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第十二話『ハリボテと本物』2/2

憂「ルールはいつも通りねー。ボタンは私がBBでいいや」
そう言って平然とカードを配ろうとして――。

正明「待て!!!」
慌てて腕を掴む。
憂「うんー?」

ドクン。

やばい。
ヤバイヤバイヤバイ。

待て、落ち着け。どうする。この展開は想定していなかった。つーかなんでこいつ平然と1,000なんで賭けれる?
いや、そんな金がなんでこんな店にある? いや、そりゃあるだろ。カジノなのに。てか鍵は? 鍵かけてなかったよな、指紋認証? トイレの間に盗まれたら?

まずい、落ち着け。混乱するな。
切り返しだ。迷ったら喋ろ。口で誤魔化せ。

憂「どうかした?」
――誤魔化せるわけねえだろ。

街に居るガキ共やジャンはもちろん。後が怖いだけでその場しのぎなら六道組の大人だって騙せる自信はある。
だけど、こいつは北村憂だろ。
何もわからない。人間的な背景はわからないけど、わかるもの。
駆け引きでは、こいつはオレの上に居る。

正明「実はオレ、そんなに金持ってねーんだ」
憂「えー、結構あるじゃん」
完全に、姿が見えない。
1,000渋沢のハリボテを見破っての茶番か、それとも酒のせいで本当に錯覚しているか、そんなことすらどうでもいいのか。

憂「んー、提案なんだけどさ。お金欲しいなら、私のところに来ない?」
憂「正明君、お金好きでしょ」
憂「私が正明君に声をかけた理由、知りたい?」

オレの反応を見せる前に、探りを入れていた重要情報がバンバン切られていく。
憂「実は理由なんてなくてね。単純に顔が好みだったの」
憂「それだけ」
吸い込まれる――眼の前の、女に、吸い込まれていく――。
憂「私の隣に居てほしいだけなの。寂しいの。ね?」
憂「それで、ここにあるお金は全部あげるよ」
正明「――ッ」
狂う。
見たこともない金と、その讃美な囁き。
オレは――。


●【選択肢013:気になるのは……】
A.北村憂を受け入れる。
B.オレを煽るヤツを絶対に許さない

●A.北村憂を受け入れる。(GAME OVER)

●B.オレを煽るヤツを絶対に許さない

正明「――ざけんじゃねえよクソ女」
正明「オレは、竹原正明だ」
憂「あーん、可愛いー」
反応が読めないから、進める。
正明「この金は確かにハリボテだが、今日はオレの全て。40万。きっかり持ってきた」
正明「このオレの金! 渋沢様40体! 全てを賭けて勝負しろ北村憂!」
憂「ふうん」
今までずっと笑顔で居た眼の前の女が、初めて笑った気がした。

正明「しかし!」
正明「オレは初心者だからハンデをください」
憂「…………」
顎を動かして続きの言葉を待っている。

……んー、どうするか。思いつきで言ってみただけなんだけど本当にくれそうなら貰うべきだよな。
よし。
正明「このゲーム。何度かやってわかったが資金力がめちゃくちゃ重要だ」
A.2,000点。B.500点でオールイン勝負した場合、Bは500→1,000(1勝)→2,000(2勝)→2,500(3勝)と3勝する必要があり、2勝目でもし負ければ敗北する。
逆にAは2,000→1,500(1敗)→500(2敗)→0(3敗)と2度ほど負けてもまだゲームには残っている。
正明「オレと憂ちゃんの勝率を五分に合わせたい」

囲碁や将棋とは違う。麻雀に近い運の要素が大部分を占めるゲームで、プロとアマがやっても勝率は1割ほどしか変わらないというのが正明の見解だ。
正明「よってオレが40万で10,000チップ。憂ちゃんが20万で5,000チップ。それなら譲歩できるだろ」
正明「オレが負けたらこの店に二度と来ない。この場所の事、ここに起こった全ては絶対に他言しない」
正明「但し、オレが勝ったら倍々ゲームに付き合えよ。レートをどんどん上げるから受けろ」
言い分はあるだろうが、倍のリスクを背負う以上この要求は通るはず。
憂「んーん」
しかし予想外に首を横に振った。

憂「私、チップ5,000点もいらないよ」
憂「2,000点で十分だよ」

――あ?

憂「それなら、もしかしたら勝てるかもね?」
正明「ほう……」
吠えたな――北村憂!

憂「あとね。私勝った時にお金いらないよ」
正明「……」
一瞬だけ沸騰した血液が急激に冷めていく感覚。
ギャンブルしねえなら、こいつに用はない。
もし本当にオレに惚れてるだけのバカ女ならば境界線はここで引く。
ポーカーか別のゲーム。麻雀にでも誘導して全部。全部全部しゃぶってやる!
憂「そのかわり!」
まるでこちらを見透かしたようにおちゃらけて立てる人差し指。

憂「正明君が負けたら、この店で一ヶ月バイトしてよ」
正明「……ッ」
2,000点……ってことは、40万の20%だから8万か。いや、それは計算がおかしい。そもそもオレが金出さない以上これは五分の勝負じゃない。
憂「私が負けたら正明君と同額出すよ」
あまりの話に不意に出口の場所を確認する。

こいつは本当にオレに惚れてるだけのバカか、或いは500渋沢をオレから絞れるなにかがあるか。
ここに来て生まれたもう一つの可能性。

こいつ――負けをひっくり返す気だな。

憂「何を思ったか、なんとなーくお姉さん表情でわかるけど、多分違うと思うよ」
憂「だってそうでしょ」

憂「2,000点なら私に勝てると思ってるぐらいの実力でしょ?」

人を、イラつかせるのが上手い――!
正明「乗った」

仮に手を抜いていたとしても、こいつとは同じ条件で勝利したことがある。
もう、こいつがどんなヤツかなんてどうでもいい。興味も失った。

絞る。
金の力で、圧倒的チップ差でただただ蹂躙してやる。

憂「ふふ……ちょっと緊張しちゃうね。久しぶりのポーカーだ」
正明「オレとずっとやっていただろ」
憂「あれはストラテジーだよ。んー、えっとね。んー、セオリーっていうのかな? んー、違う。セオリーも英語だね」
憂「定石? うん。定石!」
だからオレがどれだけ英語不自由だと思ってるんだよ。

憂「今日は、ポーカープレイヤー北村憂としてゲームに参加させて頂きます」
正明「御託はいんだよ。カードを配れよ」
慣れた手付きでディーラーの北村憂は地面に近い位置のいつも通りのシャッフルを見せる。

憂「BB/SBは100/50でスタートします」
配る、というより投げるという表現が適している。見えそうで見えない高さからくるくるとカードが手元に降ってくる。
憂「アクション」

配られたカードは、2,4。誰もがわかるクソカード。

△【イベントCG001・襟を立てる竹原正明】
正明「潰してやるよ――オールイン!」
北村憂は中央にカードを捨てる――ダウン。
そして、竹原正明と北村憂の初対戦はブラフで幕を開けた。

△【イベントCG011・ポーカーテーブルに座る死神】
憂「レイズ――250」
――後に正明は知る。

目の前に居るのはイシュタムと呼ばれる人物。
世界ポーカー大会WJAP優勝者にして世界最上位プレイヤー13名のみ与えられる"CK"の元保有者。
ポーカー世界賞金ランキング1位ハルトムート・アインホルンを討つただ一人の女性プレイヤー。

相手の息の根が止まるまで張り続ける世界最凶の死神を。

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