Chapter 03
その頃ちょうどバイトの一人がバックれたとの事で、翔にエトランジェで働かないかと誘いがあり、翔は喜んで引き受けた。
初めてのバイト、好きな店、憧れの人が面倒を見てる店という事で、一生懸命に働いた。
十八歳になる年の四月、いつも他愛もない話、千葉本人も含めた組織の人間のぶっ飛んだエピソードなんかを面白おかしく雑談していただけだったが、突然千葉からこんな提案をされる。
「なぁ翔、お前よく働くし気合い入ってそうだし、行くとこないならウチ来いよ」
「え? もう来てますよ」
「違ぇよ。ウチの組。入らないか? どうせ高校も卒業出来ないだろ?」
小さく微笑みながら改めて提案した。
「え? ヤクザに? 俺がっすか?!」
高校の事も図星だった。家を提供してくれた上に、無駄な学費を払ってもらってる親戚に、多少罪悪感もあった。
願ってもいないチャンスだったが、多少恐怖もあった。大人に対する不信感がまだ抜けていなかった。
千葉に心を開けても、他のヤクザの人達とうまくやってけるのだろうか、もし生意気な態度をとってしまったらどうなってしまうんだろうか。そんな考えが頭を駆け巡って答えを出せずにいた。
「俺はお前が今まで見てきた大人とは違う。もちろん社会的には俺の方が悪者だろうが、正義と悪なんて、当事者がどっち側かで変わるもんだ。俺たちには俺たちの正義があるし、俺からすればお前みたいな子供がこんな時間に一人でこんなとこにいるようにしてしまってる奴らの方が悪だ。ウチに来たら俺がお前の面倒見てやる。安心しろ」
「嬉しいっす。ありがとうございます。でも、ちょっと考えていいですか? 千葉さんの事は尊敬してるし、千葉さんがいたら安心だろうとも思ってます。でも他の人達の事よう知らんし、今までそういう仕事もした事ないのに上手くやれるんかどうかも……」
「今はヤクザも肩身が狭いんだ。だから若い奴も入ってこないし、入ってきても今時の若いやつはちょっとした事ですぐ飛びやがる。それにこたえて、上の人間もだいぶ丸くなったんだよ。そこらへんのブラック企業よりも優しい人の方が多いと思うぞ。それに、多分大体は俺と一緒にいる事になると思うし、仕事も手取り足取り教えてやる」
「じゃあやります」
意思が固まり切ってるわけではなかったが、どうせ他に行くところもなければ、友達もいなかったから、運命に従う方が賢明だと思った。
千葉は突然の即決に少し驚いたが、こう続けた。
「お、おう、そうか。よし、じゃあこの酒は俺らの盃だ。飲め」
「さかずき?」
「これで俺とお前は血縁関係って事だ。俺が兄でお前が弟。兄弟分だ」
「兄……」
翔は初めて本当の家族ができたようで嬉しくなり、注がれた酒を飲み干して言った。
「アニキ」
「関西弁のアニキ、かっこいいな。お前。迫力あるよそのイントネーション」
そう言って千葉は優しく笑った。
千葉の所属する組は、大江組といって、ある組の下部組織の、割と小規模な組だった。
翔は基本的には当番といわれる、事務所での電話受付や家事全般。
千葉は若頭で組長の側近の一人で、運転やらなんやらを任せられていたが、それ以外の時間は常に翔と過ごした。
古くて小さいなりにも、一人暮らしのアパートの初期費用まで出してくれ、車を運転してもらう時もあるだろうと、免許を取るための金も出してくれた。
みかじめ料の徴収や、ドラッグの売買、色んなシノギに付いて行った。どこに行っても千葉は人気者で、まるで〝普通〟の人達の関わりに見えた。
やはりこの人は演技じゃなくて根っからの人格者なんだなと翔は改めて感じた。日が経つごとに翔は千葉に惚れ込んでいった。
「アニキそのアロハシャツかっこいいですよね。めちゃくちゃ似合ってます」
よく着ているネイビーのアロハシャツを見ながら、こらえきれずに言葉にした。
「スカーフェイスって映画知ってるか?」
「いえ、映画あんま見ないんで」
「これだけは見ろよ。キューバからアメリカに渡った移民がギャングになって成り上がる話で、アル・パチーノが演じてるんだけど、劇中でアロハシャツを着てるシーンがあるんだ。それがやけにかっこよくてな。アル・パチーノは確か赤色だったけど。スーツじゃない時は基本これだよ。普通に涼しいし、楽だしな」
「なるほど、今度見てみます」
自分が憧れるアニキにも、憧れの人っていうのがいるもんなんだなとなぜか感心した。