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なんでもないからなんでもやるか

 今日もどこかで取るに足らない人生が始まり、終わる。

 そしてここに、取るに足らない人生の真っ最中の二人がいる。

「あぁー、なんか面白い事ないかなぁー」

「一千万くらい落ちてねぇかな」

「レコード屋でも行かないか?」

「えぇ、先週五万も使ったよ。給料日まで金ねぇよ」

「じゃあスロットで増やそう」

「聞いてた? スロットは昨日二万負けたの。お前が貸してくれるならやってもいいぜ」

「やだよ。あ、そういやジュディいるだろ。あいつなんか新しい義父から古いキャンピングカー貰ったらしいぜ。十八になって免許取り立てでそんなでかい車乗りこなせるわけないのに。キャンプなんて別に好きじゃないし、なんなら一人暮らしのマンションに駐車場がないから駐車場も借りる羽目になってありがた迷惑だってストーリーで愚痴ってたよ」

「売りゃいいのによ」

「まぁさすがにそれは出来ないんじゃない? あいつ意外といい奴だし」

 テディにグリース。二人とも二十三歳のフリーターで、趣味はもっぱら音楽かギャンブル。それとマリファナ。

 いつも真昼間から近くの広い公園か、夜な夜などちらかの家で、酒や草とともにお互いが最近ハマってる曲を聴かせ合う。軽いパーティをするのが日課だ。

 マリファナのせいで大概は最高の音楽に聞こえる。二人が特に好んでいたのは六十年代から七十年代のロックンロール。そりゃ大抵間違わない。

「よぉー、こんなブリって音楽に包まれる生活は最高だけどさ、いつまでもこんな事続けてられないよな」めずらしくグリースが将来をまともに考え出した。

「あぁ、なんとかしないとな。海賊王でも目指すか」いつもの調子でテディは気取って冗談で返した。

「冗談じゃなくてさ、俺たちがロックやるのはどうだ?」

「やってるだろ。良い曲いっぱい作ってる」

 二人は時折りギターでセッションしながら曲を作っていたが、誰かに聞かせたりするつもりはなく、ただ自分たちで楽しむ為だけにやっていた趣味にすぎなかった。

「二人で演奏してるだけで録音もしてないし金にもなってないだろ。配信したりライブしたりとかさぁ」

「ロックってのは生活なんだよ。それに俺たちのような曲は今売れねぇよ。機材揃えんのにも金がかかるぜ。ただでさえ俺たちフリーターの貧乏人なのにさ。生きてくだけで精一杯だよ」

「まぁそうだけど」

 グリースは少しがっかりしてそう言った。そして同じタイミングでテディが何か思いついたようにアッ!と叫んだ。

「よし! やっぱ俺たち海賊になろう。全国回って金をかき集めるんだ」

「何言ってんだよ」グリースは疑いの目を向けることすらせずに空を見ながら吐き捨てるように言った。

「海賊つったって例えなだけで実際強奪するんじゃないぜ。ちゃんと正当に金を貰う」

「どうやって?」

「なんでも屋だ。今SNSで色々流行ってるだろ。色んな依頼受け付けるやつ」

「なにそれ、エロい女の子のやつとか?」

「いや、まぁそれもそうなのかもしれないけど俺が言ってんのは違う。レンタルなになにみたいな。レンタル何もしない人とかもいる。あと代行業者とかさ。たとえば退職を代行するだけで会社を起こせるんだぜ。だから俺らはそれの全部をやる。どんな依頼も代行も受け付けるし、場所も問わずどこでも行く。レンタルなんでも屋だ」

「おぉ、なんか儲かりそうだな」

「そうだろ。SNSで宣伝して、ある程度稼げるようになるまでは車で住みながら近くの依頼をこなしていけばいい。移動もすぐ出来るしな。道中は音楽も演ろう。まさに海賊だろ」

「そんな男二人が寝泊まりできるようなデカい車買う金ないだろ。機材どころの話じゃないぞ」

「あぁないよ。でも持ってる奴いるんだろ? 困ってるって」

「あぁジュディか! でもいくら困ってるつったって、さすがにお義父さんに貰った車をあげるなんて事はしないだろ。しかもタダで?」

「だからそれこそレンタルでいいじゃないか。月々いくら払うからって、駐車場代も浮いて、毎月小遣いが入るんだから悪くないだろ」

「じゃあその金は?」

「だからなんでも屋で稼ぐんだよ。とりあえず話だけつけといて、考えるわって言っとくんだよ。それでHP(ホームページ)とかSNSで俺たちのアカウント作って、依頼が順調に入ってきたら実際に借りる。そのお義父さんとかが来るってなった時は返すし、俺たちの休日にすりゃいい。まとまった金が手に入ったらちゃんと俺たちの車を買えばいい」

「天才かよ! よし、DMしてみるよ」

——二日後、テディとグリースはDMで約束を取り付けたジュディの家までやってきた。

「よぉジュディ、久しぶり」

 ジュディは派手なネイルと睫毛を揺らしながら、マンションの道路を挟んで向かいの更地の駐車場まで案内し、どデカいキャンピングカーを指差した。

「これ。デカくて、維持費もバカにならないし、ぜんっぜん使わないの。お義父さんは善意のつもりかもだけど、こっちは呪いみたいなもんだよ」

 グリースは窓から覗き込み、「でけぇ……俺の部屋より広い」とつぶやいた。

「んで、レンタルって話だったよね?」ジュディがさっそく本題に入った。

「うん。自動車税分と、月一万でどう? もちろんお義父さんが来る日は返却する」

「二万」

「一万五千。ガソリン代も維持費も駐車場代も浮くし、安定した副収入ってことで。」

「……いいよ。それで」ジュディはしばらく悩んだが、元々タダで貰った上に、マイナスがプラスになるんだからいいやと思い、すぐに了承した。

「サンキュー! 最高! じゃ、色々整理したらまた来るから、契約成立な!」

「えぇー? 今日持ってってくれんじゃないのぉ?!」

「まだ準備しなきゃいけない事あるんだよ! 大丈夫。すぐ取りにくる事になるから!」

 こうして二人は車の確約と夢を手に入れた。#なんでも屋のタグを添えて、SNSアカウントも開設。

 初投稿はキャンピングカーの前でピースしてる写真に仕事内容を手短に。

「なんでもやります。全国どこでも行きます。料金は時間制で、どんな依頼であっても一律一時間三千円+ガソリン代。まずは気軽に無料で相談からでも。 #路上のバッカニア」

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