バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第一話:僕の始まりと偽り

 自分たちの親は自分たちで教育し、つくろう。
 じゃないと、自分たちのリョウシンが壊れてしまうから。

 西暦23xx年。今から300年後の地球。
地球は太陽の接近や大気汚染がひどく、人々はコロニーと呼ばれるシェルターの中で暮らしていた。だが、コロニーの中で生息できる人数には限りがあった。
人々の取った方法は――。
科学者により作り出されたシステム。グランドによって人口の調整を行うこと。
世界には、餓えも貧困もない。ましてや人種差別など存在しなくなった。
 少しのリスクを除いては……。争いのない平和な世界かもしれない。

 ―グランドシステム第一管理遺伝子操作室―

「ああ。やはりここでは双子は存在できないのだな。片方は必ず劣化が生じてしまう。だが、好都合と言えば好都合か……」

 自分の気持ちをめったに声にしない男がめずらしく小さな声ではあるが、呟いていた。呟いた男は、科学者ザルク。世界の人口調整を行う、グランドシステムの最高責任者だ。彼自体も38年ほど前にグランドシステムによって作り出された「人」である。
 そんな呟きを聞き取ったのか、若い新米科学者が、
「ザルク様。どうされたのですか? なにか不具合でも?」
 心配そうにザルクを見つめていた。
「いやぁ。なんでもないよ。シンシア」
 ザルクは、穏やかな微笑みを新米科学者シンシアに向けた。
「よかったぁ。なんだかザルク様、このごろ根を詰めていらしたようなので……心配になってしまって」
「ありがとう。シンシア、君は優しいね。そうか、確か君が作られた時、性格が優しい遺伝子が多かったかな?」
「嫌ですわ。そんなこと、恥ずかしいですわ」
 シンシアは、ちょっとだけ頬を膨らませ子供のように無邪気な顔をしていた。
「いやいや。悪かったね。そうそう、君が優秀な科学者になるという遺伝子を持っていることも知っているよ」
 ふっふっふ。と、若い女の子をからかうイタズラなオジサンの顔をしてザルクは答えた。
「すまんが、ボケた頭を覚ましたいからね、コーヒーを持ってきてくれるかい?」
「ええ。わかりました。コーヒーを入れられる遺伝子もたぶん持っているハズですわ」
 べっーと舌をだしながら、シンシアは遺伝子操作室を出て行った。
「ふふっ。ここから先の遺伝子操作は、気を使いそうだからね。コーヒーで頭を覚醒させておかないと、な。そして、優秀な遺伝子の君は、気づかないとも限らないからね」
 ほどなくすると、きつめの香がするコーヒーをもったシンシアが、遺伝子操作室に入ってきた。
「はい。ザルク様。お好みのキツイコーヒーですわ!!」
 ザルクの目の前に熱いコーヒーのマグカップが差し出された。

 10年後。
『さぁ。目覚めなさい。もうここから出る時がきました』
 女性の声が自分の中に流れ込んでくる。試験管の培養液で育った10歳の少年は、自分の意識を無理やり覚醒されることに憤慨していた。
「いやだよ。もう少し寝ていたいよ。数日伸びればもっとちゃんと形成されるんだろ?」
『いいえ。ダメです。グランドシステムによって計算された値では、あなたはもうここから出る時間なのです。さぁ、ゆっくりでかまいません。出るのです』
「ちぇっ。しょーがないな。わかったよ、出るよ!!」
 10歳の少年は、やっと眼をあけた。同時に試験管の蓋も開けられ、次第に培養液は試験管の下の排水口へとザアーザアーと音を立てて、流れていった。今度は、試験管の扉が開かれる。ゆっくりと恐る恐る少年は、試験管の外へとでた。
「うっわ。なんかひんやりする。気持ちわるいなぁ」
 300年前の世界で言えばお風呂から上がって冷たい外気にあたったような感覚なのだろう。
「さぁ。すぐ右手に見えるシャワー室で身体を洗い流しなさい」
 言われるがままにシャワーを浴びる為、歩き始めるが、知識で「歩く」ことは植え付けられているが実際に身体を動かして「歩く」のは初めてとなる少年。よちよちとしながらもシャワー室へと向かう。
 シャワー室には、科学者のシンシアが待ち構えていた。
「さぁ、ここがシャワー室よ。目覚めたばかりでリョウシンも決まってないから、しばらくは私が身の回りのことを世話するわね」
「リョウシン?」
「ええ。これからあなたは、『人』として生きていくわ。それには、他とコミュニケーションを取ったり、いろんなことを経験していく必要があるの。それを助けてくれるのが『リョウシン』よ」
 虚ろな目をしながら、少年はシンシアに尋ねた。
「『リョウシン』は、どこからくるの?」
「それは、これからあなたが作るのよ」
「僕が『ツクル』?」
「そうよ。さぁ、まずは、シャワーを浴びて外気に耐えていけるか、1か月ほどの訓練があるわ」
「ふうん……」
 シンシアは、少年にぬるめのシャワーを浴びさせると丁寧に身体をふき取った。子供に優しい対応をする。
「ねぇ。あなたが『リョウシン』になってくれないの?」
 クスリとシンシアは笑うと、
「私には、その遺伝子はないからできないわ。これからあなたが作るからいいじゃない」
「……」
「そうだわ。ごめんなさいね。まだ、名乗っていなかったわね。私はここの科学者シンシアよ」
「カガクシャ?」
「ええ。いずれあなたもなるのよ。科学者の遺伝子が入っているから」
 シンシアは、少年の頭を撫で、
「あなたの名前は、『ユミヒコ』」
「ユミヒコ?」
「そうよ。個体識別に名前は必要ですからね。ここの最高責任者ザルク様がつけたのよ」
「サイコウセキニンシャ? ザルク?」
「さぁ。おしゃべりはこれくらいにして、外気訓練室へ行きましょう」
 ユミヒコの手をとり、シンシアは外気訓練室へと誘導した。
 試験管の培養液という安定した世界から一転して、外気と接触する訓練を行う。空気が従来より薄い状態になっても生きていけるようにと訓練されていく。コロニーの世界でも充分に生きていけると判定されれば、晴れてコロニーの住民として登録され、生きていくことを許される。
 だが、環境に順応できないと判断された場合には、コロニーの外世界、通称ダークスラムへと放り出される。『人』として形成されたものをそのまま殺処分するには、あまりにも倫理的に問題があると。いつの頃からか、ダークスラムに放置してくることが暗黙の了解となっていた。

しおり