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やめてください






「地元の町工場で働いてます。殴る蹴る当たり前の超体育会系です。労基やSNSでの拡散も考えましたがあとの報復が怖くて出来ませんでした。辞めたいなどとも当然言い出せません。私の代わりにやめてくれませんか? また、後腐れない辞め方を一緒に考えていただければ幸いです」

 アカウント開設からわずか一日、パラキートというアカウントからこんな依頼のメッセージが届いた。

「おいテディ! もう来たよ! やっぱ俺たちこれでやってけるよ!」

「落ち着けグリース。まだ一つ目だ。新しいアカウントの投稿だからたまたま上に表示されただけだろ。これを維持するために、依頼主の期待以上の仕事をこなすぜ」

 テディは冷静にグリースを諭したが、普段テキトーなテディが、こんなにもまともな仕事人みたいなことを言い出したんで、テディも相当気分が昂っているんだということは、グリースにはすぐわかった。

 二人はすぐにジュディに連絡して、キャンピングカーを引き取った。

 依頼主のその町工場は運がいいことに、テディとグリースが今いる所から、さほど離れた町ではなかった。

 日時を決め、早速会いに行くことになった。まずは土曜日の夜、打ち合わせがてらに喫茶店で。そしてそこで話がまとまれば、月曜日にいざ決行。土埃を巻き上げながら、二人は爆音で音楽を鳴らし、歌いながら、車を走らせた。

——カランコロン

「あんたがパラキートさん?」

「あ、路上の……人」

「路上の人って、俺たちはホームレスかよ」

「いや、実際車に住むんだしホームレスじゃん」

「いやいや、すいません。私がパラキートです。よろしくお願い致します」

 深々と頭を下げたパラキート(アカウント名)は、いい人そうではあるが、いかにも気が弱そうな見た目の四十代くらいの男だった。

「退職を昨日今日出来たばかりのアカウントのなんでも屋に頼むなんて、相当切羽詰まってんだな」

「あんな会社、普通に退職してもあとからなにをしてくるかわかりません。だから、そのあとも普通に生きれるような辞め方を考えなきゃいけません。だから"なんでも"屋というワードを見て、この人たちなら、そこを考えることもやってくれるかなと」

「もちろんさ! 俺たちはなんでも屋だ。なんでもやるし、なんでも出来ないことなんてないぜ!」

 グリースはダサい幼児向けヒーローのような口調でいきがった。

「なに、誰だよお前。ダサいからやめろ。それにこんな大の男が他人に頼むほどの会社だぞ。後腐れなくっつったってどうやって……」

「だってこのオッサンすごく気ぃ弱そうじゃん」

「気ぃ弱そうとか言うなよ。でも、今までよく耐えたよな。十何年も勤務してるんだろ?」

「いや、オッサンの方が嫌かな……。あ、いやえっと、まぁ、十何年というかまだ三年ですけどね」

「あぁ、前の職場が掃き溜めだったから転職したら地獄だったってパターンか」

「いえいえ、三浪して大学卒業してから、ずっと今の会社ですよ」

「三浪? てことは? 卒業が二十五で、それから三年ってことは今二十八?」

「あ、はい」

「おいグリース、相当ヤベェ会社だ。一回目からとんでもねぇ修羅場になりそうだ……」

 グリースは息を呑んでただ黙ってうなずいた。

「君たち、すごい無礼なんだよね……まぁ、逆に考えれば頼もしくも見えるか……」

 パラキートは会う前以上の期待を、路上のバッカニアに抱いた。









「よし、しっかりじっくり考えるぞ! 俺たち一律一時間三千円だ。一時間経ってなくても一時間分はもらう、でも、それ以降、たとえば三時間三十分だったら三時間分でいい。でも三十分以上一時間未満なら半額プラスだ。考えてほしいってのも依頼だから、今から時間を計る。いい?」

「はい。最高の辞め方を思いついたら、ここのコーヒー代も出します」

 タイマーをスタートさせ、三人は真剣に考え出した。

 引っ越しするにも金がかかる。実家の住所も会社に知られてる。警察に言っても二十四時間警護してくれるわけでもない。おそらく対応してくれるのはもう事が起こって完全なる被害者になった後だろう。三人は煮詰まっていた。そして、もう悠に一時間は経った頃——

