌よう」
「こういう時はご機嫌ようなのか?」
「会った時と別れる時のどちらも使える便利な言葉ですわ」
「なら、俺も使っていいか?」
「無臭マモルさんは、使っては駄目ですわ」
「……地獄耳だな」
 彼女が出て行くと、ドッと疲れたので、ベッドにゴロリと横になった。
(さて、明日と言ってももう今日だが、朝一番に聞いてやろう)
 そう考えていると、いつの間にか意識を失った。

 瞼の向こうが明るくなった。
 朝になったのだろう。
 目を開けて腕にはめたままになっている腕時計を見ると、11時30分だ。
「ヤバい、人の家で寝過ごした!」
 ガバッと起きると、見慣れた光景が目に飛び込んでくる。
(何!? 俺の家だ!!)
 そう。自分の家のダイニングルームにいるのである。
 すぐそばでトントンと包丁の音がする。
 妹がセーラー服の上に割烹着を着て台所に立っているのだ。
 妹は物音に気づいてこちらへ顔だけを向ける。
「あ、お兄ちゃん、起きた?」
「あれ? 何故ここにいる?」
「何故って、お兄ちゃんが何時までも起きないから、生徒会長さんの家から寝たまま車でここに運ばれたの」
 酔っ払いが人の家で眠り込んだような醜態を(さら)したかと思うと、顔が熱くなった。
 妹は再び(まないた)の方に向き直り、包丁で何かの皮を剥き始めたようだ。
「学校は?」
「今日は休校。連絡網で回ってきたの。理由は教えてくれなかったけど」
「え?」
「中学も高校も小学校まで、全校休校よ。しかも連絡があるまで登校禁止。どうしたのかしら」
「へー。みんな休みで大喜びかもな」
「そうなんだけど、外出も控えろって言われているの」
 俺の元いた世界では考えられない事態だ。
(全校休校……無期限登校禁止……外出を控える……どうなってるんだ?)

 もう一度時計を見た。11時32分。
(12時近いな。ん? 12時?)
 急にミキとの約束を思い出した。
「そうだ! 12時にミキと待ち合わせていた!」
「えー? お昼ご飯出来るのに」
「ゴメン。夜は必ず食べる」
 両手を顔の前で合わせて拝むように謝罪する。
 妹はプンプン怒っていたが、最後は許してくれた。
(ギリギリかな……いや、駅3つ先じゃ完全遅刻だな)
 ミキの怒る顔が怖い。
 慌てて靴を履いて家を飛び出たが、携帯電話を忘れたのでダッシュで戻る。
 戻ってきた俺に妹が念押しで言う。
「夜は絶対食べてね。おいしい煮物作ったんだから」
「ああ、必ず」
 しかし、この『必ず』の約束が果たせないと気づくのは、30分後であった。

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