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幼馴染みと彼女

 ある晴れた日にBチームの四人が当番となり、いつものように前線へ物資を運びに行った。
 トラックの助手席にカワカミがいた。
 目的地に到着してトラックから荷物を降ろしていると、向こうから三人の女兵士が近づいてきた。
 背が低くて太っている女と背が高くて痩せている女、そして二人より少し後ろに背が低いが三つ編みをしていてサングラスをかけている女だ。
 受け取りの確認に来たのかと思ったので、あまり気にしていなかった。
 俺とミキが一緒に大きな荷物を降ろし終えた時、太った女兵士がススッと近づいてきた。
「兄ちゃん、イケメンだね。ちょっとこっち来なよ」
 女は、こちらが返事もしていないのに、太い指を使って肉に食い込むような力で腕を掴み、強引に引っ張った。
「任務中」
 腕を振り払った。
 女はさっきより力を込めて腕を掴む。
「いいだろ、そいつらにやらしときゃ」
 また腕を振り払う。
「そうもいかない」
「てめえ、気が利かねえな!」
 いきなり胸ぐらを捕まれた。
 ミキは心配そうに俺を見ている。

 カワカミが運転席から飛び降りて駆けつけてきた。
「おい、うちの若いもんに手を出すな!」
「るせぇ、こちとら命張ってんだ! 何が悪い!」
 二人は睨み合った。
 すると、サングラスの女兵士が三つ編みの先を(いじ)りながら近づいてきた。
(この仕草、見覚えがある……誰だ?)
「まあまあ。こういう所に長くいると気が立ってくるから、ここは勘弁してやって」
 その聞き覚えある声にドキッとした。思わず叫んだ。
「ジュリ!?」
「ん? 何こいつ? 馴れ馴れしい……って、え? お前? もしかしてマモル!?」
「お前、本当にジュリだよな!?」
「そうだよ」
「俺、マモルだよ!」
「……あー、やっぱりマモルか、鬼棘のところの。ヘルメットを深く被ってたから分からなかった」
(生きていたんだ!)
 黒焦げの校舎が目に浮かんだ。同時に感動のあまり涙が出そうになった。

 太った女が俺とジュリを交互に見て、掴んでいた手を離す。
「何お前ら、ダチ?」
「幼馴染み」
「来たー! 萌え要素。何、感動の再会ってやつ!?」
 ジュリは俺を見る。
「だね、マモル?」
「ああ、幼稚園から高校までよく一緒にいた。クラスも時々一緒だった」
「そうだっけか? 小四で別れて高一の時再会したと思うけど」
 並行世界でのジュリは、いつも俺にベッタリのあのジュリではなかった。
 だから妹も知らなかったのだ。

 戸惑いながらも会話は続けた。
「元気だった?」
「元気元気。弾丸くぐり抜けてピンピンしてる」
「どうしてここへ?」
「ああ、学校が焼けたとき、超ムカついて。編入断って兵隊に志願したの」
「ケンジは?」
 ジュリは急に顔が暗くなった。
「死んだよ、あの時の空襲で」
 その言葉に愕然とした。

 ジュリは思い出したように言う。
「そうそう、うちら呼集かかったから。二人に言いに来たの」
 痩せた女が言う。
「何、もう前線送り?」
「そう。じゃ、元気でね」
 ジュリは手を振って、二人を引き連れ去って行った。
 カワカミがポツリと言う。
「ここで呼集かかるってことは、最前線行きだな」
 俺は慌ててジュリを止めようと足を踏み出したが、カワカミに右肩を掴まれた。
「ここで見送ってやれ。気持ちは分かるが、今行くとあの子、未練が残る」
 俺は「頑張れよ~!」と叫んだ。
 生きて帰れよ、の言葉は飲み込んだ。
 ジュリは歩きながら、こちらを振り向かずに右手を肩の高さに挙げて振った。
 姿が見えなくなるまで見送った。

 一瞬の再会と別れ。
 生還の喜びに続く死への不安。
(この並行世界は、なんて残酷なのだろう)
 帰り道は、トラックの荷台の長椅子にミキと並んで座ったが、彼女は距離を置いて座り、俯いたまま一言もしゃべらなかった。

 次の日の朝、ミキと俺は倉庫へ荷物の搬出に向かった。
 ミキが台車を押していた。これに荷物を載せるのだ。
 倉庫の中は箱が山のように積み上げられている。
 狭い倉庫に物を詰め込んでいるので、通路は狭い。
 入り口から入って突き当たりを右に曲がると、ミキが台車を置いて俺の左横に並んだ。
 奥の突き当たりの箱を搬出するのだが、少し歩くと急に左肩を掴まれた。
 左を向くとミキがこちらを向いている。
「どうした?」
「お願い」
「何?」
「まだしてない」
「え?」
「知っているくせに。言わせるの?……キ、ス」
 頬が熱くなった。
 ミキも顔を赤らめた。

 昨日ジュリと俺との現場を見ているから、気持ちを確かめたかったのだろう。
 幸い、箱が山のように積まれているので、外から見られないはずだ。
 彼女は目を閉じて俺の唇の方に唇を近づけてくる。俺は目を閉じた。
(こういう時って、男がリードするよな?)
 俺の方も近づいて行った。
 心臓の鼓動がドクンドクンドクンと音を立て、その振動は喉にまで達する。
 あと少しで唇が触れる頃だ。

 と突然、左肩を叩かれた。何かで左肩を上から押さえられている。
 驚いて目を開けると、目を見開いたミキの顔がそこにあった。
 左肩は押さえられたままだ。
 俺は恐る恐る左を見た。同時にミキも同じ方向を恐る恐る見た。
 そこにはサイトウ軍曹が立っていた。
 俺達の肩を両手で押さえているのだ。
「お前達!」
 彼女は咳払いをして低い声で言う。
「なんだな。こっちが見ていて恥ずかしくなるようなことを、こんな所で」
 彼女は両手を離した。
 俺は彼女の方に向き直って直立不動で答える。
「申し訳ございません!」
「誰からけしかけた?」
 俺達は顔を見合わせた。
「分かった。女の方からだな」
「いいえ、俺からです」
「庇わなくていい」
「いいえ、俺から-」
「くどい!」
 彼女は少し後ろに下がって入り口方向を確認し、こちらに近づいて来て小声で言う。
「人が来た。この件は、今回は大目に見る。任務に就け」
「分かりました!」
 彼女は去って行った。
 俺とミキは荷物の搬出を再開した。大きめの荷物を二人がかりで運ぶ。
「ゴメンなさい」
「いや、こっちもゴメン。ミキの気持ちを考えなくて」
 荷物を台車に載せた。
「気持ちって?」
「昨日の幼馴染み。死んだと思っていたのが生きていたから、つい嬉しくて」
「ううん、いいの。あの人、元気だといいね」
「ああ」
 二人で台車を押し、入り口に向かった。
「私のこと……好き?」
「もちろんさ」
 台車の取っ手を(つか)む左手の上からミキは右手を重ねた。その手は温かかった。

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