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初任務は危機一髪

 朝になるとさすがに腹が減ったので、乾いて堅くなったコッペパンを(かじ)った。
 ここにいても落ち着かないので、外の様子を見るため散歩に出た。
 森の朝の空気を吸い込むと、実に気持ちがいい。
 宿舎から外に出ている仲間はまだいない。
 昨日の集合場所まで歩いて行くと、向こうからサイトウ軍曹とカトウが歩いて来るのが見えた。敬礼のポーズで挨拶した。
「おはようございます」
「よぅ、早いな。ん?……どうしたその顔は?」
「はい。殴られました」
 カトウが甲高い声で言う。
「見れば分かる! 簡潔に的確に物を言え! でないと質問を繰り返すことになる!」
「はい。昨晩、Bチームの男達に森の中へ連れて行かれ、ここで寝る練習をしろと殴られました」
 サイトウ軍曹はタバコを取り出して言う。
「やっぱりな。あいつらなら、やりかねん。新兵の教育的指導と称してな」
「やりかねないって、あいつらをご存じなのですか?」
 彼女はタバコを(くわ)えて火をつける。
「前から何回かこっちに配属されてくる。その度に問題を起こす札付き。罰としてチームから外したいが、人手不足だからそうもいかん。あいつらと一緒の任務に就かせるが、接触しないように配慮する」
「ありがとうございます」
 彼女は旨そうに一服してから言う。
「明日、物資の輸送を手伝ってもらう。Bチームの初任務だ。頑張れよ」
「はい。分かりました」

 次の日、朝から雨だった。
 雨具は薄いコートだけだ。ヘルメットは傘代わりである。
 物資の輸送には幌のついたトラック3台があてがわれた。
 これに弾薬、食料、医薬品等を分けて積み込む。
 先頭のトラックは弾薬で、荷台には営倉から出てきた男四人組が乗り込んだ。
 しんがりのトラックは医薬品で、荷台には俺と彼女達の四人組が乗り込んだ。
 サイトウ軍曹の配慮に感謝した。

 1時間ほど進むとトラックの速度が遅くなり、横揺れが大きくなった。
 アスファルトではない土の道で泥濘に入ったのだろうか。
 しばらく進んで行くと、突然、進行方向から大きな爆発音が2回続けて聞こえた。
 思わず耳を塞いだ。
 トラックが急に止まる。
 運転席から「来るぞ!」と叫ぶ声がした。
 今度は、乗っているトラックの進行方向と反対の位置で大きな爆発音がした。
 耳を塞がないと鼓膜が破れそうな大音響だ。
 幌が爆風で揺れた。
 トラックが急に後ろ向きに走り出した。
 この動きを予想していなかったので、長椅子に座っていた全員が横向きに倒れた。
 ダダダダッと銃声がする。遠くからも近くからも聞こえる。
 銃撃戦だ。
 倒れた彼女達が起き上がろうとするので「床に伏せろ!」と指示した。
 彼女達は慌てて床に伏せた。
 すると、幌に無数の穴が開いた。ちょうど彼女達が座っていた位置だ。
 トラックが急発進しなかったらと思うとゾッとした。

 銃撃は途中で途絶えた。
 襲撃してきた敵を撃退したのだろう。
 横揺れがヒドかったが、しばらくするとアスファルトの道路に戻れたらしく横揺れがなくなった。
 トラックは急いで向きを変えて連隊に帰るようだった。
 幌の穴から風が吹き込む。
 俺も彼女達も荷台に横たわり、ただただ震えているしかなかった。

 連隊に戻ると、運転手の証言から状況が分かった。
 先頭のトラックがロケット弾でやられて、しんがりのトラックも狙われたがロケット弾が後ろに逸れた。
 銃撃戦により敵を撃退出来て、おかげで2台は無事に帰還したとのことだった。
 逃げるのに精一杯で、先頭のトラックの状況は不明とのこと。
 そこで偵察に行く話が出て、なぜか俺が選ばれた。
 屋根のない四輪駆動車が1台用意され、そこの助手席に乗り込んだ。
 ミキ達三人は雨の中を心配そうに見送ってくれた。

 運転する女兵士はカワカミと名乗った。
 彼女から護身用にと拳銃を渡された。
「使い方は訓練受けたよね」
「は、はい」
 彼女は笑う。
「頼むから自信なさそうに言うな。背中を預けるんだから」
 自信がないのはバレバレだったようだ。

 雨は小降りになってきた。
 コートは蒸し暑いので脱いだ。
 まだ苗を植えていない田んぼが両側にずっと広がる光景を見ながらアスファルトの一本道を1時間ほど進むと、左に伸びる枝道が見えてきた。
 それは小高い山と山との間に入る道だった。
 車は左折した。
 アスファルトがなくなり泥濘の道だった。泥濘の揺れで思い出した。
(さっきここを通ったんだな)

