バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二話:リョウシンをつくる

 ユミヒコの覚醒から1か月後。

「ねぇ。シンシア。僕、ゴウカクできそうかな?」
 覚醒後の1か月間の訓練は、かなり厳しい。
 現代で言えば、知識だけ詰め込まれた赤子に歩いたり、走ったり、他の子供とのコミュニケーションを取りながら生活をしていく。自分の意志を伝えていくと言うことも行う。なにより一番きついのは、外気にあたることだ。培養液と言うやわらかな液体でぬくぬくと育った者たちゆえに、皮膚は薄く柔らかい。外気にあたることは、軽い電気ショックのようにピリピリと感じるほどだ。
「大丈夫よ。最初は辛そうだったけど、外気テストに耐えられるくらい皮ふも固く成長しているし、他とのコミュニケーションもそこそこできるようになっているから」
 シンシアは明るく答えた。
「でも、もう、シンシアとは会えないんだろう?」
「そうね。私は科学者だから、リョウシンができるまでの繋ぎのようなものだもの。ユミヒコたちに何か不具合が生じてもすぐに対処できるように、私がいるのよ」
 なんの疑問があるの? という具合にシンシアはつらつらと答える。
「つまんないな。シンシアとまだ一緒にいたいなぁ。ダメなの?」
「おかしいの。ユミヒコったら。他とのコミュニケーションの勉強のしすぎなのかしら?」
 ユミヒコは、シンシアの手にそっと自分の手を重ねた。シンシアは、驚いて、
「ねぇ? どうしたの? ユミヒコ? ザルク様に診ていただく?」
「ううん。いいよ。フゴウカクとか言われちゃうからさ」
「そっか。でも、あんまりおかしいようなら言ってね。これでも科学者なんだから、ね」
「うん。ありがとう」
 ユミヒコは、シンシアの手の温もりを名残惜しげにし、そっと手を離した。

 数時間後、ユミヒコと同じ世代の子供達がグランドシステム第一管理遺伝子操作室に集められた。
 ザルクは、笑顔で、
「さぁ。ここに入ってきた子は全て『ゴウカク』だ。オメデトウ」
 ユミヒコは、周りを一巡した。数人足りない気がする。
「あっ、あの、ザルク様。少したりな……」
 そこまで言うとシンシアは、ユミヒコの口を押えた。
「ユミヒコ。ちょっと緊張してるみたいね」
「おやおや、無理もない。厳しい訓練に耐えて、きっとホッとしたんだろう。さぁ、次はリョウシンを作るんだよ。シンシアが設定など教えてくれるし、アドバイスしてくれるからね。なぁに、時間はゆっくりあるんだ。落ち着いて作りたまえ」
 ざわざわとしながら、子供達は第一管理遺伝子操作室をあとにした。
 シンシアは、リョウシン作成ルームに行く途中、
「ユミヒコ。あんなこと言っちゃダメじゃない! 一転してフゴウカクになるわよ!」
 頭から角でもでてきそうな勢いでシンシアは怒っていた。
「ごめん。昨日、キリアと約束したんだ。一緒にゴウカクしようって」
 項垂れながらユミヒコは、シンシアに謝った。
「ユミヒコ。いい? 他とのコミュニケーションは大事なことよ。でもね、できないかもしれない約束なんてしないの。おかしいな、常識知識の埋め込みの時にうまくいってなかったのかしら。それなら、ザルク様が気づいて修正するはずだし。やっぱり緊張して言ってしまったのね」
 ユミヒコは、何も答えない。何をどう答えることが正解なのか考えつかないでいた。

―リョウシン作成ルーム―

プレートに書かれていた文字をおぼろげに見ると、シンシアはドアに暗証番号を入力し、子供達を案内した。
「さぁ。ここで、みんなの『リョウシン』を作るのよ!!」
 肩の荷が下りた気持ちだったのだろうか、シンシアの声は妙に明るく、リョウシン作成ルームに響いていた。
 シンシアに手ほどきを受けながら、それぞれのリョウシンを作成していく。リョウシン用に作成された『人』たちが、数体用意されている。人柄、おおまかな性格をリョウシン用の『人』に組み込んでいく。もちろん、このリョウシン用の『人』は、それまでに他とのコミュニケーションをとり、生活していくうえで必要な経験値を兼ね備えているものたちだ。容姿の部分も少しだけなら変更ができる。
 子供達は、過去の時代のリョウシンや現在のサンプルとなるリョウシンのビデオデータを元に作成を始めていた。
 ユミヒコは、他の誰よりも素早く操作し、リョウシンの作成に勤しんでいた。そんなユミヒコの様子をシンシアは後ろからそっと覗き込んだ。
「ふふっ。やっぱりさっきのは緊張していたせいなのね。さすが優秀な科学者の遺伝子が入っているユミヒコだわ。誰よりも優れている」
 だが、シンシアは、その内容をみて凍り付いた。ハハオヤの形成は、シンシアにあまりにも似ていたからだ。
「ユミヒコ。これは?」
 思わず大きな声をあげたシンシア。
「だって、もうシンシアには会えないんだろう? だからさ、代わりにと思って、さ。さっき、ザルク様と通信したら許可してくれたよ」
 シンシアは、ワナワナと震えていた。
「あっ、あの、シンシア?」
「もう、こんなことしないでよ。気持ち悪いわ。ユミヒコ!!」
 言うと同時にシンシアは、ハハオヤを書き換えて行った。厳しくきつい性格に形成された。名は『マルムル』と付けられていた。そのまま、ユミヒコ用のリョウシンに転送された。一度、転送されたものは変更不可能。チチオヤは、『パルト』。性格は優しいが規律を重んじる性格だ。
「シンシア。ごめんなさい、そのあの……僕」
 ユミヒコは、母親に嫌われてしまって途方に暮れる子供の用に泣き出しそうな顔をしていた。シンシアの手をそっと触ろうとしても、バシリと払いのけられた。
「いい? 私は科学者なの。同じような顔かたち性格をもった『人』はいらないし、リョウシン用の遺伝子なんて私には入ってないんだから!! そんなのは『リョウシン』に相応しくないのよ。リョウシン用の性格、容姿をいれてちょうだい!! 気持ち悪いッたらありゃしない」
 ココロがうちのめされる。ユミヒコは、そのことはわからなかったが、300年前でいえばこういうことなのだろう。
 リョウシンの基本性格は、変更不可能だ。だが、少しずつであれば自分の状況に応じて変更は可能だ。そうだ、ゆっくり変更していけばいい。ユミヒコは、精一杯考えた。リョウシンとして目覚めた、二人は、そんなユミヒコの気持ちを察したのか、まだ、わからない。

しおり