影武者高校生(02)
甲府盆地の中心で、ごく小さな震動が街を走った。観光客が「地震かな」と口にする間もなく、それは図書館周辺の地面に局所的なものとして収まり、誰にも気づかれないほどの微細な変化として消えた。しかし、地下ではその振動が確かに“始まり”を告げていた。
暁号――かつて武田軍が密かに建造していたとされる人型戦機。その正体は、単なる歴史の遺物ではなかった。記録されていた以上の機能を持ち、意志を宿した存在だった。
「出撃準備って……何と戦うつもりなんだよ」
凌大が呟いたとき、天井部に設けられた無数の小型モニターが同時に点灯した。画面のひとつには市内の航空写真が映され、別の画面には古文書のような信玄書簡が投影されている。自動翻訳がなされていた。
『敵は再び甲斐を狙う。異なる時代に紛れた兵たちが、亡霊となって現れる。その時、“暁”を起こせ』
「……これって、未来予知? 予言? それとも……過去の繰り返し?」
咲花が眉をひそめた。彼女の中で、任務と倫理と好奇心が三つ巴になって暴れていた。
匡の目は冷静だった。だがその奥では、高鳴る鼓動を押さえ込もうとする強い意志が見えていた。彼は、目の前の暁号を“受け入れた”。その事実が、すでに彼自身をただの高校生ではなくしていた。
「起動した以上、止まらない。たぶんこれは……試されてる。俺が“何のために使うか”を」
「それを考えるのは、今じゃないのかもしれない。けど……」
凌大が間を取って、ゆっくりと匡の隣に立った。
「ひとつ聞くよ。お前はそれを、“誰のために動かす”?」
匡はすぐに答えられなかった。数秒の沈黙。その末に出た答えは、まっすぐで、ぶれないものだった。
「父さんが果たせなかったことの続きを、俺が見たい。それだけだ。誰のためとかじゃない。“自分のため”にやる」
「そっか。……それなら俺は、後ろで見てる。そういうの、嫌いじゃない」
その時、入り口から複数の足音が響いた。
「こんなとこで秘密クラブ? ずるいわね、あんたたち」
顔を出したのは真優だった。背中にはざっくりとしたバックパック、手にはノートPC、そして首から下げたオーディオレコーダーがカチャリと鳴った。続いて入ってきたのは、優しげな顔立ちの開。手には工具袋を抱え、まるで何かを修理する現場に呼ばれたかのような雰囲気だ。
「機械音聞こえたから来てみたら……やっぱり何かあったんだな」
「ねぇ、“最古のロボット”って話、冗談じゃなかったんだ?」
真優はモニターを一瞥しながらも、それ以上は追求せずに淡々とカメラを構えた。
「記録だけはしとくよ。誰かが嘘って言う前に、ちゃんと“ここにいた”って証明したいから」
「真優……あんたって、ホントそういうとこブレないわよね」
咲花が言ったその時、背後からさらに足音がした。
「待って、待って、待って! 私も混ぜてよ!」
勢いよく入ってきたのは、美紅だった。肩で息をしながら、周囲の光景を目にして立ち尽くす。
「……これ、夢じゃないよね? 映画とかのセットじゃないよね? てか、ロボット!? 本物!? 匡くんこれ本物なの!? どうしよう私、テンション上がりすぎて血糖値おかしいかも」
「落ち着け、美紅」
開がなだめるが、美紅の目はキラキラと輝いたままだ。彼女は興奮しやすく、そして人の空気に影響されやすい。今の状況は、彼女にとってまさに“夢の中の冒険”そのものだった。
「全員揃ったな」
匡が言うと、暁号が再び振動した。
《全搭乗者、認識完了。作戦開始まで、四十八時間。――敵、接近中》
その警告とともに、地下遺構の最奥部からもう一つの扉が開いた。
その奥に広がっていたのは、地下であるはずなのに空のような広さを持った空間。そして、そこに鎮座するもう一体の、未起動のロボット。
「まさか……これは……敵の“影”か」
匡の目が、じっとその巨体を見据える。
「影武者だったのは……こっちかもしれないな」
甲府の地下で、時を超えて動き始めた“機械たちの遺志”。
それを継ぐのは、ただの高校生たちだった。