影武者高校生(01)
蒼光に照らされた空間は、確かに人工的な構造を持っていた。岩を削って造られたのではなく、まるで最初からこの地下に“置かれていた”かのように滑らかで、そして正確に設計されていた。左右の壁には、管のような配線が張り巡らされ、時折赤や緑の光を点滅させている。その配線は天井へと続き、そこから微かに熱を帯びた霧のような空気が降りてきた。
匡は、その気配を肌で感じながら歩みを止めなかった。彼の手のひらはじんわりと汗ばみ、心臓の鼓動が静かな洞窟に響くように思えた。
後ろで咲花が足を止める。彼女は喉元まで何かが込み上げてくるのを飲み込むように、そっと息を吐いた。
「……ねえ、匡。今なら、まだ引き返せる。これ、想像以上のものだよ。歴史の問題とか、レベルが違う」
「戻れないよ、咲花。もう開けちまった。しかも“それ”は今、目覚めかけてる」
匡はそう言って、さらに奥へと歩みを進めた。ふたりがたどり着いたのは、小さな球体を中心に組まれた円形の部屋だった。床には無数の歯車模様が刻まれ、中心には半球状の金属構造物が、脈打つように光を放っていた。
咲花がつぶやく。
「これが……“最古のロボット”? でも、こんなに静かに……機械っていうより、眠ってる生き物みたい……」
匡は無言でポケットから家紋の刻まれたペンダントを取り出した。そして、それをそっと中央の台座に置いた。ピタリと収まり、そこからまた光が走る。
蒼く、鋭く、そして穏やかに。
空間が振動する。まるで目に見えない誰かの息吹が流れ込んできたような錯覚。金属の構造体がゆっくりと持ち上がり、内部から音が鳴る。
――ギギ……ギイイイ……
機械が立ち上がるその音には、不思議なリズムがあった。整然としているのに、どこか人間臭い。やがて、その構造体が人型に変化していった。
咲花が息を呑んだ。
「これは……ヒトガタ……間違いない。武田が作った人型兵器……。でも、どうして今まで誰も発見できなかったの……?」
「“鍵”が必要だったんだよ。俺の血、俺の家系、そして……こいつを動かせる“意思”が」
匡がそう言ったとき、背後の通路に別の足音が響いた。
「おいおい……あんまり勝手なことしてもらっちゃ困るなぁ」
ひょっこりと姿を見せたのは、茶色のパーカーに身を包んだ高校生男子――凌大だった。彼は手をポケットに突っ込みながら、どこか遠巻きに様子を眺めている。
「匡。あれが動いたら、何をするつもりだ?」
「……まだ決めてない。けど、止める理由もない」
「そっか。なら、俺も止めない。けど……咲花の顔はちゃんと見てやれよ」
そう言って、凌大は壁にもたれかかる。彼の目はずっと、匡ではなく咲花の揺れる視線を見つめていた。
咲花は立ったまま拳を握る。彼女の正義感が、目の前で確かに揺れていた。
「私は……匡がそれを動かすなら、止めなきゃいけない側なんだよ。本当は」
「でも止めないんだろ?」
「……止められないのが、悔しいだけ」
咲花の声には怒りも悲しみもあったが、それ以上に“揺るがぬ意志”があった。正しさの中にある葛藤、それを認めることでしか生きられない彼女の矛盾が、今そこにあった。
その時、金属の巨人が目を開いた。
左右非対称の瞳。片方は赤く、もう片方は青く光る。口は動かず、声だけが直接脳内に響く。
《命令……識別中……。対象:“武田家末裔”……認証――完了》
「しゃべった……!?」
咲花が小さく後退する。匡は一歩、機械に近づいた。
「お前は……俺に従うのか?」
《命令が不完全……。再確認――》
そのとき、部屋全体の光が一気に消えた。
「ちょっ、なに!? 停電!?」
凌大が走る。だが光が再び戻った時、部屋の壁に何かが投影されていた。
それは――戦国時代の風景。武田信玄の軍旗。甲冑。合戦の描写。そして、その中に、匡そっくりな顔が映っていた。
「……これ……」
「影武者だ」
匡の声が低く響いた。
「こいつは知ってる。俺に似た誰かが、信玄の影として生きた記録を。つまり、俺は……“二代目”なんだよ」
咲花の瞳が揺れる。凌大がわずかに眉を寄せる。
そしてそのとき、機械が告げた。
《起動条件、すべて整備完了。武田式戦型“暁号”――出撃準備完了》
その言葉とともに、地響きが部屋を揺らした。
地上で何かが――動き始めていた。