「ダメだダメだダメ。何がダメかわかるか?」

 テディが口火を切った。

「守ることばかり考えてんだよ。それがダメ。攻撃が最大の防御って言うだろ?」

「あぁ! こっちからかち込めばいいのか!」とグリース。

「いやいや、それじゃ普通に辞めるよりももっと酷い目に遭うだけ!」パラキートが止める。

「わかってるって。だからちゃんと法的なやり方で攻めるんだって」

「お前法律知らないだろ、テディ」

 グリースがバカにしたが、テディは自信満々だった。

「パラキートさん、SNSで拡散しようとしたって書いてたけど、つまり録音なり盗撮なりしてるわけ?」

「もちろんです」

「じゃあ簡単じゃん。それを脅しのダシに使えば」

 テディが考えた作戦はこうだ。

 ちゃんと告訴状を書き、医師の診断書、録音した音声や動画のコピー、ついでに退職届を添付して、その会社へテディとグリースが退職代行業者と弁護士を装って持っていく。その時、本人は告訴を望んでいない。ただ退職させてくれればいいと言っている旨を説明する。ただあまりにも酷い現状のため、テディとグリースは訴訟に持っていくことを勧めて、告訴状も作らせた。でも本人の強い希望があるため、会社がスムーズに退職を受け入れてくれるならこの告訴状は破棄すると伝える。

「てのが、俺の作戦だ。どう? ちなみに依頼解決に向けてかかる費用は当然そっち持ちな」

「おぉ……いいかも、知れないです」

 パラキートは自信なさげだが、たしかに希望に満ちた目で答えた。

「でもさ、そんな告訴状なんて簡単に出来るもんなの?」

「実際に弁護士に相談すりゃいいんだよ。なんか相談だけなら無料だって謳ってるとこいっぱいあるだろ。そこでどういう罪にあたるのかとか、出来れば告訴状の書き方まで聞いて、それをそのまま打ち込んで印刷すりゃいいだけさ。いかにもすぐにでも告訴したい。弁護士はあなたにするつもりだってテンションでやれば向こうも答えてくれるだろ」

「医師の診断書は?」

「ネットで画像検索して、それもそれっぽく打ち込んで印刷だ。不安ならパラキートさんが直接実費で医者にもらってもいいし。案外書いてくれって言えば結構すぐ書いてくれるらしいぞ」

「まぁ、どっちもただの紙だし、なんとでもなるか。よし、やろう。パラキートさん、どうする?」

 グリースは考えるのがめんどくさくなったかのように話を進め出した。

「まぁ多分それが一番最高の案な気がします。それで納得するのか、その場では納得したフリしても、あとからなにもやってこないという保証はないが……」

「そんなこと言い出したらどんな案でもそうなんだよ。何事もやるだけやってみるんだよ。もうこれ以上の本気は出せないってくらい全力でな」

「じゃあ、診断書は自分で取ってきます。その告訴状は任せてもいいでしょうか? もちろんそれにかかった時間分のお金も払います」

「それならもちろんオッケー。よし、じゃあ早速取り掛かろうか」









 テディとグリースはジュディの家に行き、パソコンとプリンターを借りて、簡単な書類と、名刺を印刷させてもらうことにした。

「大学のレポート書かなきゃいけないから早くしてよー?」ジュディはぼやく。

 パラキートも翌日、休日診療やっている病院を探し、診断書を書いてもらった。

——そしていよいよ作戦決行当日。テディとグリースはバッカニアとしての初仕事に気合いが入っていた。

 スーツに身を包んだ二人はパラキートが務める町工場に到着した。

「お世話になります。"ワタクチ"たち、退職代行会社と法律事務所の者なんですが、少しお話しよろしいでしょうか?」

「あぁ? 朝っぱらからなんだ。退職代行って」

 二人はパラキートが今日から来ないこと、退職を望んでいることを手短に伝えた。

「なめんじゃねぇ。テメェで言いに来いって言っとけ」

「いえ、その必要はありません。退職届の拒否は民法六百二十七条一項に反します」

「わかったわかった。じゃ、帰れ」

「あとこれは身に覚えありますか?」

 そう言ってグリースは録音データを流して聞かせた。

「こういうのもあります」

 動画もスマホで見せた。

「それがなんなんだ? 訴えるのか? やってみろよ」

「え? いいんですか? あ、じゃあもう話は終わりだな。行こう」

 テディはグリースの肩を叩いて帰ろうとした。

「待て待て待て待て、おい。それどうするつもりだ?」

「は? だから訴えていいんだろ? 俺ら実はなんでも屋なんだ。退職代行業者なんかじゃねぇ。でも法律は変わらねぇ。お前は退職届を拒否することは出来ないし、俺らはお前を訴えることが出来る。こんな勝ち確の裁判。成功報酬いくらになるんだろう、なぁ? グリース」