 山と山との間を少し行くと道が左カーブになり、左側の山が切れて田んぼが見えてきた。
 右は山のままである。
 左は一面田んぼだが、50メートルほど先の田んぼの真ん中に青いトタン板で出来た小さな小屋がポツンとある。
 休憩小屋だろうか。その小屋のそばに3台のバイクが見えた。
(農家か誰かの乗り物か?)
 その時、カワカミが叫んだ。
「あれだ!」
 彼女が指さす方向を見ると、道の真ん中で1台のトラックが黒焦げになっていた。
 20メートルくらいまで近づいて彼女は車を止め、自動小銃を構えて車を降り、腰を低くして周囲を警戒しながらトラックへ近づいて行った。
 そしてトラックの周りを一周して戻ってきた。
「六名の死亡を確認。生存者なし。報告しないと」
(あの連中が全員死んだ……)
 目の前に起きた現実に恐怖を覚えた。

 運転席に乗り込んだ彼女が無線で連絡を取るが、通じない。
「電波が届かないところだな。戻るか」
 彼女がエンジンをかけたその時だった。
 小屋の方から、バイクのエンジンを吹かす音がする。
 見ると紺色の軍服を着てヘルメットを被った三人の女兵士がバイクにまたがり畦道を通ってこちらに向かって来る。
「来たぞ来たぞ!」
 彼女はアクセルを思いっきり踏む。
 四輪駆動車は全速力でバックしようとするが、泥濘で空回りし、なかなか早くは進まない。
 バイクもそうだ。泥濘に滑っている。
 お互いに距離を保った状態でノロノロと追いかけっこしている姿が滑稽に思えてきた。
 しかし、バイクの方が勝っているらしく、徐々に近づいてくる。
 ロードバイクだろうか。

 ボーッとしている俺にカワカミが発破をかける。
「何見とれてるんだ! ぶっ放せ!」
 言われてみれば、こちらは一発も撃っていない。
 彼女は車を泥濘から抜け出るように運転することで必死だ。
 ぶっ放せと言われても、にわか訓練しか受けていないので拳銃を構えるだけで手が震えてくる。
 膝まで震えてきた。さらに、車の揺れで狙いが定まらない。
 徐々に迫ってきたバイクの方からパンパンと発砲が始まった。
 女兵士はタイヤを狙っているらしく、斜め下を撃っている。
 震えが止まらず、拳銃の引き金にかかる指が自分の意思で動かない。
(駄目か!?)
 とその時、急に車のスピードが出た。
 弾みで前のめりになり拳銃が手から離れた。
 危うく拳銃を車の外に落とすところだったが、足下に落ちたので安堵した。

 泥濘を抜けてアスファルトの道まで出たようだ。
 車は向きを変え、全速力で連隊に向かう。
 バイクも泥濘の道を抜けたようだ。
 田んぼがどこまでも広がっている。
 まっすぐに伸びるアスファルトの道をひた走りに逃げる車と追う3台のバイク。
 小降りの雨だが雨粒が痛い。
 向こうは、追いかけながら銃をパンパンと撃ってくる。
 車体に弾が当たる音がする。恐怖を覚えた。
 情けないことに、俺は両手でヘルメットを押さえてマユリの加護を待っていた。

「敵さん、こちらが撃たないからいい気になっているな。いいこと思いついたぞ」
 彼女は何か閃いたらしい。
「ハンドルを押さえていろ! 右手を使え! ちょっとアクション映画の真似事をやる」
 彼女は左手をハンドルから離して自動小銃を左手に持った。
 俺が不甲斐ないので、自分で応戦するようだ。
 言われるままにハンドルの左側を右手で押さえると、彼女が右手を離して後ろ向きになって銃を構えた。
 意図せず車が大きく蛇行した。
 彼女がアクセルを離したらしく、減速もした。
「馬鹿野郎! 道は平らじゃない! しっかり押さえろ!」
 その声に力いっぱいハンドルを押さえた。
 蛇行が小さくなった。
 平らに見える道は確かに平らではなく、ハンドルがどうしてもとられる。
 蛇行し減速する中、彼女は銃を3秒間ほどダダダダッっと連射した。それがすごく長く感じた。
「よし!」
 彼女が前を向き直ると急ブレーキがかかった。
 恐る恐る後ろを見ると、道路の向こうで三人が倒れていて、バイクもバラバラの方向に倒れていた。
(人が死んだ……)
 また震えが止まらなくなった。

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