バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

9

リリア様は、夕食の席で優雅にワインを傾けながら、微笑みを浮かべていた。その表情からは余裕が感じられる。

「やはり公爵家ですわね、年代物の良いワインがたくさんあるわ」

人の屋敷で高価なワインを我が物顔で飲んでいること自体「誰が許した?」とは思うのだけど、旦那様が不在なのだから誰も彼女を止める者がいない。

「それにしても。ステファニー様は地味な服しかないのね。もっと他に着る物はなかったのかしら?」

「これしか持っていませんので」

「まぁ……私のもので良ければ、差し上げましょうか?そんなぼろ布のようなドレスより、少しはマシかもしれませんわよ」

嫌味なのはわかるけど、修道女というのは皆似たようなな服しか着ないのよ。

「ありがとうございます。リリア様のように華やかな容姿ではありませんので、きっと派手なドレスを頂いても私には着こなせませんね」

「ふふふっ、そんなに自分を卑下しないで。大丈夫よ、ステファニー様だって奇麗なドレスを着ればもう少し見られる姿になりますわ」

くだらない。話を先に進めてほしいわ。彼女の言葉にいちいち反応しそうになるけれど、なんとか気合で抑え込んだ。

「それで、リリア様は城での夜会に参加されたのですね?」

「そうですわ。私がレイモンドのパートナーよ。聖女様は忙しいでしょう?公爵夫人の役目を果たしてなかったですし」

「ええ……そうでしょうね」

私は静かに返事をした。内心かなり不快だったが、過去の私は夜会に参加はしていなかっただろうから文句は言えない。
リリア様はさらに続けた。

「王族主催の夜会は、やはり同伴する夫人が必要でしょう?一人で参加するなんてありえませんしね。大変でだったわ、社交界で夫人の役目を果たすのは。いろんな方とのお付き合いもあって、レイモンドの仕事関係の方々ともお話ししなければなりませんでしたからね」

彼女は優雅を装っているけど、私の仕事を代わりにやってあげたのよという言い方は挑戦的だ。

「旦那様が頼まれたのですね。リリア様は従妹だということですから、親族として同伴を願われたと受け止めていいのですよね?」

「親族?ええ、まぁ、確かにそうね。ただ、私はレイモンドの母方の弟、つまり彼にとっての叔父であるカバエヴァ伯爵の養女なんです。だからレイモンドとは血は繋がっていないの」

私は神殿で読んだ貴族年鑑の内容を思い出す。そこにはこう記されていたはずだ。カバエヴァ伯爵夫妻には子が授からず、妻の縁戚から養子を迎え入れた。そして、その養子は全部で5人。3人の息子と2人の娘がいたと記憶している。

「リリア様は末のお嬢様ですか?」

「ええ、そうなの。末っ子だからとても可愛がられて育てられたわ。継父は伯爵として貿易業で成功しているの」

ああ、確かにカバエヴァ伯爵はとても裕福だったはず。外国との貿易で財を成したと書いてあった。

「こちらに住まわれているのはどうしてなのでしょうか?ご実家の領地は海の近くだったと思いますが」

「カバエヴァ領は海に面して、王都からは少し離れていますの。それに、あそこは魚臭くって嫌だったわ。だから、タウンハウスを王都に持っているのよ」

「リリア様はそちらにお住まいではないのですか?」

「タウンハウスには兄夫婦が住んでいて、子どももいますの。それで、とても騒がしくて落ち着かないの。 だから、レイモンドの屋敷には以前からよく遊びに来ていたのよ。覚えていないかしら?何度か屋敷でお会いしたでしょう?」

覚えてることなんて何もないわよ。

「そうでしたか。旦那様とは仲がよろしいのですね」

「ええ、とても仲がいいの。ふふっ、彼は私にプレゼントしてくれるのよ。同伴するときには必ず新作のドレスを贈ってくれるし、欲しい宝飾品は高価な物でも惜しまず買ってくれるわ」

私は一瞬、彼女の言葉にどう反応するべきか迷ったが、平静を装った。聖女としての役割があった私には、社交界に顔を出すのは難しかっただろう。仕方のないことだと分かっているが、それでもリリア様の言葉は私の胸に小さな違和感を残した。

「まあ、これからもお忙しいでしょうけど、どうぞ無理なさらないでくださいね。社交に慣れていらっしゃらないから、ステファニー様はパーティーやお茶会に参加されることはないかもしれませんけど、もし私が必要でしたらいつでもおっしゃってくださいね。お手伝いできると思いますわ。今後もレイモンドと私は一緒に夜会に行くと思いますし」

