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Chapter 02

——北海道の新千歳空港に着いた翔は、陣内の口利きで、しばらく翔の面倒を見てくれる事になった甲本こうもとという男に出会った。

「翔くんか? 陣から話は聞いてる。車乗り」

 甲本はカタギの人間で、中古車を取り扱う仕事をしている。元々は神奈川の人間で、陣内とは高校時代の悪友であった。その頃の面影はまったくないほど朗らかな笑顔で翔を迎えた。

「ほれ、とりあえず俺の名義でスマホ契約しといたから。これなかったら仕事も決められないだろ。月々の金は自分で払えよー」甲本は翔を車に乗せると、またクシャッとした笑顔で、スマホを手渡した。

「お、ありがとうございます。ご迷惑おかけします」翔は安心した顔を浮かべお礼を述べた。

 甲本の家に着くと甲本の奥さんが風呂を沸かしてくれていた。先に風呂を使わせてもらい、奥さんが作った肉じゃがもご馳走になった。

 その夜は疲れ切っていたにも関わらず、まだどうなるかわからない現状にモヤモヤして中々寝付けそうになかった。すると甲本が気を利かせてくれた。

「俺は麻薬はやらねぇけど、大麻はやる。こいつは寝付きを良くしてくれるし、ストレスも緩和してくれる。深呼吸するみたいに深く吸い込んで吐くんだ。映画や音楽も一味違って感じるぞ。あとついでにセックスも気持ちいい。男でも声出ちまうぞ。飯も美味くなるから太っちまうけどな」

 甲本は無邪気な笑顔で自分が吸っていたマリファナを翔に手渡した。

 翔はタバコよりも遠慮なく吸い込み、肺に煙を溜めて吐き出した。ゴホッゴホッ。咳が込み上げる。

「咳は出るもんだ、気にすんな。あと二、三吸いすりゃ、十分くらいで効いてくる」

「ありがとうございます」

 甲本の言った通り十分ほどでフワフワした多幸感に包まれ、二、三十分すると腹が減ってきたが、それよりも一気に眠くなり、気付いたらソファで寝落ちしてしまっていた。

 翌日になると、甲本がとある倉庫の仕事を紹介してくれた。紹介ならくだらない面接も受けなくて済むと考えた翔はとりあえずその倉庫で働く事を決めた。そして同時に、甲本の名義で家を借りてくれないかと申し出た。

「いいけど、翔くんまだ仕事も始まってないのに金はあるのか?」

「組いた頃に稼いだ金残ってるんで全然大丈夫です。滞納するような事は絶対にせえへんので」

「そうか。全然気にしなくていいのに。まぁでも翔くんが気使うか。んじゃとりあえず目ぼしい物件あったら教えてくれ。週末にも不動産屋行けるようにするよ」

「ありがとうございます」

 翔は割と新しめの3LDKの部屋を借りてもらった。荷物はそもそも少なかったので引っ越しも甲本の車で送ってもらうだけで済んだ。

「ありがとうございました。またなんかあったら連絡させてもらいます。家の事も、紹介してもらった仕事も、甲本さんに絶対迷惑かけないようにするんで」

「おう。頑張りや。俺も出来る事少ないけど、協力出来る事はするから、いつでも連絡しておいで」

 またクシャッとした笑顔で温かい言葉をくれた。ここから自分一人で人生を立て直す。そう心に決めた。

 数日後、甲本から紹介してもらった倉庫の仕事が始まった。

「はじめまして。戸狩といいます。今日からよろしくお願い致します」

「よろしくー」

 職場のみんなに軽く挨拶を済ました後、事務所の案内、作業場の案内、仕事内容などを手短に説明された。

「ま、作業自体は誰でも出来る軽作業だから、すぐ覚えれると思うよ」

「はい、頑張ります」

 確かに作業は簡単だったが、精神にくる仕事だった。

 毎朝満員電車に揺られ、そこからバスに乗って倉庫に到着。黙々と作業を続け、時折現場監督からの怒号が飛ぶ。少しでも手が止まったりボーッとしていると「ボーッとすんなや! やる事はいくらでもあるぞ」

 歳の変わらない先輩にも当たり前のように命令される。翔は黙って従う以外に選択できる行動はない。

 ここでは誰も、翔が人を殺した事も、夜の街で幅を効かせていた事も、ヤクザであった事も知らない。どこから情報が漏れるかもわからない。翔もひた隠しにしていた。

 マンションに帰ると最初に白い粉に手をやる。ヤクザ時代に覚えたコカインだ。常に愛用しているために効きが悪くなってきて、日に日に量が増えていく。次第に職場のトイレでも使うようになった。効きすぎて寝付きが悪くなると、北海道に来てから覚えたマリファナで緩和した。気付けばシラフでいる時間はほとんどなくなっていた。スマホからは常にヒップホップがかかっている。

 ドラッグで現実逃避しながら、現状を打破する方法を常に考えていた。目立った行動もあまり出来ずに、窮屈な思いをする毎日に限界を感じていた。

 このままどうなっていくんだろうという不安の中、風呂上がりの鏡に映る顔は見るからにやつれていて、目は真っ赤。翔は最上級の孤独を味わっていた。

「ヤクザって一体なんやねん。しょうもない」

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