 グリースは全然作戦と違う言動をとるテディになにをやってんだ!と思いつつ、それに全力で乗っかることを選んだ。

「あぁ。俺たちなんでも屋はなんでもやって稼ぐからな。長期になればなるほど食いっぱぐれる心配がなくてありがたい。とことん争ってやるよ。ちなみにこの告訴状は本物な? なんか妙な動きしてみろ。告訴状に書く罪状が増えることになるぞ。つまり俺たちがめんどくさくなるってことだ。だから本当にやめてくれ」

「クソが……あの野郎……」

「おいおい、あのオッサンになんかするつもりならやめときな。あのオッサンは最後まであんたと会社を守ろうとしてたんだからな」

「え?」

「俺たちに依頼してきたのもあいつの母親だ。日に日に老ける息子を見兼ねて、俺たちに泣きながら頼んできたのさ。もう息子じゃなくて弟くらいまできてるってな」

 グリースはテディの言葉に思わず吹き出して、咳をしてごまかした。

「でもあのオッサンは、自分が弱いからだとかあんたの暴行も自分を思ってくれてのことだとか、三浪までしてる自分を拾ってくれた会社には感謝しかないんだとか反社しかいないんだとか、わけわかんないことばっか言ってたな」

「なんだって……」

「あぁいう奴が、ある日突然線路に飛び降りたりすんだよな。自分は悪くないのに、全部自分のせいだ、相手はなにも悪くないって思い込んで、全部抱え込んだままお前らのような奴らを尊重して自ら命を断つんだ」

 パラキートの上司は、なにか深く考え込んでる様子で立ち尽くしていた。

「悪かったよ。退職届は確かに受理する。あいつにもなにもしねぇよ。ほんとだ。悪かったと伝えてくれ。許さなくていいとも。それで勘弁してくれるか?」

「いいとも! あ、ごめん、わかった。伝えるよ。でもこのデータは念のため持ってるからな」

「あぁ」

 二人は満足げな顔で帰路につこうとしたが、テディが振り返って言った。

「俺たちなんでも屋だ。あんたももしなんかあるんなら、いつでも#路上のバッカニア で検索してくれ。そこらの退職代行よりいい仕事するぜ」









——パラキートのところへ戻った二人は、作戦通りではなかったものの、結果うまくいったことを伝え、上司の言葉も伝えた。パラキートはスッキリした顔をしていた。許したのかどうかはわからなかったが、スッキリした顔をしていた。

 二人は初仕事の成功を祝い、得た報酬を使ってマリファナを仕入れ、キャンピングカーでロックンロールをかけながら、ご機嫌なままSNSにパラキートとのスリーショットと、今日の仕事のダイジェストを投稿した。

「初依頼は退職代行でした。とある会社に、依頼主の代わりに退職届を届けてきました! 会社の人たちは意外にも優しい人で、無事、初仕事成功出来ました! まだまだご依頼待っています! #路上のバッカニア #なんでも屋」

 満点の星空の下、二人は今日のことを振り返っていた。

「でも、あの方法で行くんなら、別に業者や弁護士のフリする必要なかったな」

「何事もやらなきゃわからないんだよ。退職代行業者のフリをしたから、退職代行業者のフリしなくてよかったってことがわかったんだろうが」

「お前の言うとおりだよ、テディ」

 そして二人は、これからの人生を思って、胸を躍らせた。

「俺たち、向いてるな、これ」

「あぁ、意外とスリルも味わえてクセになるな」

「いや、スリルはお前が生み出してるんだよ、テディ」

「まぁなにはともあれ、この俺たちの相棒にも名前をつけてやろうぜ」

「いいね、候補は?」

「んー……プラウドメアリー号」

「いいね。CCRじゃん。そんな好きだったっけ? なんで?」

「ノリ」

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