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Chapter 02

 行く先は神奈川県横浜市中区。

 母親の姉の嫁ぎ先だ。伯母は母親とは打って変わってまともで、その旦那の伯父も普通のサラリーマンだった。共働きながら貧乏ではなかったが、すでに翔より二つ上の子供、大輝だいきがいた。

 大輝は真面目でも不良でもなく、そこらへんにいる無気力ながら、最低限の事はこなす、ごくごく普通の男の子だった。

 親戚夫婦は実の子供の大輝には荒っぽく、かつ愛情も感じる接し方だったが 、翔に対しては丁寧に喋りかけ、よく気を遣ってくれていた。それが余計に翔の肩身を狭くした。

「ここでもよそもんか……」

 そりゃそうかとも思ったが、また学校で友達を作れば良いと思った。

 卒業までの数ヶ月、大輝が通っていたのと同じ中学に入学させてもらった。大阪にいた頃とは違って、かなり治安の良い学校だった。

 翔は特に何も問題行動を起こす前から避けられていた。というより、もう三年間一緒の学校にいるみんなは、すでにコミュニティが出来上がっていて、その輪の中には入りづらかった。

 寂しさを紛らわすために、引っ越す前に連絡先を交換した歩睦と、メッセージのやり取りをするようになった。

 学校でも一人、家に帰っても一人、夜寝る前の数件のやり取りが、心の拠り所だった。

 だが、ある時から歩睦からの返信が途絶えた。

「結局そんなもんか。もう卒業やしええわ。高校行ったらまた友達出来るやろ」

 翔は歩睦に対して、失望にも似た感情を抱いた。

——しばらくして翔は卒業を迎えた。高校は近所の公立。入学から割とフレンドリーな自分を演じようと決めていたが、ここでも試練が待っていた。

 割と真面目そうな生徒が多いように思えたが、自分と少し似た匂いを感じるクラスメイトもいるにはいたので、積極的に話しかける事にした。

「よぉ。同じクラスやな。俺、大阪から来てんけど、この辺のこととかよう知らんし、放課後とかどっか遊びに行こうや」

「……プッ、ダサすぎだろ、なんだその喋り方」

 周りのクラスメイトもクスクスと笑っている。

「芸人みたいじゃん。なんか面白い事やってみてよ!」

 またバカにした笑いが聞こえる。恥ずかしさと怒りが込み上げた。

 笑ってごまかす度量も、うまい返しをする器用さも、ただ黙って自分の席に戻る軟弱さも、翔には持ち合わせていなかった。気が付いたら殴っていた。

 先生が止めに来たが、特に原因を探ろうとも話を聞こうともしなかった。翔も別に先生に助けて欲しいとは思ってなかったから、それが良かったのか悪かったのかはわからない。

 特に大事にはならなかったが、生徒の間では瞬く間に噂が広まった。誰もバカにする事もなくなったが、誰も話しかけてくる事もなかった。

 そのうち学校にも行かなくなり、夜な夜な伯母か伯父の財布から金をくすんで、繁華街に繰り出すようになった。

 救いようのない親父が頼っていた酒。自分も酒を飲んだら気を紛らわせるかも知れないと考えていた。

 チェーン店の居酒屋は年齢確認を徹底されて入れなかった。聞いた事もない名前の店を選んで入るようになっていた。決まった店はない。適当に入った店で〝何か〟を探していた。

 ある時は三十前後の色気を持て余した女から声をかけられ、初めてのセックスを経験したりもした。

 そんな生活を一年ほど続けている時、また違う店で飲んでいると、ほろ酔いの三十〜四十代くらいのいかにもな男に話しかけられた。

「おうお前、どう見ても中学生だろ。こんな時間にこんなとこでなにやってんだ?」

「中学生ちゃうわ」

 大人の明らかにそっち系の人に対して、翔は少し声を震わせながら答えた。

「じゃあ高校生か? お前、大人との接し方がわからないみたいだな」

「別に……わかんないっす」

 怒られてるのか? 言葉がうまく出なかった。

「お前家は? なんか関西弁か?」

「大阪に住んでたけど、親がクソやったからこっちにいる親戚に引き取られたんす」

「あぁー、で、その親戚は? この店にいるのか?」

「いや、別に親でもないし、俺がどこ行ってんのかも知らんし興味ないっすよ」

「そうなのか。まぁ俺にはわからない事だけどよ、いや、まぁ説教垂れる柄でもないから好きにしろよ。この店は俺が面倒見てるから、また夜寂しい時はこの店来い。今日は俺ちょっとまた出なきゃなんねぇからよ、また会った時はいつでも相手してやるから」

「はぁ」

「他の店でトラブルになっても俺は気付けないけど、ここだったら俺に連絡が来るしなんとかしてやれるしな」

 翔は偉そうな人だなと思ったが、不思議と安心感もあった。

——気付いたらまたあそこに来ていた。

『エトランジェ』

 居酒屋の荒々しさとバーの洗練さがある独特な店だ。

「お、来てんじゃねえか。俺に会いたくなったんだー、いい子だねー」ニヤニヤしながらあの男が近付く。

 またあの男、前と同じだ。髪はジェームス・ディーンのようにサイドをタイトに潰して、トップは無造作にかきあげられていて、服装はツータックのスラックスに着古したアロハシャツ。今時めずらしいくらいステレオタイプのワルな見た目だ。でもそれが翔には、やけにかっこよく映った。

「そいや、名前聞いてなかったな、俺は千葉雄也ちばゆうや。お前名前なんていうの?」

「戸狩翔です」

 話してるうちに翔も心を開き出した。

 気付けば繁華街に繰り出す時にはこの店にしか来なくなった。千葉に会えない時もあったが、会えた時は必ず奢ってくれたし、なぜかお小遣いもくれた。

「ヤクザってかっこええな」

 翔は自分の生き方を見つけた気がした。

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