私は苦笑して首を横に振った。

「ありがとうございます。けれど、必要はないかと思いますわ。今後は妻の私が折りますし、リリア様に彼のパートナーをお願いすることはないと思いますから」

その瞬間、リリア様の表情に怒りがよぎった。

「はっ?」

「ええ、今まで旦那様は、私の代役としてリリア様にパートナーを頼まれていらしたのですよね?そして、そのお礼にドレスや宝石を贈られたのでしょう?違いましたか?」

リリア様の顔がみるみる赤く染まり、その瞳には怒りが宿る。おそらく、それに間違いはないだろう。

「まあ、聖女様ともあろう人が、そんな簡単なことも分からないの?」

私は首を傾げ、無邪気な表情を装った。

「分かりませんわ。どうされました?感情的になるなんて、何か私が間違ったことを申し上げましたか?」

リリア様は苛立ちを堪え、なんとか気を取り直して話を続けた。

「感情的ではありません。ただ、あなたの言葉が少し気になっただけ。レイモンドは私を同伴に選んだのよ?毎回私に頼んできたの。それって、そういうことですわ。お分かりにならないのかしら?」

まだ腑に落ちないけれど、旦那様と特別な関係だと言いたいのね?

「申し訳ありません。私に記憶がないことはご存じですよね?」

「ええ。魔力も失ったとか?ただの使えない人になってしまったのよね」

その瞬間、食堂で控えているメイドや給仕たちが息を呑む音が聞こえた。公爵夫人に対する侮辱とも言える発言に、場の空気は凍りついた。

「覚えていませんので、お尋ねします。お話から察するに、リリア様は旦那様が妻を持つ立場でありながら、リリア様に好意を抱き、パーティーに同伴されたとおっしゃっているのですか?恋愛感情がある、もしくは愛する人としてリリア様に贈り物を渡している、ということでしょうか?」

リリア様の口角が上がった。

「ふふっ、やっと気が付いたのね。そうですわ。レイモンドは私に好意を寄せているの。でなければ、毎回パーティーに私を伴ったり、屋敷に泊まらせたりするはずがないでしょう?しかも夫人の部屋に、ですからね」

私の胸にわずかな疑問が生まれる。本当にそうなのだろうか?旦那様は忙しく、浮気をする時間はないと言っていたが、それが嘘で、リリア様とそのような関係にあるということなのか?

私ははっきりとした答えが欲しかったので、堂々と質問する。

「つまり、旦那様はリリア様と恋仲だと仰るのですね?」

「まぁ、そうですね。あなたたちはすれ違っていたでしょう?お子様もいませんし、夫婦仲は冷え切ったものだったはず。それに、もう聖女でもないあなたがレイモンドと結婚を続ける意味なんてないでしょう?」

私は一瞬息を呑んだ。えっ?そういうことなのかしら。彼女の言っていることは間違ってはいない。旦那様は私たちの関係は、互いに楽だった、子は望んでいないと言っていたが本心は違ったのだろうか。

「……」

言葉に詰まった私をリリア様は勝ち誇った様子で見返した。

私は頭の中を整理した。
仮にも旦那様は公爵家当主である。既婚者である彼が、人目をはばからず愛人を屋敷に招き入れるだろうか?

恋人同士だとしても、節操がないにもほどがある。隠れて逢瀬を楽しむなら理解できるが、こんなにも堂々としているのは腑に落ちない。 もし私と離婚して彼女と再婚したいのなら、こんな形で愛人と妻を対峙させる必要はないはずだ。彼は私に言いづらかったのだろうか?

彼女の一方的な話だけを聞いて判断するのは良くない。まずは夫であるレイモンドがどう考えているのか、ちゃんと確かめる必要がある。 リリア様が愛人だとしても、彼女が旦那様には内緒で一人で突っ走っている可能性も高い。

だが、それが私を無力な妻として描き出すための彼女の戦略で、旦那様の妻の座を奪おうと画策しているのだとしたら……
とにかく旦那様に真意を確かめる必要がある。 もし浮気していないと言いながら、リリア様と密かに愛し合っていたのなら、正直言って女性の趣味が悪いにもほどがあると思った。

考えても答えが出ないだろうから、いったんこの話はここまでにしておいたほうが良いだろう。

「承知しました。旦那様がお帰りになったら、お二人が愛し合っている件、確認いたしますわね」

私は旦那様の妻として余裕の笑顔を浮かべ、食堂を後にした。

しおり